第14話
第14話「火傷の記憶」
# 第14話「火傷の記憶」
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リオンの左手の火傷に、銀色が走った。
それは、わたくしたちが始祖の古文書を並べて読んでいるときに起こった。書斎の窓から初夏の午後の光が差し込み、机の上の羊皮紙を黄金色に染めていた。リオンが羊皮紙の端を持ち上げた瞬間、火傷の跡に沿って銀色の光が走った。一瞬で消えたが、わたくしは見逃さなかった。
光は稲妻のように細く、鋭く、火傷の瘢痕の筋に沿って手首から指先へ駆け抜けた。まるで古い傷の中に隠された回路が、一瞬だけ通電したかのようだった。
「リオン。いまの——」
「分かっています。前にもありました。北部にいた頃、剣の訓練中に一度」
リオンが左手を広げた。火傷の跡は白いまま。銀色はもう見えない。けれどわたくしの目には、さっきの光の残像が焼きついていた。瘢痕の肌の表面がわずかに光沢を帯びている。それが元からなのか、さっきの光のせいなのか、判別がつかなかった。
窓の外で小鳥が鳴いていた。白い雲が青空を流れ、影が書斎の床を横切っていく。穏やかな午後。けれど、わたくしの心臓は穏やかではなかった。
「あなたの姉上の話を、もう一度聞かせてくださいませんか。——全部」
リオンは頷いた。椅子に深く腰を下ろし、左手を膝の上に置いた。火傷の跡が午後の光に照らされて、白い地図のように浮かび上がっている。
「姉の名はレーナ。ヴェステル家の長女で、私より六つ年上でした。物静かで、いつも窓辺で本を読んでいた。栗色の髪を長く伸ばしていて、読書に夢中になると、無意識に髪の先を指に巻きつける癖がありました。幼い頃から不思議な夢を見ると言っていましたが、家族はあまり気にしていなかった」
リオンの声は穏やかだった。遠い記憶を手のひらに載せて、一つずつ確かめるような語り方。声の底に、慈しみと痛みが同じ重さで沈んでいた。
「不思議な夢」
「明日の天気が分かったり、父が旅先で何を買ってくるか分かったり。小さなことです。けれど——嫁入りの半年前から、姉の様子がおかしくなりました」
リオンの碧眼が遠くを見た。窓の外ではなく、もっと遠く。十二年前の北部の屋敷を見ている目だった。
「夜中に起きて、何かを書いている。大量の蝋燭を灯して。部屋の中が真昼のように明るくなっていて、廊下から見ると扉の隙間から光が漏れていました。蝋の焼ける匂いが廊下に充満して、息が苦しいほどだった。父が心配して医者を呼んだが、体には異常がなかった。ただ、右手に——」
「星紋が」
「当時は何か分かりませんでした。銀色の模様が右手に浮いていた。姉は手袋で隠していました。黒い手袋を」
わたくしの背筋が凍った。黒い手袋。セレスティアと同じだ。星紋を隠すために、同じ方法を選んでいた。星詠みの血を引く者に共通する、本能のようなものなのだろうか。
「火事の夜、姉の部屋に入ったとき、姉は意識がなかった。机の上で、銀色の丸い盤を抱いたまま。周りに燃えた紙が散らばっていた。煙がひどくて、目を開けているのがやっとでした。熱で空気が歪んで、姉の姿が揺れて見えた。——姉が何を書いていたのか、何を見ていたのか。火事の後も、姉は何も語りませんでした」
リオンの声がわずかに低くなった。指が無意識に左手の火傷を撫でている。
「そして、嫁ぎ先で——」
「三年後に亡くなりました。病死と。けれど」
リオンが、左手を見つめた。火傷の跡が、彼の目の中で歪んでいた。嘆きではない。もっと静かなもの。答えの出なかった問いを、まだ抱えている者の目だった。
「いま思えば、姉は予言を書き換えたのだと思います。何の予言か分かりません。けれど、代償で亡くなったのだと」
わたくしは、リオンの左手を取った。長手袋を外し、素手で触れた。自分の手の冷たさと、リオンの手の温かさの差に驚いた。火傷の跡がわたくしの指先に重なる。瘢痕の肌はざらざらとしていて、けれどその下に脈打つ血管の温もりが感じられた。
触れた瞬間、銀色が再び走った。今度は消えなかった。薄く、細い銀色の線が、火傷の跡に沿って浮かんでいる。午後の光の中で、その銀色は静かに脈打っていた。わたくしの星紋と同じリズムで。二つの脈動が同期している。心臓の鼓動のように、一つの拍子で。
「これは——星紋」
「姉の?」
「あなたの。あなた自身の中に、微かな星詠みの適性がある。姉上から受け継いだのか、もともとヴェステル家の血にあったのか。いずれにしても——」
