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影の郵便局と秘密の手紙

第8話 第8話「水曜日の約束」

第8話

第8話「水曜日の約束」

# 第8話「水曜日の約束」

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 文通に加えて、水曜日の午後に会う習慣ができた。  場所はいつも違った。騎士団の庭園の隅。王都の外れの古書店。影の郵便局の近くの路地裏。石橋の下の河畔。人目を避けるのは、ユリアン様の立場のためだ。副団長が身分の低い令嬢と頻繁に会っていると知れれば、噂の種になる。ユリアン様は「気にしません」と言うけれど、私はそうはいかなかった。この人の居場所を、私のせいで危うくしたくなかった。  ユリアン様の手紙が届いた。 『水曜日に、一つお見せしたいものがあります。王都北東の古書店で、あなたに似合う本を見つけました。私の独断ですが、きっと気に入っていただけると信じています』  あなたに似合う本。その一文が、水曜日までの三日間を長くした。手紙を何度も読み返して、「似合う」の意味を考えた。顔に似合うのか、性格に似合うのか、あるいは——私の言葉に似合うのか。考えるだけで頬が熱くなって、枕に顔を押し付けた。十八歳の振る舞いとは思えない。でも、こういう感情は年齢に関係なく人を子供に戻すものらしかった。

 水曜日の午後。叔母がリゼットを連れて仕立て屋に出かけた隙を見て、私は屋敷を抜け出した。  毎週のことだから、手順は慣れてきた。叔母の外出を確認する。台所の仕事を早めに片付ける。着替えはしない——どうせお下がりしかないし、着飾ると叔母に怪しまれる。外套だけ羽織って、勝手口から出る。  セレナは自室にいるはずだ。門をくぐるとき、二階の窓から視線を感じた気がした。セレナの部屋の窓。カーテンがわずかに揺れていた。振り返らなかった。知られているのかもしれない。でも、セレナは何も言わない。それが許容なのか無関心なのかは、まだわからなかった。  古書店は王都の北東にある。大通りから一本入った細い路地の突き当たり。壁一面に古い本が積まれた小さな店だ。天井まで届く書架が三列、間に人がすれ違えないほどの狭い通路が走っている。本の匂い——乾いた紙と革と糊の混ざった匂い——が、入った瞬間に全身を包んだ。埃っぽいのに不快ではない。時間が止まった空気。  店主は帳場で居眠りをしている白髪の老婆だ。客が来ても来なくても、いつもこうしているらしい。耳が遠くて、ユリアン様が昔から詩集を探しに通っていたことすら気づいていない可能性がある。  ユリアン様は、すでに奥の棚の前に立っていた。白いシャツに深い紺の上着。制服ではない。手に革装丁の小さな本を持っている。 「お待たせしました」 「いいえ。今日は十分前に来ただけです。前回の三十分よりは進歩しました」 「それでも十分前です」 「副団長は時間に正確でなければなりませんので」  真面目な顔で冗談を言う。この人のユーモアは、表情が変わらないぶん一瞬遅れて届いて、余計に可笑しい。 「これです。お見せしたかったのは」  ユリアン様が、手にしていた本を差し出した。薄い革の表紙。金箔の文字が少し剥げている。題名は——『往復書簡集——ある貴族夫妻の二十年間』。 「二十年間の書簡」 「ええ。百年前の記録です。ある伯爵夫妻が、同じ屋敷に住みながら、二十年間毎晩手紙を書き合っていた。朝食の席で顔を合わせるのに、夜になると手紙を書く。奇妙に見えるかもしれませんが」 「会えるのに、手紙を書く」 「そうです」  その言葉が、私たちの関係と重なった。水曜日に直接会えるのに、それでも手紙を書き合っている。会って話した後に、「さっき言えなかったこと」を便箋に書く。二つの回路で繋がっている。それは奇妙なことではなく、私たちにとっては自然なことだった。  ユリアン様が本を開いた。黄ばんだ紙に、古い筆跡。夫から妻への一節を、低い声で読み上げた。 「『あなたの隣にいるのに筆を取るのは——声にすると壊れてしまいそうな言葉を紙に託したいからです。声は一瞬で消えます。けれど文字は残ります。あなたが眠った後も、この言葉はあなたの枕元で、夜明けまであなたを見守ります』」  古書店の薄暗い棚の間で、ユリアン様の声が響いた。店主の寝息と、遠い通りの馬車の音だけが重なる静けさの中で、百年前の愛情が息を吹き返していた。声に出して読まれることで、文字が再び声を持った。奇妙な循環。 「……素敵ですね」 「ええ。声は消えます。けれど文字は残る。百年後に、こうして誰かがまた読む。私たちの手紙も——」  ユリアン様は言葉を途中で区切った。首の後ろに手を当てて、少し目を逸らす。言いすぎた、という顔だった。 「私たちの手紙も、そうありたいです」  私が代わりに続けた。ユリアン様が驚いたように目を戻す。 「……ええ。そうありたいです」  古書店の棚の間に、二人分の呼吸だけが満ちた。何も言わない時間が流れる。けれどそれは空白ではなく、言葉の代わりに温度が交わされる時間だった。

