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呪いの令嬢は処刑台で予言する

第11話 第11話「星詠みの掟」

第11話

第11話「星詠みの掟」

# 第11話「星詠みの掟」

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母の日記の四枚を、何度も読み返した。

朝の光が紙を透かし、裏面のインクの滲みまで見えた。母の文字は最後の一枚に近づくほど乱れていく。星紋が全身に広がる中で書いたのだろう。指が思い通りに動かなくなりながらも、最後まで書こうとした母。その最後の行が途切れている。「あなたなら——」の先。ペンが止まった場所に、インクの溜まりが小さな池のように残っていた。

ルルが朝餉を運んできて、わたくしの様子を見て、何も言わずに紅茶だけ注いでくれた。いつもよりほんの少し濃い紅茶。ルルなりの気遣いだ。カップに口をつけると、渋みの奥に甘みがあった。

中庭に出ると、リオンが待っていた。いつもの定位置。剣帯を腰に提げ、背筋を伸ばして立っている。朝の空気を吸い込んでいる姿が、清潔だった。わたくしの顔を見て、一瞬だけ眉を動かした。昨日の書斎訪問から帰ったわたくしの顔が、よほどひどかったのだろう。今朝もまだ、目の下が重い。

「アイリーンさま」

「母は、予言を書き換えて死にましたわ」

言った。隠す理由がなかった。リオンには、すべてを話すと決めていた。この人に隠し事をしていると、嘘の重さで潰れてしまう気がした。

母の日記の内容を、簡潔に伝えた。王家崩壊の予言。書き換えの代償。星紋の全身侵食。そして、死。言葉にすると、母の人生が数行の要約に圧縮されて、それが余計に痛かった。

リオンは黙って聞いていた。腕を組まず、手を膝に置いて。聞き終えた後、一度だけ深く息を吸い、吐いた。朝の冷えた空気が、白い息になって消えた。

「あなたのお母上は、立派な方です」

「ええ。……けれど、わたくしは、立派に死にたいのではないわ」

声が、自分でも驚くほど強かった。母のことは尊敬している。けれど、同じ道を歩みたいわけではない。わたくしは、生きたい。

「当然です。生きてください」

リオンの声に、迷いはなかった。碧眼がまっすぐにわたくしを見ている。朝日が射して、瞳の中に小さな光の粒が散っていた。

「掟が人を殺すなら、掟を変えればいい。前にも言いました」

そうだ。この人はそう言った。単純で、真っ直ぐで、だからこそ重い言葉。掟を変える。言うのは簡単だ。けれど、宮廷で星詠みの掟に手を入れるということは、王家と議会と、そしてセレスティアを敵に回すということだ。この国の根幹に関わる制度を一人の令嬢が変えようとする。無謀としか言いようがない。

「反論を用意しますわ。セレスティアが掟改正案を出すなら——わたくしは、その改正の方向を変える」

「手伝います」

リオンの碧眼が光った。この人は、いつも迷わない。それが、わたくしの迷いを削ぎ落としてくれる。

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宮廷議会の間は、円形の広間だった。

列柱が円周に沿って並び、天井にはこの国の建国を描いた壁画が広がっている。色褪せた壁画の中で、始祖の時代の星詠みが銀盤を掲げている姿が見えた。数百年前の絵筆が描いた星詠みは、穏やかな顔をしている。今のわたくしとは、似ても似つかない顔だ。

中央にセレスティアが立っていた。黒い正装。金色の瞳。黒い手袋の両手を前で組み、議員たちの顔を一人ずつ見渡している。蝋燭の光が黒いドレスの裾に反射して、まるで影そのものが立っているようだった。

「星詠みの掟改正を提案いたします」

セレスティアの声が、広間に響いた。円形の壁が声を増幅させ、どの席にもはっきりと届く。

「予言の書き換えを行った者は、星詠みの資格を剥奪する。書き換えの代償は星詠み本人のみならず、周囲の者にも波及する。これを禁じることは、星詠みとその周囲の人間を守ることにほかなりません」

名指しはしない。けれど、この広間にいる全員が、標的がわたくしであることを知っていた。列柱の影に立つわたくしを、何人かの議員がちらりと見た。好奇の目。憐憫の目。冷ややかな計算の目。

ディランが王族席から口を開いた。声が硬い。政治家としての声だ。

「ルミエール殿。書き換えを全面禁止とすれば、星詠みが悲劇の未来を見た場合、ただ見ているだけで何もできないということになるが」

「ご懸念は理解いたします、殿下。けれど、書き換えの代償はあまりにも大きい。ファルネーゼ前当主——先代の星詠みが狂気に陥ったのも、代償の蓄積が原因です」

祖母の名が出た。広間にざわめきが走った。扇が揺れ、衣擦れが起こる。祖母の狂気は宮廷ではまだ記憶に新しい。

わたくしは、列柱の影から一歩踏み出した。石の柱から離れた瞬間、広間の視線が一斉にわたくしに集まった。肌に突き刺さるような視線の重み。

「発言の許可を求めますわ」

議長が頷いた。わたくしは広間の中央に歩いた。靴音が円形の壁に反響する。セレスティアと、向かい合う形になった。黒い正装と銀灰色のドレス。金色の瞳と淡い紫の瞳。二人の星詠みが広間の中央で対峙している。

