第1話
第1話
天井が落ちてきた瞬間、辰巳庄之助が最後に見たのは、割れた窓硝子の向こうに広がる業火の海であった。
大正十二年九月一日。正午を少し回った刻限に、東京の大地が牙を剥いた。轟音とともに厨房の壁が崩れ、庄之助が三十年かけて磨き上げた銅鍋が、鋳物の竈が、棚に並べた西洋皿が、一瞬にして瓦礫の下に消えた。火が早かった。揺れが止まる前に、隣の材木置場から炎が走り、風に煽られて辰巳軒の暖簾を舐めた。
逃げねばならぬ。頭ではそう分かっていた。だが五十を過ぎた脚は瓦礫に挟まれ、動かなかった。左の脛に鋭い痛みが走り、砕けた柱材が膝から下を完全に押さえつけている。力を込めて引き抜こうとしたが、脚は微動だにしなかった。
煙が喉を焼く。涙で滲んだ視界の端に、朝仕込んだビーフシチューの鍋が転がっているのが見えた。蓋が外れ、褐色の煮汁が土間に広がって、砂埃と混じり合っている。二十年前に死んだ女房に教わった隠し味——味噌をほんの匙一杯。あの味を継ぐ者は、もう誰もおらぬ。
弟子の顔が浮かんだ。先の大戦で満州に渡り、戻らなかった安吉。あの男に全てを伝えておけばよかった。
炎が天井を突き破り、火の粉が庄之助の頬を焦がした。
——ああ、終わるのか。
五十三年の生涯であった。下町の貧乏長屋に生まれ、十二で料理場に入り、四十年以上を竈の前で過ごした。文明開化の波に乗り、牛鍋屋の小僧から身を起こして、銀座の片隅に自分の店を構えた。それなりに誇れる人生であったと、そう思いたかった。
崩れ落ちる梁が、庄之助の意識を断ち切った。
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水の匂いがした。
潮の香に混じって、獣脂で肉を焼く煙が鼻腔を擽る。庄之助は、それが何の匂いであるか即座に分かった。牛の脂身を鉄板に落とし、強火で焼いている。英国式の焼き方だ。火加減が少し強すぎる——そんなことを考えている自分に気づいて、庄之助は目を開けた。
空が見えた。抜けるように青い、秋の空ではない。湿気を含んだ夏の空だった。雲が低く垂れ込め、遠くで鷗の鳴く声がする。
背中に冷たい石畳の感触がある。路地裏だった。煉瓦造りの壁に挟まれた狭い路地で、脇には木箱が積み上げられ、異国の文字が刷られた荷札が貼られている。
庄之助は身を起こそうとして、自分の手を見た。
息が止まった。
皺がない。五十年の火傷の痕も、包丁胼胝も、右手の甲を走る古傷も、全てが消えていた。若い男の手だった。二十かそこらの、滑らかで力に満ちた手。
「馬鹿な」
自分の声に驚いた。高い。若い頃の声だ。掌を握り、開き、また握る。指が軽い。関節が痛まない。信じられぬ思いで自分の体を見下ろすと、痩せてはいるが筋の通った若者の体がそこにあった。着ているのは薄汚れた木綿の着物一枚。懐を探ったが、銭は一文もなかった。
頬に触れた。髭がない。顔の輪郭は細く、頬骨が僅かに張っている。若い頃の自分に似ているが、鏡がなければ確かめようもなかった。腕を曲げ、力を入れてみる。筋は薄いが、芯に弾力がある。五十の体では考えられぬ軽さだった。
路地の向こうから、英語の怒声が聞こえてきた。
"Move those crates! The lunch service starts in thirty minutes!"
