第2話
第2話
その夜のことは、音で始まった。
いつもなら母の足音は夕食のトレイを置いた後、すぐに階段を下りていく。夕食の回収は翌朝。それが五年間のルールだった。誰が決めたわけでもない。僕が食べ終えたトレイを廊下に出す時間と、母が二階に上がってくる時間が、いつの間にか重ならないように調整されていった。お互いの気配を消すための、音のない交渉の積み重ね。
だから、夜にドアの前で足音が止まったとき、僕は最初それが母だと思わなかった。
エアコンの微かな駆動音。窓の外の、遠い車の音。それだけがこの部屋の夜の音だった。そこに、呼吸がひとつ加わった。ドア一枚を隔てた場所で、誰かが立っている。母だ、と気づいたのは、スリッパの底がフローリングを擦る音が聞こえたからだ。母は緊張すると右足の踵を少しだけ浮かせる癖がある。スリッパの前半分だけが床に触れて、それが小さな摩擦音を立てる。いつ気づいたのかは覚えていない。ドア越しに五年、母の足音だけを聞いてきた。
僕はベッドの上で身体を硬くした。掛け布団の下で、両手が無意識に拳を握っていた。爪が掌に食い込む感触がやけに鮮明で、痛みだけが今の自分を現実に繋ぎ止めていた。昼間の、いつもより長い沈黙を思い出していた。あのとき母が飲み込んだ言葉が、まだ喉の奥に残っていて、それを夜になってもう一度取り出しに来たのだと思った。
母の呼吸が変わった。吸って、止めて、吐く。それを二度繰り返して、三度目の吸気のあとに、声が出た。
「朝陽」
名前を呼ばれたのがいつ以来なのか、すぐには思い出せなかった。トレイを置く音、足音、呼吸、沈黙。それが母と僕の間にある言語のすべてだった。名前という音の並びが、ドアの木目を通り抜けて耳に届いたとき、それは言葉というよりも物理的な振動に近かった。胸骨の裏側が震えた。二文字の母音が空気を揺らして、鼓膜から奥へ、奥へと沈んでいく。身体が覚えていた。この声に名前を呼ばれていた頃の記憶を、筋肉や骨がまだ手放していなかった。頭では忘れたつもりの感触が、背骨の底から熱を持って立ち上がってきた。
「もういいよ」
三文字だった。もう、いい、よ。母の声は静かだった。泣いてはいなかった。怒ってもいなかった。ただ何かを手放すときの、あの乾いた軽さがあった。荷物を長く持ちすぎて、腕の感覚がなくなって、指を開いても落ちたことに気づかない、そういう手放し方。
僕は息を止めていた。肺の中の空気が古くなっていくのが分かった。吐けばその音が母に届く。僕がここにいて、起きていて、聞いていたことが伝わる。それが怖かった。聞いていないふりをすることが、五年間の僕の仕事だった。メモを読んで読んでいないふりをする。足音を聞いて聞いていないふりをする。全部の気配を受け取って、受け取っていないふりをする。それが僕と母の間にある、壊れやすい均衡だった。聞いていたと知られた瞬間に、何かが動き出してしまう。動き出したものを、僕はもう止められない。
母はそれ以上何も言わなかった。もういいよ、の残響がドアの表面に染みていくような沈黙があって、やがてスリッパの音が遠ざかった。階段を下りる足取りは、昼間よりもさらに遅かった。一段ごとに何かを確かめるように、慎重に、けれど迷いなく。最後の一段を踏んだ音のあと、リビングのドアが静かに閉まる音がした。家全体が、また沈黙に沈んだ。
僕は暗い部屋の中で目を開けたまま、天井の染みを見ていた。見えるはずがなかった。部屋は真っ暗で、カーテンの隙間からの光もない時間帯だった。それでも目を閉じることができなかった。閉じたら、母の声がもう一度再生されてしまう気がした。
もういいよ。
その三文字が何を意味しているのか、考え始めたら止まらなくなることを知っていた。もう出てこなくていいよ、という許可なのか。もうこの生活を続けなくていいよ、という解放なのか。もう私は待たないよ、という宣言なのか。あるいはそのどれでもなく、もう自分を責めなくていいよ、という、母自身への言葉だったのか。