 古書店を出た後、路地を少しだけ歩いた。晩春の柔らかい光が路地の壁を暖めている。石壁に触れると、ほのかに温かい。日なたの石の匂いがした。 「ユリアン様。今日、一つお聞きしたいことがあります」 「何でしょう」 「対面で会っているとき、私はうまく話せません。手紙なら言葉が出てくるのに、声に出そうとすると、喉の奥で止まってしまう。紙の上の私と、声の私が、別々の人間のようで。それが、少し悔しいのです」  ユリアン様は歩みを緩めた。私のほうを見て、少し考えるように目を細めた。 「私もです。手紙では、あれほど饒舌なのに、あなたの前に立つと、言葉が半分になる」 「半分ですか」 「いえ、三分の一くらいかもしれません。特に今日は」 「今日は?」 「あなたが古書店の棚の前で本を見つめている横顔を見ていたら、言葉が全部飛んでしまいました」  それは告白に近い言葉だった。けれどユリアン様は、さらりと言って、路地の先を見つめている。この人は時々、不意に本音を零す。零した後で気づいて、耳の先を赤くする。 「エメラ嬢。一つ提案があります」 「はい」 「言葉にできないことは、今夜の手紙に書いてください。私は、対面のあなたの言葉も、手紙のあなたの言葉も、どちらも同じ重さで読みます。どちらも、あなたです。だから、会っているときに無理をして全てを声にしなくても大丈夫です」  その提案が、肩の荷を一つ降ろしてくれた。対面で全てを伝えなくてもいい。足りない分は手紙が補ってくれる。二つの回路があっていいのだ。声と文字。どちらも私で、どちらもユリアン様に届く。 「ありがとうございます。では今夜の手紙に書きます。今日、本当に伝えたかったこと」 「楽しみにしています」  通りの角で別れた。ユリアン様が背を向けて歩いていくのを見送りながら、私はぼんやりと思った。この人と、二十年間手紙を書き合う未来を。それは途方もない空想だった。けれど、不思議と荒唐無稽には感じなかった。

 屋根裏の部屋に戻り、すぐに便箋を広げた。ペンを取る手が、今日はためらわなかった。 『ユリアン様。今日、対面では言えなかったことを書きます。  あなたに会えて嬉しいです。水曜日が来るのが楽しみです。手紙を書いている時間も幸せですが、あなたの声を直接聞いている時間は、それとは違う種類の幸せです。紙の上では味わえない、空気の振動のようなもの。  古書店で読んでくださった一節——「声にすると壊れてしまいそうな言葉を紙に託したい」。私も同じです。あなたの前で言えない言葉を、ここに書きます。  あなたに会えて、嬉しいです。同じことを二度書きました。でも一度では足りない気がしたから。  名乗る受取人より』  短い手紙だった。でも、その一行一行に、声では出せなかった温度が込められていた。  封をして、枕元に置いた。明日の朝、郵便局へ持っていく。  蝋燭を吹き消す前に、窓辺の鉢植えを見た。ユリアン様の種を植えた鉢の土から、小さな緑色の芽が二つ、頭をもたげていた。  芽が出た。  私はしばらく、その双葉を見つめていた。土の中で、ずっと準備していたのだ。見えないところで根を伸ばし、ようやく光の方へ顔を出した。植えてから二週間。ずっと待っていた。  種をくれた人と過ごした時間の記憶が、この双葉と重なった。手に触れた温度。古書店の棚の間の静けさ。百年前の手紙を読む声。  それが、嬉しくて。言葉にならないくらい、嬉しくて。理由のわからない涙が一粒だけ、頬を伝った。明日の手紙に、このことも書こう。芽が出た、と。たったそれだけのことが、こんなに嬉しい、と。

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