庄之助は耳を疑った。英語だった。それも、妙に古めかしい言い回しの英語。辰巳軒には在留の外国人客も来ていたから、庄之助は片言の英語を解した。だが今聞こえてくる言葉の調子は、大正の横浜で耳にしたそれとは微かに異なっている。
立ち上がって路地の角を覗くと、広い通りが開けていた。
石造りの建物が並び、馬車が往来している。洋装の外国人が闊歩し、その合間を和装の人足たちが荷を担いで行き交う。看板は英語と仏語。日本語の文字は殆ど見当たらぬ。
——居留地だ。
横浜の外国人居留地。庄之助は若い頃、ここに来たことがあった。明治の初め、まだ日本人と外国人の住む世界がくっきりと分かれていた頃の横浜。
通りの角に据えられた掲示板に目が留まった。英字新聞の切り抜きが貼られ、その日付が読み取れた。
一八七四年。明治七年。
庄之助は掲示板の前に立ち尽くした。膝から力が抜け、煉瓦の壁に手をついて辛うじて体を支えた。指先が震えていた。冷たい煉瓦の目地の凹凸が、掌に食い込む。
大正十二年に死んだ。それは確かだ。天井が崩れ、炎に呑まれ、意識が途絶えた。それなのに今、己は明治七年の横浜に立っている。五十年以上も過去に——いや、ただ過去に戻ったのではない。この体は若い。二十歳前後の体だ。三十年以上も若返っている。
夢か、さもなくば狂うたか。
だが石畳の冷たさも、潮風の湿り気も、路地に漂う馬糞の臭いも、全てが鮮烈に五感を打っていた。夢にしては、あまりに生々しい。
再び、獣脂の焼ける匂いが風に乗って届いた。
庄之助の体が、考えるより先に動いていた。匂いの元を辿って路地を抜け、一軒の建物の裏手に回る。勝手口が開け放たれ、中から熱気と煙が溢れ出ている。覗き込むと、広い厨房が見えた。
煉瓦造りの竈が三基。銅鍋が火に掛かり、鉄のフライパンで肉が焼かれている。白い調理服を着た外国人の料理人が四人、忙しく立ち回っている。その中央に立つ大柄な男——赤ら顔に豊かな髭を蓄えた中年の英国人が、若い料理人を怒鳴りつけていた。
"The joint is overdone! How many times must I tell you, keep the fire low for the first hour!"
ローストビーフを仕込んでいるのだと、庄之助は一目で分かった。そしてその焼き方が、自分の知る方法とは異なっていることも。
この時代のローストビーフは、高温で一気に焼き上げるのが主流だった。五十年後の料理人である庄之助は知っている。低温でじっくり火を入れ、最後に高温で表面を焼き締める方が、肉の繊維が壊れず、遥かに柔らかく仕上がることを。だがその技法が広まるのは、まだずっと先の話だ。
厨房の隅では、若い料理人が必死にグレイヴィーソースを掻き混ぜていた。鍋の中身を見るまでもなく、焦げかけていることが匂いで分かった。小麦粉を入れすぎている。肉汁の風味が死んでしまう。庄之助の指が無意識に動いた。もし自分が鍋の前に立っていたなら、火を弱め、冷たいブイヨンを少しずつ注いで滑らかに伸ばすところだ。四十年の経験が、体の奥から手順を叫んでいる。庄之助は思わず一歩、勝手口の中へ踏み込みかけて、慌てて足を止めた。
腹が鳴った。最後に物を食ったのがいつだったか、もはや分からぬ。死ぬ前の人生では、朝の賄いを食って以来何も口にしていない。この若い体になってからは、一口の水すら飲んでいなかった。空腹が内臓を握り潰すように絞め、視界が一瞬、白く揺らいだ。
庄之助は厨房の脇に積まれた木箱に目をやった。野菜の切れ端や肉の端材が捨てられている。料理人の目が、その中から使える食材を瞬時に選り分けていた。牛の筋肉の切れ端、萎びかけた人参、芽の出た馬鈴薯。
——これだけあれば、一皿は作れる。
五十三年の人生で積み上げた技術が、指先に蘇る。いや、蘇るという言い方は正しくない。この若い体は庄之助の技を知らぬはずだ。なのに手が覚えている。包丁の握り方、食材を見極める目、火加減を肌で感じる感覚。全てが、完全に残っていた。
名も、金も、身寄りもない。この時代に自分が何者であるかを証す術すらない。
だが、料理はできる。
カツレツも、コロッケも、カレーライスも——この時代の日本にはまだ存在せぬ料理の全てが、庄之助の頭の中にある。それは五十年の歳月をかけて、幾千の客に出し、幾万の皿を重ねて磨き上げた、紛れもない本物の記憶だった。
厨房の中で、英国人料理長が再び怒声を上げた。皿が割れる音がして、若い料理人が勝手口から飛び出してきた。庄之助と目が合い、料理人は舌打ちをして走り去った。
勝手口の向こうに、忙殺される厨房が見えている。人手が足りていないのは明らかだった。
庄之助は一つ、深く息を吸った。獣脂と香辛料と炭火の匂い。五十年前も、五十年後も変わらぬ、厨房の匂いだった。
この匂いのする場所でなら、生きていける。
若い脚に力を込め、庄之助は勝手口の敷居を跨いだ。