第2話
第2話
缶のふたは、結局、開けなかった。
引き出しを閉めると、奥でブリキが軽く鳴った。その音が、思っていたよりもよく響いた。狭い台所の壁にぶつかって、戻ってきて、わたしの足元のあたりで消えた。立ったまま、しばらく動けなかった。
冷蔵庫の上の小さな時計が、九時を少し過ぎていた。針の音は聞こえない。電池式のはずなのに、なぜか今夜はその音まで聞こうとしている自分がいた。
電気をつけた。
つけたとたんに、流しの三角コーナーに昨日の卵の殻が残っているのが見えた。捨てなければ、と思いながら、捨てなかった。代わりに、テーブルの上のスマートフォンを、両手で持ち上げた。
充電のコードが繋がったままで、コードがゆるくしなった。指のはらに、微かな引っ張りを感じる。それだけのことが、なぜか、今夜は重たかった。
画面を点ける。電池はまだ六十四パーセント残っていた。指紋認証をして、電話帳を開く。あ行の上のほうに、「アイザワ実家」という登録だけが、ぽつんとあった。元夫の苗字。会沢。
その四文字を、わたしはこの二十年、一度も声に出していない。
スーパーの帳簿に客のカード番号を書き写すとき、たまに「ア」の字を書く。そのたびに、指の力がほんの少しだけ抜ける。誰も気づかない。わたしも、気づかないふりをする。それを二十年やってきた。
座卓の前に座って、スマートフォンを畳の上に置いた。
裸電球の下で、画面が、思っていたよりも青く光った。
電話帳の「アイザワ実家」を、人差し指でそっとタップする。緑のボタンが、画面の下のほうに現れる。発信、と白い字で書いてある。三文字。
指を、その上に乗せた。
押さない。
押さないまま、しばらく、そうしていた。
人差し指の腹に、画面のなめらかさだけがあった。汗ばんでいるのか、乾いているのか、自分でもよくわからない。皮膚の薄いところで、自分の脈の打つのが、ほんのかすかに伝わる気もしたし、気のせいのような気もした。緑のボタンの色が、思っていたよりも鮮やかで、信号機の青に似ていた。けれど信号機のように、進めとも、止まれとも、何も命じてはこなかった。
窓の外で、誰かの犬が一度だけ吠えた。短く、低く。それきり、また静かになった。
団地は古い。壁が薄い。隣の部屋の若い夫婦は、よく深夜に小声で話している。今夜も話しているのかもしれない。けれど、それは聞こえない。聞こえているのは、たぶん、自分の耳の奥のほうにある音だ。血の流れる音、というほど大げさなものでもない。もっと、ぬるい、輪郭の曖昧な音。
二十年前の、玄関の三和土の冷たさが、急に、足の裏に蘇った。
ストッキングを履いていた。あのとき、なぜストッキングだったのか、もう覚えていない。たぶん、面接にでも行くようなふりをしたかったのだ。そうでもしないと、置いて帰るための勇気が、湧かなかった。
ストッキング越しの三和土は、四月だというのに、ぞっとするほど冷たかった。
膝のあたりまで来た拓海が、わたしの太ももに頬を押しつけてきた。あの感触だけは、今でも、太ももの内側のすこし上のあたりに、残っている。柔らかかった。重たかった。生きている、と思った。それが、こわかった。
生きている小さなものを、自分が置いて帰ろうとしている、ということが、こわかったのだと思う。重たいことが、こわかったのではなかった。柔らかいことが、こわかったのでもなかった。ただ、その重さと柔らかさが、わたしの手のなかで、これから先も、ずっと続いていくのだ、ということ。それを引き受ける覚悟が、自分にだけ、欠けているのだ、と気づいてしまったこと。あの三和土の冷たさは、たぶん、わたしの足の裏ではなく、わたしの胸の真ん中のあたりから、上ってきたものだった。
指を、乗せたまま、電話帳の名前を、もう一度見た。
アイザワ実家。
そのとなりに、十一桁の番号が並んでいる。市外局番は、たしか、この街のものではない。元夫の実家は、新幹線で二時間ほどの、海沿いの町にあった。一度しか行ったことがない。結婚の報告だった。海風で、髪がずっと顔にかかっていたのを、覚えている。義母は、洗面所のタオルを二枚、わざわざ新しいのに替えてくれた。色は、たしか、薄い黄色だった。
その人が、今、この番号の向こうにいるのかどうか、わたしは知らない。
亡くなっているかもしれない。施設に入っているかもしれない。元夫が再婚して、まったく別の女性が出るかもしれない。あるいは、二十二歳になった、声変わりした拓海本人が、出るかもしれない。
