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呪いの令嬢は処刑台で予言する

第18話 第18話「王子の決断」

第18話

第18話「王子の決断」

# 第18話「王子の決断」

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リオンが去って、七日が過ぎた。

離宮は静かだった。静かすぎた。護衛の任には別の騎士がついたが、その騎士はリオンではなかった。三歩後ろを歩く足音が違う。重くて、間隔が均一すぎる。気配が違う。この騎士は任務をこなしているだけで、わたくしの歩幅に合わせようとはしない。野花を摘んでくることもない。書庫で高い棚の本を取ろうとしても、気づかない。庭を歩けば、リオンが好きだった井戸端の白詰草が目に入る。踏まないように避けて歩いていたのは、あの人だけだった。

リオンがいた場所に、リオンの形の空白がある。書斎の窓辺に立つとき、三歩後ろに人の気配がないことに体が驚く。振り返って誰もいない空間を見つめてしまう。その空白が、一日ごとに重くなっていった。

花瓶の水は、ルルが替えてくれている。けれど花は替えていない。リオンが最後に摘んできた青い小花は、とうに枯れていた。茶色く変色した花弁が茎にしがみついている。捨てられなかった。捨てたら、リオンがいた証拠が一つ消える。

星紋は肩を超えた。セレスティアの言った通り、痛みの質が変わった。鋭い棘ではなく、重い圧迫感。体の内側から何かに押し潰されるような感覚が、断続的に続いている。右目の視界は半分を失った。左目だけで見る世界は、常に片側が欠けていて、まるで壁際を歩いているかのようだった。

母の日記を何度も読み返した。銀盤の制御装置。金層の扉。紡ぐには二人の手が要る。けれど今、わたくしの隣にリオンはいない。頭では分かっている。答えは見つかった。方法も分かった。けれど、実行する相手がいない。答えを知っていながら使えないのは、答えがないことよりも辛かった。

朝の紅茶が冷めるのが早くなった。ルルが淹れてくれるのに、一口目で飲む気力がないまま、カップを見つめている時間が増えた。紅茶の水面にわたくしの顔が映る。右頬に這い上がる星紋の銀色が、茶褐色の水面の中でゆらゆらと歪んでいた。ルルは何も言わなかった。けれど、カップを下げるとき、いつもより長くわたくしの手を見ていた。

ディランが離宮を訪ねてきたのは、八日目の午後だった。

婚約解消の正式な書類を持って。羊皮紙に王家の印が押された公文書。ディランの署名がある。あとはわたくしが署名すれば、婚約は終わる。書類の端がきちんと揃えられていた。ディランらしい几帳面さだ。

「急ぎの用があって来た。署名の件は——後でもいい」

ディランが椅子に座った。いつもの端正な姿だが、目の下に隈があった。隈の色が濃い。紫がかった暗い色で、この人が何日も眠れていないことを物語っていた。

「何がありましたの」

「セレスティアのことだ」

ディランが声を落とした。ルルに外してもらい、二人きりになった。部屋の扉が閉まり、ルルの足音が遠ざかった。窓の外で蝉が鳴き始めていた。夏が近い。

「私はこの数週間、セレスティアの過去の予言記録を調べていた。お前が議会で言っていたことだ。——セレスティアが公式の場で意図的に都合の良い未来だけを語っている可能性」

「見つかりましたの」

「五件。過去十年間で、セレスティアの公式予言の直後に、予言と矛盾する事件が起きている。小規模なものばかりだが——パターンがある。いずれも国防に関わる事件で、セレスティアが『安寧』を予言した後に国境で小競り合いが起きている」

ディランが書類の束を机に置いた。紙の束が机に当たる音が、乾いた響きを立てた。

「セレスティアは、見えている未来のうち、王家に不利なものを意図的に隠している。慶事だけを語り、凶事を伏せている」

「なぜ」

「分からなかった。嫌がらせにしては回りくどい。掟破壊のためにしては遠回りすぎる。——だが、先日、ひとつの手がかりを掴んだ」

ディランの灰色の瞳が、暗くなった。窓の光が彼の横顔を照らしているのに、瞳の中は影が落ちていた。

「セレスティアが、隣国エルデヴァンの使者と密会していた」

血の気が引いた。指先が冷たくなった。右手の星紋が鋭く脈打った。

「密会——」

「王宮の裏門。月に二度。衛兵の目を避けて、書簡を交わしている。書簡の内容は確認できていないが——裏門の石壁に、星詠みの隠蔽術式の痕跡があった。セレスティアが衛兵の認識を歪めていたのだ」