どの解釈を選んでも、その先にあるものが怖かった。許可なら応えなければならない。解放なら変わらなければならない。宣言なら、失うものがある。母自身への言葉なら、僕はもう母の時間の中に含まれていない。
分からなかった。分からないまま、夜が過ぎた。眠れなかったのか、眠って目が覚めたのか、その境目も分からなかった。気がつけばカーテンの隙間から朝の光が入っていた。
階段を上がる足音がした。いつもの時間だ。母の朝は変わらない。トレイを持って二階に上がり、ドアの前に置き、数秒立ち止まり、下りていく。五年間、一日も欠かさなかったその手順。
陶器がフローリングに触れる音。いつもと同じだ。でも、音の数が違った。茶碗の数。いつもは一つ分の音が、二つ分あった。重なりが微妙にずれて、かちり、かちりと二度鳴った。
母の足音が遠ざかる。今日は立ち止まらなかった。数秒の沈黙も、飲み込む息の音もなく、まっすぐ階段を下りていった。昨夜の「もういいよ」を言い終えた人の足取りだった。言うべきことは言った、あとはそちらの番だ、と。そういう静かな潔さが、足音の一歩一歩に滲んでいた。
僕はベッドから下りて、ドアの前にしゃがんだ。いつもの姿勢、いつもの距離。ドアの下の隙間から、廊下の光が細い線になって見えた。
薄く、ドアを開けた。五センチくらい。それだけで廊下の空気が流れ込んできた。部屋の中とは温度が違った。廊下のほうがわずかに暖かい。暖房ではない。朝の日差しが階段の窓から差し込んで、廊下の空気を温めている。その自然な熱が、部屋の中のエアコンで作られた均一な温度とは違う、やわらかい不均一さを持っていた。トレイが見えた。白い飯の椀が二つ、味噌汁の椀が二つ、焼き魚の皿が一つ。箸が二膳。メモはなかった。
二つの茶碗は、どちらも同じ大きさだった。僕用の、少し欠けた縁の茶碗と、もう一つ。そのもう一つが誰のものなのかは、聞かなくても分かった。母の茶碗だ。母がここで、僕と同じものを食べようとしている。ドアを挟んで、あるいはドアを挟まずに。
メモの代わりだと思った。「今日は風が気持ちいいよ」の代わりに、茶碗が一つ増えた。言葉ではなく、器の数で母は何かを伝えている。もういいよ、の続きがここにあった。
手を伸ばしてトレイを引き寄せようとして、指が止まった。いつもならドアの隙間からトレイを室内に引き込んで、ドアを閉めて、一人で食べる。でも今日のトレイは、一人で食べるようにはできていなかった。二膳の箸。二つの茶碗。これを部屋に引き込んで一人で食べたら、母の茶碗だけが冷めていく。
トレイを廊下に残したまま、僕は立ち上がった。ドアノブを握った。掌に金属の冷たさが伝わった。五年間、内側からしか触れなかったドアノブ。鍵は最初の一年で使わなくなった。母が無理に開けようとすることはなかったから、鍵をかける必要がなくなった。鍵をかけないことが、僕にできる唯一の譲歩だった。
ノブを回す力が入らなかった。指は握っている。金属の温度が掌の温度に近づいていく。回せば開く。それだけのことだ。けれど「それだけのこと」が、五年分の重さを持っていた。
階下から、何の音もしない。母は台所にいるのだろう。僕がドアを開けるかどうかを、聞き耳を立てて待っているのだろうか。それとも、あえて気配を消して、僕に選ばせようとしているのだろうか。
味噌汁の匂いがした。ドアの隙間から、廊下に漂う出汁の匂い。昨日と同じ匂い。五年間ずっと同じ匂い。変わらないことの重みと、今日だけ茶碗が一つ増えたことの重み。その両方が廊下の空気の中に混じっていた。
僕の手はまだドアノブを握っていた。味噌汁が、少しずつ冷めていく。二つの椀から、同じ速さで湯気が消えていく。母の分が冷める前に、と思った。それは五年間で初めての、誰かの時間を気にするということだった。