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呪いの令嬢は処刑台で予言する

第19話 第19話「謀略の星」

第19話

第19話「謀略の星」

# 第19話「謀略の星」

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セレスティアの陰謀が、形を結び始めていた。

ディランが持ち帰った証拠を、わたくしは書斎で分析した。蝋燭を三本灯し、机の上に資料を並べた。蝋の匂いが部屋に満ちている。過去十年のセレスティアの予言記録。隣国エルデヴァンとの国境紛争の年表。密会の日時と書簡の断片。一つひとつは小さな点だが、並べると線になった。線が交差し、網を編んでいる。

セレスティアは、エルデヴァンの侵攻を予言しながら語らなかった。代わりに「慶事」「安寧」と偽りの未来を語り、王家の警戒を解いた。国防費は削減され、国境の兵力は手薄になった。十年かけて、少しずつ、気づかれないように。蟻が堤を崩すように。資料を繰る指先が震えた。インクの染みと蝋燭の油の匂いが混じり合い、書斎の空気が重く淀んでいる。リオンが転属された北部国境は、まさにその弱体化の最前線だった。

(リオンが送られたのも——偶然ではない)

蝋燭の炎が揺れ、資料の上に影が踊った。年表の日付を指で辿ると、指先がインクで黒くなった。十年分の陰謀の証拠が、わたくしの指先を汚している。

セレスティアが進言してリオンを転属させた。弱体化した国境に。侵攻が来る場所に。それはわたくしからリオンを引き離すためだけではなく、リオンをも駒として利用しようとしたということだ。

銀盤を覗いた。右目の視界は三分の一しか残っていない。左目だけで銀面を凝視する。銀面に映る自分の左目が、充血して赤くなっていた。

映ったのは、冬の大広間。血。倒れた人影。——前に見た未来と同じだ。けれど今回は、もう少し先まで見えた。大広間の外、王宮の城壁の向こうに、大軍が迫っている。エルデヴァンの軍旗が冬の風に翻っている。黒と赤の旗。軍旗の下に、無数の兵士の姿が蠢いていた。

「冬までに——」

冬。あと数ヶ月。季節が一つ変わるだけだ。けれどその一つの季節の中に、国の存亡がかかっている。エルデヴァンは冬に攻めてくる。雪に閉ざされる前に国境を突破し、王都に迫る算段だ。冬の到来が、砂時計の砂のように迫っている。

銀盤から顔を上げた。星紋が脈打っている。長時間の星読みは、もうできない。五分も覗いていると、右腕の痛みで手が震え始める。かつては一時間でも覗いていられた。それが今は五分で限界だ。体が壊れていく速度を、数字で突きつけられているようだった。

「証拠が必要ですわ」

呟いた。声が部屋の壁に吸い込まれた。セレスティアの陰謀を暴くには、銀盤に映った未来だけでは足りない。星紋に蝕まれた星詠みの言葉は、宮廷では信用されない。「あの娘の銀盤は歪んでいる」と言われれば、それまでだ。セレスティア自身がそう言ったではないか。

蝋燭が一本燃え尽きた。残り二本。時間が過ぎていく。

ディランに連絡を取った。左手で書簡をしたためた。文字が歪んでいるが、読めるはずだ。彼は既に動いていた。エルデヴァンの使者との密会の現場を押さえるべく、信頼できる衛兵を配置している。

返信は夕刻に届いた。ディランの均一な筆跡。

「あと数回の密会で、証拠が揃う。——もう少し時間をくれ」

「時間が、ありませんわ。エルデヴァンの侵攻は冬です。それまでに国防を立て直さなければ——」

書簡にそう書き足して、使いの者に渡した。

「分かっている。だが、証拠なしにセレスティアを告発すれば、逆にこちらが糾弾される。王宮付き星詠みの告発には、鉄壁の証拠が要る」

翌朝届いたディランの返信にはそう書かれていた。正しかった。政治の世界は、真実よりも証拠が重い。真実を知っていても、証拠がなければ誰も動かない。

書斎の窓から北の空を見た。リオンがいる方角。北部国境。エルデヴァンの軍が迫る場所。空が夕焼けに染まっていた。北の空だけが、まだ青みを残している。その境界線が、国境のように見えた。

(リオン——)

銀盤を覗いた。リオンを探した。左目を凝らし、銀面の奥に意識を沈める。星紋が脈打ち、右腕が熱を持った。

映った。北部の砦。リオンが剣を手に、城壁の上に立っている。碧眼が遠くを見つめている。風が赤毛を乱している。生きている。元気そうだった。頬がやや痩せていたが、目の光は変わっていなかった。