「もしもし」
頭のなかで、いくつもの声が鳴る。義母の声。元夫の声。知らない女性の声。低い、聞いたこともない、若い男の声。
その若い男の声が、わたしの想像のなかで、いちばんはっきりしていた。
二歳のときの、あの、ほにゃほにゃした「かか」という呼び方。それがどう変質して、二十二歳の声になっているのか、想像がつかない。けれど、なぜか、低くて、すこしだけ掠れている、という気だけはした。父親の声に、たぶん、少しは似ているのだろう。
似ている、と思った瞬間に、胸の奥が、ことり、と音を立てたような気がした。実際には何の音もしていないのに、確かに、何かが小さく傾いた。元夫の声を、わたしはもう、ほとんど思い出せない。けれど、息継ぎの間合いだけは、なぜか覚えている。話しはじめる前に、ほんの少し、ふっ、と空気を引き込むような癖。あの癖が、もし、あの子に遺伝してしまっているのだとしたら。電話の向こうで、「もしもし」の前に、ふっ、と一度息を吸う音が聞こえたら。わたしはたぶん、そこで、もう、声を出せなくなる。
指の腹が、画面の上で、ほんの一ミリ、滑った。
緑のボタンの輪郭から、わずかに外れた。
それで、わたしはやっと息を吐いた。
吐いてから、自分が、息を止めていたのに気づいた。
胸ポケットに入れたままだった、病院の封筒を取り出した。
座卓の上に置く。畳の目に、封筒の角がこすれて、小さくかさり、と音がした。
予約の電話を入れます、と封筒には書いてある。再検査のお日にちは、ご相談のうえ、と。受付の女性の声が、また、耳の奥で聞こえた。膵臓のあたりに影が、と。
予約は、来週の火曜日にした。
した、と過去形で書くのは、ずるい言い方だ。電話をしたのは、夕方、休憩時間にスーパーの裏の自販機の前で、立ったまま、五分だった。「では火曜の十時半で」と言われて、「お願いします」と言って、それで終わった。あれが、わたしの今日のいちばんの仕事だった。「アイザワ実家」を押すことより、ずっと、簡単だった。
簡単だった、ということが、今になって、すこし、こわい。自分の体のことなのに、知らない女性の声に「お願いします」と言うだけで済んでしまう。膵臓、という言葉の重さも、影、という言葉の輪郭も、あの五分間のなかには、まるで入ってこなかった。自販機の缶コーヒーの取り出し口から、ぬるい風が一度だけ吹き上がってきたのを、なぜか、はっきり覚えている。覚えているのが、それだけだ。自分の体に関する大事な約束より、自販機のぬるい風のほうが、わたしのなかには深く残っている。それが、こわい。
火曜は、四日後だ。
四日後に、わたしは、たぶん、もう少しはっきりしたことを聞かされる。聞かされたあとで、もう一度この座卓の前に戻ってきて、もう一度、スマートフォンを手にとって、もう一度、緑のボタンの上に指を置くのだろうか。
そのとき、押せるのだろうか。
あるいは、押すべきなのだろうか。
押せたとして、わたしは、何を言うつもりなのだろう。
「ごめんね」を、二十年経ってから、二十二歳の若い男の声に向かって言うことに、いったい、どんな意味があるのだろう。郵便受けの前のあの母親が言っていた「ごめんね」と、わたしが言うかもしれない「ごめんね」は、たぶん、まったく別の重さを持っている。比べてはいけないのかもしれない。けれど、今夜のわたしには、そのふたつが、どうしても、同じ三文字に見えた。
スマートフォンの画面が、ふっと暗くなった。
操作をやめてから、何秒経ったのだろう。
暗くなった画面に、自分の顔がうっすら映った。蛍光灯の真下で見るそれは、思っていたより、頬がこけていた。眉の上に、薄い影が落ちていた。膵臓のあたりに影、と医師は言った。顔のほうにも、いつのまにか、影があった。それを今夜まで、わたしは知らなかった。
座卓に額をつけた。
冷たくはなかった。畳のささくれが、額の真ん中あたりに、ちりっと触れた。痛くはなかった。痛くないことが、なぜか、心細かった。
火曜日まで、あと四日。
四日経ったら、わたしはたぶん、もう一度、この緑のボタンの前に戻ってくる。戻ってきたときに、自分がどんな顔をしているのか、それが、今のわたしには、いちばん、想像がつかなかった。
座卓の隅で、スマートフォンが、もう一度、ふっ、と画面を点けた。通知ではなかった。ただ、何かの拍子に、また光っただけだった。
その青白い光のなかに、「アイザワ実家」の文字が、四日後の自分を、静かに待っていた。