「セレスティアが、この国を売ろうとしている」

ディランが頷いた。顎の線が硬い。唇が薄く結ばれている。この人が怒りを抑えているときの表情だった。

「確証はまだない。だが状況証拠は揃ってきた。セレスティアの予言が意図的に歪められているとすれば、その目的は——国防の弱体化だ。凶事を隠せば、王家は備えを怠る。備えを怠れば——」

「エルデヴァンの侵攻に対応できない」

部屋が冷えた気がした。初夏の午後なのに。窓の外の蝉の声が、急に遠くなった。

窓の外の蝉が、ひときわ高く鳴いた。その声が不意に途切れて、部屋の中の沈黙がいっそう深くなった。

「殿下。あなたは——なぜ、セレスティアを傍に置いていたのですか。舞踏会で隣に座らせたのも——」

ディランが目を伏せた。灰色の瞳が、机の上の書類を見つめた。

「彼女の動きを監視するためだ。傍に置けば、行動が見える。舞踏会で隣に座らせたのも、議会で発言させたのも、すべて——泳がせるためだ。不器用な方法だったが、それ以外に王族の立場でできることが限られていた」

ディランの声が、珍しく疲れていた。声の端が擦り切れたような音を出していた。

「お前にも、リオンにも、余計な心配をかけた。——すまない」

わたくしは、長い間、黙っていた。窓の外の陽が傾き始めていた。午後の光が、少しずつ色を変えている。白い光が、金色に。

この人は、最初から戦っていたのだ。不器用に、一人で。わたくしと同じように。わたくしが星紋の痛みを一人で隠していたように、ディランは政治の重荷を一人で背負っていた。

「殿下。婚約解消の書類、署名しますわ」

「……いいのか」

「ええ。あなたにはあなたの戦い方がある。わたくしにはわたくしの。——けれど、ひとつだけ頼みがあります」

ディランが顔を上げた。灰色の瞳に、かすかな光が戻った。

「リオンを——北部から呼び戻してくださいまし。セレスティアとの戦いに、彼の力が必要なのです」

声が震えそうだった。堪えた。公的な要請として言わなければならない。個人的な願いとして言えば、ディランを困らせるだけだ。けれど——公的な理由と私的な願いが、今のわたくしの中では区別がつかなかった。

ディランは少しの間考え、そして頷いた。

「分かった。理由をつけて、転属命令を撤回する」

「ありがとう、殿下」

ディランが立ち上がった。書類を机に置いて。去り際に振り返った。窓からの夕方の光が、彼の金髪を琥珀色に染めていた。

「アイリーン。お前と私は、婚約者としては上手くいかなかった。だが——」

「味方としては、悪くありませんでしたわ」

ディランが笑った。初めて見る、本物の笑顔だった。十歳の頃の笑い方に似ていた。声が少し高くなり、目元の硬さが消えて、一瞬だけ少年に戻った。けれどすぐに大人の顔に戻り、姿勢を正して部屋を出ていった。

扉が閉まった。一人になった部屋で、わたくしは署名用の羽根ペンを手に取った。婚約解消の書類に、左手で名前を書いた。右手では字が書けなくなっていた。歪んだ字だったが、意志だけは真っ直ぐだった。

窓の外を見た。北の空に、白い雲が流れていた。あの雲の向こうに、リオンがいる。

署名した書類をテーブルに置いた。インクが乾くのを待っている間、わたくしは右手を見つめた。金色の星紋が、首筋から頬にまで広がっている。けれど今日は、不思議と痛みが穏やかだった。ディランと話をしたからか。一人で背負っていた荷が、少しだけ軽くなったからか。

ルルが部屋に入ってきた。わたくしの顔を見て、何かを察したらしい。

「殿下と、良いお話ができたんですね」

「ルル。あなたには何でもお見通しですわね」

「だって、お嬢さまの目が違いますもの。少し——優しくなりました」

ルルが笑った。そばかすの頬が丸くなり、目が三日月の形になった。わたくしもつられて、口元が緩んだ。

この離宮にいるのは、わたくしとルルだけだ。リオンはいない。ディランは王宮に帰った。けれど、一人ではない。ルルがいる。ディランが味方についてくれた。リオンが戻ってくる。

わたくしの周りには、人がいる。それだけで——星紋の冷たさが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。

ルルが夕食の支度を始めた。台所からスープの匂いが漂ってきた。野菜と鶏肉の、温かい匂い。この匂いが、離宮を家にしている。わたくしの居場所にしている。

(もう少しだけ——待っていて、リオン。わたくしは、あなたが戻る場所を守っている)

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