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翼なき妃と双翼の契約

第6話 第6話「翼の付け根が教えてくれること」

第6話

第6話「翼の付け根が教えてくれること」

# 第6話「翼の付け根が教えてくれること」

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翼が、笑った。

そうとしか言いようのない動きだった。エリオット様が冗談を言って、わたしが吹き出した瞬間、背中の翼がぱさりと開いた。自分の意志ではない。身体が笑うように、翼も笑ったのだ。朝の浮遊庭園で、風車の花が回る音に混じって、羽根がこすれる柔らかい音がした。

「やっぱり」

エリオット様が目を細めた。口元に、柔らかな笑みが浮かんでいる。研究者が仮説を確認したときのような、知的な喜びと、それとは別の——もっと個人的な温もりが混じった表情。浮遊庭園の朝の光が、銀色の翼を薄く透かしている。

「君の翼は、感情と連動している。嬉しいときに広がり、不安なときに縮む。怒ったときは——たぶん、逆立つ」

「逆立つって、猫じゃないんですから」

「試すか?」

「やめてください」

わたしは苦笑しながら、自分の翼を観察した。確かに、意識して動かすよりも、感情が動いたときの方が、翼は自然に反応する。嬉しいとふわりと広がり、緊張すると身体に密着するように畳まれる。風が頬を撫でるたびに、翼がその風を読んで微かに角度を変える。無意識に。まるで呼吸するように。

「殿下。前に仰っていましたよね。翼の付け根が、わたしの名を呼ぶたびに疼くと」

エリオット様の表情が、少し変わった。口元の笑みが消え、真剣な色が浮かんだ。

「覚えていたのか」

「忘れません。あの時、殿下はすぐに答えてくださいませんでしたから」

わたしが言うと、エリオット様は少し観念したように息を吐いた。銀色の翼が、気まずそうに小さく畳まれた。

「双翼の契約者同士は、互いの感情を、翼の付け根で感じ取れる。書庫の記録にそう書いてあった。私が君の名を呼ぶたびに疼いていたのは——その、君への感情が、翼を通じて反響していたんだ」

「つまり、殿下がわたしのことを——」

「言わせるな」

エリオット様が顔をそらした。耳の先が赤い。朝陽に照らされた耳が、髪に隠しきれないほどはっきりと赤く染まっている。この人がこんなに分かりやすく照れるのを、初めて見た。

わたしの翼の付け根が、じわりと温かくなった。エリオット様の感情だ。照れと、それから、もっと深いところにある、柔らかな温もり。蜂蜜を湯で溶いたときのような、ゆっくりと広がる甘さ。翼の付け根を通して感情が流れ込んでくるのは、こういう感覚なのだ。

「……感じます。殿下の気持ちが、ここに」

わたしは自分の背中に手を当てた。肩甲骨の下、翼の付け根のちょうど真ん中あたり。温かさがそこに集まっている。エリオット様が驚いたようにこちらを見た。

「もう、始まっているのか。君の方にも」

「はい。温かいです。殿下の感情は、とても」

しばらく、二人とも何も言えなかった。浮遊庭園の花が風に揺れ、花粉がきらきらと舞った。金色の粒子が朝陽を受けて空中に漂い、二人の間を緩やかに流れていく。朝の空気が甘く、湿っぽく、肌に張り付くような密度があった。花弁の一枚がわたしの翼の上に落ちた。白い花弁が銀色の羽根の上で揺れている。風で飛ばされそうになるたびに、羽根の隙間に引っかかって留まった。

翼が、二人とも、大きく開いていた。わたしの銀色と、エリオット様の銀色が、朝の光の中で同じように揺れていた。風が吹くと、二人の翼が同じ角度に傾いた。練習したわけではない。翼が勝手に同調している。付け根を通じて繋がっていると、翼の動きまで似てくるのだ。

夜の晩餐会は、セリアがアルシエルに来て初めての公式の宴だった。

大広間は白い大理石の柱が林立し、天井には浮遊する蝋燭が何百と灯されていた。その光が柱に反射し、広間全体が金色の霞に包まれていた。蝋燭の熱が上空に籠もって、広間の空気はわずかに暑い。蝋が溶ける甘い匂いと、貴族たちの香水が重なり合って、鼻の奥がくすぐったくなった。

長い食卓には空の国の貴族たちが連なり、背中の翼が宴の装いとして様々な飾り羽根で彩られている。金糸を編み込んだ者、宝石を翼の先端にあしらった者。翼そのものが社交の道具であり、身分の表現だった。