安堵で息が漏れた。胸の奥に詰まっていた石が、ひとつだけ取り除かれたような感覚だった。生きている。大丈夫。彼の頬に刻まれた疲労の線が気にかかったが、あの目の光は確かにリオンのものだった。けれど——。

銀盤の映像の端に、煙が見えた。リオンの背後に、黒い煙が上がっている。最初は炊事の煙かと思った。けれど、煙の量が多すぎた。

「まさか——」

銀盤の映像が揺れた。星紋の痛みで手が震え、映像が乱れる。歯を食いしばった。持ちこたえろ。もう少しだけ——。

煙。炎。国境の砦の外壁が——崩れている。石が崩れ落ち、土煙が上がっている。攻城兵器の痕跡だ。

「もう始まっている」

冬を待たずに、エルデヴァンは動き始めていた。小規模な攻撃。偵察部隊か、先遣隊か。本格的な侵攻の前触れ。冬の本隊が来る前の、地ならし。

リオンが、その最前線にいる。

銀盤を置いた。手が震えている。星紋が右半身の鎖骨まで広がっている。長時間の星読みの代償で、右目がさらに暗くなった。視界の右端がさらに狭まった。灰色の靄が、一歩分だけ前に進んだ。

「ルル!」

「はい、お嬢さま!」

ルルが書斎に駆け込んできた。スカートの裾を踏みかけながら。

「ディラン殿下に、至急の書簡を。——北部国境で戦端が開かれましたわ。リオンがいる場所で」

ルルの目が大きくなった。けれど、すぐに唇を結び、頷いた。

「すぐに。——お嬢さま、お茶を置いていきます。飲んでください」

そう言って机にカップを置き、ルルが駆け出した。小さな足音が廊下を駆けていく。

わたくしは、窓辺に立ち尽くした。北の空に、夕暮れの赤い光が広がっている。あの光の向こうで、リオンが戦っている。崩れる城壁と、立ち上る煙の中で。

(待っていてほしい。わたくしが、何とかする。何とか——)

けれど、今のわたくしにできることは、銀盤を覗いて未来を映すことだけだった。紡ぐ力はまだ手に入れていない。鏡しか使えない星詠みは、未来を変えられない。見ることはできても、触れることはできない。ガラスの向こう側を眺めているだけだ。

セレスティアの声が蘇った。「変えられないなら、受け入れるしかない」。

(嫌だ。受け入れない。わたくしは——母とは違う道を見つける)

紅茶が冷めていた。ルルが置いてくれたカップに、一口だけ口をつけた。ぬるい。けれど、味は分かった。いつもの、少し薄いルルの紅茶だ。渋みの中に甘みがある。

星紋が脈打った。北の空に、最初の星が光った。あの星の下に、リオンがいる。

紅茶のカップを両手で包んだ。左手だけでは持てないから、右手も添えた。右手の指先はまだ動く。かろうじて。カップの温もりが指先に伝わり、そこから手首へ、腕へと広がっていく。リオンの手の温もりとは違う。けれど、温かいことに変わりはない。

ルルが戻ってきた。息を切らしている。

「書簡、お渡ししました。殿下の侍従の方が、すぐに届けると」

「ありがとう、ルル」

「お嬢さま。あの——リオンさまは、大丈夫でしょうか」

ルルの声が小さくなった。丸い目がわたくしの顔を見上げている。この子も、リオンのことを心配している。リオンが離宮にいた頃、三人で飲んだ紅茶の時間を、ルルも大切にしていたのだ。

「大丈夫ですわ。あの人は強い。わたくしなどより、ずっと」

「お嬢さまも強いです」

「わたくしは——」

強くない。星紋に蝕まれ、右目を失い、右腕がまともに動かない。銀盤を一人で覗くだけで体力を消耗する。こんな体で、何ができるというのか。

けれど、ルルの目は本気だった。そばかすの頬が紅潮し、唇がきゅっと結ばれている。この子が嘘をつくときは目が泳ぐ。今は泳いでいない。

「お嬢さまは、右目が見えなくなっても銀盤を覗くのをやめません。体が痛くても、セレスティアさまに立ち向かいます。それを強いと言うんです」

ルルの言葉が、胸に沈んだ。温かく、重く。紅茶の温もりとは違う種類の温かさだった。

わたくしは窓辺の椅子に座り、北の空を見続けた。星が一つ、また一つと増えていく。夜が深くなるにつれ、空が星で埋め尽くされていった。

ディランからの返信は、深夜に届くだろう。それまでの間、わたくしにできることは——待つことだけだった。待つことと、銀盤の奥で脈打つ金色の光を見つめることだけ。母が遺した鍵。まだ使えない鍵。リオンがいなければ、開けられない扉。

(けれど、待っているだけでは終わらない。リオンが戻ったら——すべてを始める)

その決意だけが、長い夜を支えた。

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