わたくしの声が震えた。始祖の手記の言葉が蘇る。『紡ぐには二つの手が要る。糸を持つ手と、車を回す手』。母が見つけられなかった答え。始祖が墓所に刻んだ言葉。すべてが、この人の左手に集約されていた。
「あなたが星紋に触れると痛みが和らぐ理由が、分かりましたわ。あなたには、糸の片方を持つ力がある」
リオンが、わたくしの目を見た。碧眼に驚きがあった。けれど驚きよりも強いものがあった。覚悟だ。この人はいつも、驚いた直後に覚悟を決める。その速さが、この人の本質なのだと思う。
「それは、良いことなのですか」
「分からない。けれど——もし始祖の言う通りなら、銀盤を糸車として使うには、あなたの力が必要。二人で紡げば、代償は分散される」
「つまり、あなた一人で壊れなくて済む」
「そう。けれど、代わりにあなたにも——」
「構いません」
リオンは、即答した。間髪を入れなかった。瞬きすらしなかった。碧眼がまっすぐにわたくしを見ている。午後の光がその瞳の中で揺れている。
「私の姉は一人で壊れた。あなたのお母上も。一人で背負って、一人で壊れた。それを止める方法があるなら——私が半分を持ちます。持たせてください」
わたくしの目から、涙が落ちた。
拭った。拭えなかった。次から次へと落ちてくる。頬を伝い、顎から落ち、手の甲を濡らした。涙の温かさが、星紋の冷たい右手の上に落ちて、小さな温もりの跡を残した。星詠みは泣いてはいけない。けれど今、わたくしは星詠みではなく、ただの十七歳の少女として泣いていた。
一人で背負わなくてもいいのだという言葉を、生まれて初めて信じた。祖母は一人で壊れた。母も一人で死んだ。わたくしもそうなるのだと、どこかで覚悟していた。けれど——この人は「半分を持つ」と言った。半分。一人分ではなく、二人分の人生を、二人で分かち合う。
リオンが、静かにハンカチを差し出した。白い、飾り気のないハンカチだった。軍服の内ポケットから出したもので、角が少し折れていた。石鹸の匂いがかすかにした。この人の匂いだ。
「……ありがとう」
そう言うのが精一杯だった。声が震えて、ほとんど聞き取れなかっただろう。けれどリオンは頷いた。聞こえていた。
わたくしは、リオンの火傷の跡を見つめた。姉から受け継いだ痕。星詠みの血が、彼を通じて再び巡ろうとしている。運命がわたくしたちを繋いだのか、それともわたくしたちが自分で選んだのか。
どちらでもいい。この人がいてくれるなら——わたくしは、一人で壊れずに済む。
リオンが去った後、わたくしは窓辺に立ち、左手にハンカチを、右手に銀盤を持った。ハンカチには涙の跡が残り、まだ湿っていた。リオンの匂いがかすかにした。石鹸と、太陽と、鉄。その匂いを吸い込みながら、わたくしは銀盤を見つめた。
銀盤には午後の最後の光が映っていた。銀盤の表面に、リオンの碧眼が映った気がした。錯覚かもしれない。けれど、銀面の奥で何かが脈打っていた。鏡としてではなく、もっと別のものとして。脈動のリズムが変わっている。以前は鋭く、間隔が不規則だったのに、今はゆるやかで安定している。リオンの手に触れた後からだ。
窓の外で夕暮れの鐘が鳴った。低い音が空気を揺らし、書斎の中にまで響いてきた。鐘の余韻が長く尾を引き、空気の中で溶けていく。その余韻の中で、わたくしは今日一日のことを反芻した。
リオンの姉、レーナ。銀盤を抱いて倒れていた少女。黒い手袋で星紋を隠していた少女。母と同じように、一人で予言を書き換え、一人で壊れた。この世界のどこかで、同じ悲劇が何度も繰り返されてきた。始祖が「二人の手」と言ったのに、誰も二人で紡ぐことをしなかった。できなかったのか、知らなかったのか。
けれど、今のわたくしには、糸の片方を持つ人がいる。リオンの左手に微かに宿る星詠みの適性。それは偶然なのか、それとも——星の川が導いた必然なのか。
どちらでもいい。わたくしは、考えることをやめた。理由を問うより先に、信じるべきものがある。
ハンカチを畳み、机の引き出しにしまった。丁寧に。大切なものを扱うように。
「姉と同じ道を歩かせない」——リオンの静かな誓いが、夕暮れの風に乗って、銀盤の上を渡っていった。その誓いは、わたくしへの約束であると同時に、彼自身への約束でもあるのだろう。姉を救えなかった少年が、騎士になり、今ここにいる。
(わたくしは、あなたに救われるだけの存在にはなりたくない)
そう思った。救われるだけではなく、共に紡ぐ。始祖の言葉通りに。二人の手で。
夕日が沈み、書斎が薄闇に包まれた。蝋燭に火を灯すと、銀盤が炎の色を映した。金色とも橙色ともつかない、温かい色だった。