第29話
第29話「二人の星詠み」
# 第29話「二人の星詠み」
---
祭壇の間で、わたくしとセレスティアが向かい合っていた。
円形の部屋の中央に立つ二人の星詠み。祭壇の銀盤から放たれる光が、二人の影を壁に映している。わたくしの影は細く、セレスティアの影は長い。二つの影が壁の上で交差し、重なっている。
リオンが背後に立っている。彼の呼吸が聞こえる。規則正しく、けれどいつもより深い。ディランは入り口を守っている。けれどこの場に必要なのは、剣ではなかった。刃で切れる結び目ではない。
「セレスティアさま。あなたの目的は、最初から——掟の破壊だったのですね」
「ええ。エルデヴァンと手を組んだのは、手段よ。国が混乱すれば、宮廷の秩序が崩れ、星詠みの掟も崩れる。——愚かな方法だったわ。自分でも分かっている」
セレスティアの声に、疲労が滲んでいた。十二年分の疲労。十二年間、母の死を背負い、掟を憎み、策を巡らせてきた疲労。金色の瞳の下の隈が深く、肌に血色がなかった。
「あの人が死んだとき、わたくしは二十歳だった。あの人の手を握って、星紋が全身を覆っていくのを見ていた。止められなかった。わたくしには、止める力がなかった。あの人の手が冷たくなっていくのを、ただ握っていることしかできなかった」
セレスティアの声が低くなった。祭壇の間の石壁が声を吸い込み、反響を殺した。
「——あの人は、最後に笑ったのよ。『国を守れてよかった』と。あなたと同じことを、あのリオンという騎士に言わせる気だったのでしょう。あなたの母も、最後に——」
「母は笑ったのですか」
「笑ったわ。あなたそっくりの笑い方で。口角が少し上がって、目が細くなって——壊れた笑い方じゃなかった。本当の笑顔だった。それが、余計に——」
セレスティアの涙がまた落ちた。涙が頬を伝い、顎から祭壇の石に落ちた。小さな音を立てた。
「だから、わたくしは掟を憎んだ。予言の書き換えには代償がある。書き換えなければ悲劇が確定する。どちらを選んでも、星詠みは壊れる。——そんな掟は、壊さなければならないと思った」
「その気持ちは——分かりますわ」
分かる。本当に分かった。わたくしも同じ掟の下で壊れかけた。星紋が全身に広がり、右目を失い、自分の死を予言した。掟がなければ、母は死ななかった。祖母は狂わなかった。リオンの姉も壊れなかった。掟は人を殺す。それは事実だ。
わたくしは一歩、また一歩、祭壇に近づいた。セレスティアの手が銀盤の上にある。指先が銀面に触れ、銀色の光がかすかに強まった。あと少しで術式が発動する。
「けれど、壊す必要はないのです。——書き換えればいい。掟そのものを」
セレスティアの金色の瞳が、わたくしを見た。涙に濡れた瞳が光を反射し、金色の中に小さな炎のような光が灯っていた。
「書き換える? 掟を?」
「始祖エレーヌの時代、星詠みの力は『見る力』ではなく『紡ぐ力』でした。銀盤は鏡ではなく糸車。そして、紡ぐには二人の手が要る。——二代目以降が使い方を忘れ、鏡として使うようになったことで、代償の構造が生まれた。掟はその代償を前提にして作られた」
わたくしは金盤を掲げた。金色の面が祭壇の闇に光を放った。金盤の光と祭壇の銀盤の光が交差し、部屋の中に二色の光の帯が走った。
「前提が間違っていたのです。代償は、一人で紡ぐから生じる。二人で紡げば、力は分散され、体は壊れない。——わたくしとリオンが、それを証明しました」
セレスティアの目が、わたくしの金盤に釘付けになった。
「銀盤が——金色に?」
「母が仕込んだ制御装置が解け、鏡の層が剥がれ、扉が開いたのです。この金盤と、リオンの糸を持つ力で、わたくしの死の予言の結び目を——一つ、解きました」
セレスティアの手が震えた。銀盤の上で、指先がかたかたと小刻みに揺れていた。
「嘘——そんなことが——」
「嘘ではありませんわ。あなたの手を見てください。あなたの星紋——蓄積された代償の跡。あなたも、母と同じように、小さな書き換えを繰り返してきたのでしょう。だから手袋で隠していた」
セレスティアが、自分の両手を見下ろした。銀色の星紋がびっしりと刻まれた手。指が震えている。その手で、母の手を握った。その手で、母の冷たくなっていく体温を最後まで感じていた。
「もし——もし、あの人が生きていたとき、この方法を知っていたら——」
