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影の郵便局と秘密の手紙

第24話 第24話「叔父との対峙」

第24話

第24話「叔父との対峙」

# 第24話「叔父との対峙」

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 監査院への提出を三日後に控えた朝、叔父が私を書斎に呼んだ。  アンナを通じてではなく、叔父自身が台所まで降りてきた。それだけで異常事態だとわかった。叔父が台所に来ることはない。この家の二階と一階は、身分の違う世界のように隔てられている。叔父は二階の住人であり、私は一階の住人だった。 「エメラ。書斎に来なさい。話がある」  叔父の声は低く、疲れていた。嵐の夜から叔父の顔色は悪いままだったが、今日はさらに悪化していた。頬がこけ、目の下が青黒い。ネクタイが曲がっていることにも気づいていないようだった。叔父は几帳面な人だ。ネクタイの曲がりを許すような人ではない。  書斎の扉を閉めた。叔父は机の向こうの椅子に座り、私は手前の椅子に座った。六話のときと同じ配置。あのときは遺産の「清算」を一方的に告げられた。今日は——何だろう。  書斎の空気が重かった。皮装丁の本棚から古い紙の匂いがする。机の上に書類が散乱していた。叔父の机はいつも整理されている。それが乱れている。叔父の内面が、机の上に表れていた。  叔父は机の引き出しからパイプを取り出したが、火をつけずに手の中で回していた。何かを切り出す前の癖だ。パイプの木の表面が使い込まれて艶を帯びている。父も同じ癖があったのだろうか。兄弟だから、似た仕草をするのかもしれない。 「エメラ。お前が文書を見つけたことは、知っている」  血の気が引いた。椅子の肘掛けを握りしめた。木の角が掌に食い込んだ。 「嵐の夜の男から、昨日また連絡があった。お前が影の郵便局で金庫を開けたことを、やつらは知っている」 「やつら——」 「詳しくは言えない。言えば、お前も私も危険になる。ただ一つだけ言える。やつらはあの文書を必死に探している。見つけたら奪い取る。お前が持っていようが、騎士団の副団長が持っていようが関係ない」  叔父は私の目を見た。初めてかもしれない。この家に来てから二年間、叔父が私の目をまっすぐに見たことはなかった。いつも視線をそらし、事務的な言葉で済ませ、罪悪感から逃げるように背中を向けた。今日は逃げていない。 「叔父様。一つ聞いてもいいですか」 「何だ」 「遺産のこと。あの計算書に、邸宅修繕費として金貨四百枚が計上されていました。でもリルティング家の邸宅は修繕されていません。あの費用は、どこに消えたのですか」  叔父の顔が強張った。唇を引き結び、目を閉じた。長い沈黙。書斎の時計が秒を刻む音だけが響いた。 「……流用した。認める」  声が絞り出されるように、低く、かすれていた。 「兄の——お前の父の借金は、私が言った額よりも大きかった。リルティング家の名前を守るために、表に出せない借金を私が肩代わりした。正規の帳簿に載せられないものを、修繕費の名目で処理した。お前の養育費も、そこから出した」  叔父のパイプを回す手が止まった。指先が白い。力が入りすぎている。 「全部が悪意ではない。全部が計算ではない。兄は——お前の父は、人は良かったが金銭感覚がなかった。友人に頼まれると断れない男だった。保証人になり、出資を引き受け、結果として借金が膨らんだ。リーネはそれを知っていた。だからリーネは、宮廷での仕事を辞められなかったのだと思う」 「でも、私に嘘をつきました」 「ああ。嘘をついた」  叔父が目を開けた。そこに初めて、人間の表情を見た。叔父は冷淡な管理者だと思っていた。叔母に言いなりになる弱い男だと思っていた。でもこの目には——罪悪感と、疲労と、恥ずかしさが混ざっていた。兄の借金を背負い、兄の娘を引き取り、妻の横暴を止められず、嘘の帳簿で辻褄を合わせてきた男の目。 「叔父様。