「セレスティアさまの提案は、一面の理があります。書き換えの代償は、確かに重い。わたくし自身がいま、それを体で知っています」

右腕の袖を、少しだけ捲った。銀色の星紋が、肘の上まで広がっているのが見えた。蝋燭の光が星紋を照らし、銀色の筋が脈打っているのが広間の全員の目に映った。議員たちがざわめく。

「けれど、禁止は解決ではありません。星詠みが悲劇の未来を見たとき、書き換えを禁じれば、その悲劇は確定します。わたくしの母がそうしたように、見える悲劇に対して何もできない世界は——わたくしは、望みません」

言葉が震えそうになった。堪えた。

「わたくしたちは、もっと本質的な問いを立てるべきです。——代償なく書き換える方法は、本当にないのか」

セレスティアの金色の瞳が、かすかに動いた。微笑みが消え、代わりに鋭い光が走った。

「代償なき書き換えなど、存在しません。それは星詠みの理に反する」

「星詠みの理が間違っている可能性は?」

広間が静まった。星詠みの理に異を唱える者は、この国の歴史でほとんどいなかった。壁画の中の始祖が、穏やかな目でわたくしを見下ろしている。

「わたくしの祖母が定めた掟は、星詠みを守るためのものだったとセレスティアさまは仰いました。けれど、その掟の根拠となる『星詠みの理』自体が、始祖の時代から正しく伝えられているのか。わたくしは、それを調べたいのです」

「調べる?」

「星詠みの始祖エレーヌについて。始祖が本当に『見る者』だったのか、それとも——別の力を持っていたのか」

セレスティアの表情が、一瞬だけ凍った。ほんの一瞬。まばたきよりも短い時間。けれどわたくしは見逃さなかった。金色の瞳の奥で何かが揺れ、すぐに押し込められた。セレスティアは始祖について何かを知っている。

「……ご自由に。調査の結果がどうであれ、現行の改正案の審議は進めさせていただきます」

議会はそこで閉会した。ディランが王族席からわたくしに小さく頷いた。灰色の瞳に、かすかな光があった。セレスティアは、何も言わず広間を去った。黒い裾が石畳を掃く音が、しばらく残った。去り際に振り返らなかった。その背中に、初めて疲労のようなものが見えた気がした。

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離宮の地下に、祖母の書庫があった。

ファルネーゼ家が代々受け継いできた星詠みの文献。古い羊皮紙、黄ばんだ綴じ本、褪色した写本。整理されているとは言い難い。蜘蛛の巣と埃の匂いの中で、わたくしは蝋燭を掲げて棚を探った。蝋が溶けて指に垂れかけた。熱い。左手に持ち替える。右手では蝋燭を支える力が弱くなっている。

「始祖エレーヌ」。祖母がその名を口にしたことがある。幼いわたくしを膝に乗せて、「わたくしたちの力は、エレーヌさまから始まったのよ」と言った。星詠みの力を最初に持った女性。けれど、始祖についての文献は驚くほど少なかった。まるで、意図的に残されていないかのように。棚の上の方は蜘蛛の巣が張っていて、長い間誰にも手を触れられていなかった。

棚の最奥、壁に近い場所に、一冊の古文書が立てかけてあった。革表紙は黒ずみ、留め金が錆びていた。開くと、紙ではなく羊皮紙——数百年は前のものだ。動物の皮の匂いがかすかに残っている。

最初の頁に、古い書体で記されていた。

『始祖エレーヌの手記 写本第三版』

手が震えた。始祖の、手記。写本とはいえ、始祖自身の言葉が残されている。数百年の時を超えて、最初の星詠みの声が、この手の中にある。

最初の数行を読んだ。

『わたくしは未来を見る者ではない。わたくしは未来を紡ぐ者である。銀盤は鏡ではない。扉である』

蝋燭の炎が揺れた。地下の空気が動いた。

母の遺言と、同じ言葉。「銀盤を壊しなさい。あれは鏡ではない」。母は、この古文書を読んでいたのだろうか。それとも、星詠みの力の深い部分で、同じ真実に辿り着いたのか。どちらにしても、母とわたくしは同じ言葉に導かれている。

わたくしは古文書を抱えて地下を出た。階段を駆け上がる足に、力が戻っていた。蝋燭の炎が風で消えかけて、暗闇の中を手探りで上った。けれど足元は確かだった。

(始祖は「紡ぐ者」。銀盤は「扉」。——なら、わたくしたちは、ずっと使い方を間違えていたのかもしれない)

地下の階段を上がりきったとき、夕日の光が目を射した。地上の空気は温かく、花の匂いがした。

答えが近い。そう思った夜だった。

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