わたしのドレスは、リーナが選んでくれた深い青の絹地だった。背中は大きく開けてある。銀色の翼が、蝋燭の光を受けて仄かに光っていた。

「セリア様、翼、出てますか?」

「出てるわ。たぶん」

「たぶんじゃ困ります……!」

入場の直前まで、リーナが心配そうにわたしの背中を覗き込んでいた。リーナの指が翼の付け根を軽く触れて確かめてくれる。翼は不安定だ。今夜中に消えないという保証はない。けれど、わたしには選択肢がなかった。いつまでも隠していれば、宮廷はわたしを「翼のない妃」として固定する。見せるなら、今夜だった。

エリオット様がわたしの隣に立った。手を取り、大広間に足を踏み入れる。手のひらが少し汗ばんでいた。エリオット様も緊張しているのだ。

ざわめきが起きた。

わたしの背中の銀色の翼を見て、貴族たちが一斉に反応した。囁き声が波のように広がる。食器が止まり、杯を置く音があちこちで鳴った。

「本当に翼が……」

「エリオット殿下と同じ色ですわ」

「しかし、百年ぶりの契約が、あのような小国の娘に……」

視線が、何十という視線がわたしに集中した。好奇、驚愕、称賛、警戒。そして、明確な敵意。視線には温度がある。温かいものは肩を撫でるように感じるが、冷たい視線は、首の後ろに針を刺されるように鋭い。

わたしは背筋を伸ばした。翼が緊張で縮もうとするのを、意志で押し留めた。広げたまま。堂々と。ヴェントの崖で、嵐の中を歩いたときと同じ覚悟で。

食卓についた。エリオット様が椅子を引いてくれた。隣に座り、わたしの手にそっと触れた。翼の付け根に、エリオット様からの温もりが伝わった。大丈夫だ、という感情が。その温もりを受けて、わたしの翼が少しだけ安定した。

宴が進んだ。空の国の料理は見た目が華やかだった。雲の泡を固めたスープは口に含むと舌の上で弾けて消え、後に仄かな塩味だけが残った。風で乾燥させた薄い肉の燻製は、噛むと木の実のような香ばしさが広がる。花弁を練り込んだパンは目に美しいが、味はほとんどなかった。どれも軽く、空気のような食感で、食べた後に舌に余韻だけが残る。

わたしは隣のエリオット様と穏やかに言葉を交わしながら、宴の空気を注意深く読んでいた。好意的な貴族は、遠くからだが頷いてくれている。警戒している者は目を合わせない。敵意を持つ者は——視線が冷たい。杯を傾ける動作の合間に、こちらを値踏みするように見ている。

最も冷たい視線が、広間の奥から飛んできた。

宴の途中、大広間の最奥の扉が音もなく開いた。

現れたのは、漆黒の髪に灰色の瞳を持つ男だった。背中に広がる大きな黒銀色の翼が、蝋燭の光を吸い込むように暗く輝いていた。精悍な顔立ち。威圧感のある立ち姿。広間の空気が、その男が一歩踏み出しただけで、冷えた。まるで冬の風が扉から吹き込んだように。

貴族たちが一斉に背筋を正した。杯を置く音がぴたりと止み、囁きが消えた。

エリオット様の手が、わたしの手の上でかすかに強張った。翼の付け根に、緊張が伝わってきた。鋭い、刃のような緊張。

「兄上」

エリオット様が小さく呟いた。

第一皇子、レイヴン・アル・アルシエル。

レイヴン殿下は広間を横切り、食卓の上座に歩み寄った。途中、わたしの前で足を止めた。灰色の瞳がわたしを見下ろす。その目に、個人的な嫌悪はなかった。感情を排した、計算だけが光る目だった。品定めをする商人の目に似ていたが、もっと冷たかった。

「ヴェントの娘か」

声は低く、硬質で、感情の色がなかった。けれど、その声は広間全体に届いた。意図的に通した声だ。

「はい。セリア・ヴェントです。殿下にご挨拶申し上げます」

わたしは立ち上がり、礼をした。翼が少し揺れたが、畳まなかった。畳めば、この人の前で怯んだことになる。

レイヴン殿下は、わたしの翼を一瞬だけ見た。その一瞬に、多くの情報を読み取ったはずだった。翼の大きさ、色、安定性。全てを。それから、何も言わずに上座へ歩いていった。

たったそれだけの交差だった。けれど、わたしの翼の付け根が、ぞくりと冷えた。エリオット様の感情ではない。わたし自身の直感だった。あの人は、わたしの翼を認めていない。そしてたぶん、認めるつもりもない。

あの灰色の瞳の奥で、何が計算されているのか。わたしには読めなかった。けれど、一つだけ確かなことがある。あの人がこの宴に現れたのは、偶然ではない。わたしの翼を、自分の目で確かめに来たのだ。

宴は続いた。笑い声と食器の音が広間に満ちていた。蝋燭の蝋が溶け落ちて、甘い匂いが一層濃くなった。けれど、わたしの背中には、あの灰色の瞳の冷たさが、蝋燭の煤のようにこびりついていた。

翼の付け根が、まだ冷たかった。

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