「母は死なずに済んだかもしれない。けれど、過去は変えられませんわ。変えられるのは——掟です。未来のルールを、わたくしたちが書き換える」
わたくしは、セレスティアに手を差し出した。左手を。金色の星紋が浮かんだ手を。
「一緒に、掟を書き換えましょう。二人の星詠みの力で。『予言は成就させなければならない』から、『予言は選ぶことができる』へ。代償のない星詠みの時代を——あなたが望んだことを、壊すのではなく紡ぐ形で」
セレスティアが、わたくしの手を見つめた。長い沈黙が流れた。祭壇の古い銀盤が、静かに光を放っていた。光が脈打つリズムが、心臓の鼓動に似ていた。
「あなたは——あの人に、本当によく似ているわ」
セレスティアの声が掠れた。涙で潤んだ声。けれどその中に、かすかな温もりが戻っていた。
「あの人も、いつも手を差し出してくれた。わたくしが間違えたときも、迷ったときも。銀盤の訓練で失敗したとき、泣いているわたくしに手を差し出して、『もう一度やりましょう』と言ってくれた。——あの人の娘なのね。本当に」
セレスティアの手が、わたくしの手を取った。冷たい手だった。星紋に蝕まれた、長い年月の冷たさ。けれど、握り返す力は強かった。指がわたくしの手を掴み、爪が手の甲に食い込むほどの力で。
「……やりましょう。あなたの方法で」
その言葉と共に、セレスティアの肩から力が抜けた。十二年間張り詰めていた糸が、ようやく緩んだ。
祭壇の前で、二人の星詠みが手を重ねた。わたくしが金盤を、セレスティアが祭壇の銀盤を。二つの盤が近づくと、金色と銀色の光が互いに手を伸ばすように揺れた。
リオンが傍に来た。わたくしの肩に手を置いた。糸の片方を持つ者として。彼の手の温もりが肩から背中に広がった。三人目の手が加わることで、光の強さが一段増した。
三人の手が重なった。
金盤と銀盤が共鳴した。二つの盤から同時に音が発せられた——低い、地鳴りのような音。けれど不快ではなかった。地球の呼吸のような、深い振動。金色と銀色の光が混じり合い、祭壇の間を光で満たした。星の糸が天井から降り注ぎ、壁に、床に、柱に、無数の糸が走った。
わたくしは目を閉じた。星の海が見えた。以前よりも鮮明に。以前よりも近くに。
掟の糸が見えた。古い、固い、銀色の糸。「予言は成就させなければならない」。二代目の星詠みが紡いだ糸。何百年もの間、星詠みを縛ってきた鎖。糸は黒ずみ、硬化し、もはや糸というより針金のようだった。
セレスティアの力と、わたくしの力と、リオンの温もりが合わさって——その糸に触れた。三つの力が一つの流れになり、古い糸を包み込んだ。
固い。けれど、三人の手なら——ほどける。一人では無理だった。二人でも難しかっただろう。けれど三人なら。紡ぐ者と、糸を持つ者と、そして——母の友人が。
糸が、ゆっくりと解れた。古い結び目が、一つまた一つ、ほどけていく。解れるたびに、光の粒が散った。何百年分の束縛が、一つずつ解放されていく。
新しい糸を紡いだ。金色の、温かい糸。「予言は、選ぶことができる」。三人の手から生まれた糸は、柔らかく、温かく、光を放っていた。
光が弾けた。祭壇が光に包まれた。二つの銀盤が共鳴し、低い音が祭壇の間を震わせた。光が壁を突き抜け、地下の通路を走り、王宮の地上にまで届いた——はずだ。
やがて——光が収まった。
わたくしは目を開けた。祭壇の古い銀盤の上に、金色の模様が浮かんでいた。新しい掟の紋様。始祖の時代以来の、本来の星詠みの在り方。銀色の面の上に金色の線が走り、二つの色が共存していた。
セレスティアが、わたくしの隣で膝をついていた。両手の星紋が——薄くなっていた。銀色の線がかすれ、肌の色が戻っている。完全には消えていないが、代償が軽減されたのだ。掟が変わったことで、蓄積された代償の構造が変化した。
「……変わった」
セレスティアが呟いた。自分の手を見つめ、指を動かした。星紋の下から、肌の温もりが戻っているのだろう。涙が頬を伝った。けれど今度は、悲しみの涙ではなかった。
「あの人が——あの人がこれを見たら——」
声が詰まった。セレスティアは、わたくしの手を握ったまま、静かに泣いた。声を殺して泣いていた。肩が震え、黒い髪が顔にかかり、涙が石の床に落ちた。祭壇の間に、彼女の嗚咽だけが反響していた。
わたくしは何も言わなかった。ただ手を握っていた。母がかつてそうしたように。