父の借金を肩代わりしてくれたことは、感謝しています。養育費を出してくれたことも。でも——」 「わかっている。感謝と嘘は別の話だ」 「はい。私に嘘をつき続けた事実は、変わりません。修繕費の件だけではありません。叔母が悪役令嬢の噂を広めていたことも、叔父様は知っていたのでしょう」  叔父が俯いた。答えなかった。答えないことが答えだった。  書斎の窓から午前の光が差し込んでいた。光の中を埃が漂っている。この部屋で、どれだけの嘘が積み重なってきたのだろう。計算書の嘘。噂の嘘。家族の嘘。埃のように、少しずつ堆積して、やがて部屋全体を覆う。 「エメラ。文書を渡すな」  叔父の声が変わった。疲労の底から、切迫した音が浮かび上がった。 「あの文書を誰かに渡せば、お前は王家の敵になる。騎士団の副団長も巻き込まれる。やつらは——王家の内部にいる。宮廷にいる。文書を握りつぶすくらいのことはする。いや、文書だけではない。文書を持ち出した人間を——」 「知っています」  私の声は静かだった。自分でも驚くほど。 「知った上で、渡します。監査院に」 「なぜだ。お前に何の得がある。リルティング家の遺産など、あの文書に比べればはした金だ。文書を黙って返せば、やつらも引く。お前も安全になる」 「安全になって、それから何をするのですか」  叔父が言葉に詰まった。 「また嘘の中で暮らすのですか。母が命を懸けて守った真実を、金庫に戻して、鍵をかけて、また何年も眠らせるのですか。それは——母が望んだことではないはずです」 「リーネは——」  叔父が母の名を呼んだ。義姉の名前を、この二年間で初めて。 「リーネは聡明な女だった。だが聡明すぎた。正しいことを知ってしまったら、黙っていられない人間だった。その性分が——」 「その性分が、母を殺したと言いたいのですか」 「流行病で死んだ。それは事実だ。だが——」  叔父が口を閉じた。何かを言いかけてやめた。流行病と文書の間に、何か叔父しか知らないことがあるのか。それとも、単に言葉が見つからなかったのか。  沈黙が重くのしかかった。時計の音。窓の外から、庭の鳥の声。日常の音が、この部屋の緊張と無関係に流れていく。 「叔父様。母のことで何か知っていることがあるなら、教えてください」 「知らない。知りたくなかった。だからリーネが何をしていたのか、深く聞かなかった。兄もそうだ。リーネが宮廷で何をしていたのか、知らないふりをしていた。知ったら、巻き込まれるから」  知らないふりをする。巻き込まれないために。それは叔父の処世術だった。二年間、叔母の横暴を黙認してきたのも同じだ。知らないふりをして、目を閉じて、やり過ごす。 「叔父様。それでも、私に嘘をつき続けた事実は変わりません。でも——全部が悪意ではなかったことは、わかりました。父の借金のこと。肩代わりのこと。全部ではないにせよ、理由があったことは」  椅子から立ち上がった。叔父を見下ろした。座っている叔父は、立っている私より低い。この二年間で初めて、叔父が小さく見えた。 「文書は監査院に渡します。叔父様に止める権利はありません。この文書の持ち主は私です。母が私に託したものです」  書斎の扉を開けた。廊下に出る前に、振り返った。 「叔父様。嵐の夜の男がまた来たら——何も知らないと言ってください。いつもそうしてきたように。知らないふりは、叔父様の得意なことでしょう」  残酷な言葉だとわかっていた。けれど言わなければならなかった。叔父の「知らないふり」が、今度ばかりは叔父自身を守る盾になる。  叔父は何も返さなかった。パイプを机の上に置いた。その音が、小さな諦めのように響いた。  廊下に出た。二階の窓から、庭の薔薇が見えた。叔母の薔薇。赤く咲き誇っている。あの薔薇の根元を、叔父が毎朝水をやっていることを知っている。叔父は叔母の薔薇に水をやる。噂を黙認し、嘘の帳簿を作り、それでも薔薇に水をやる。人間は矛盾する生き物だ。善と悪を同時に抱えて生きている。  屋根裏に戻った。窓辺のタイムの花が、二輪に増えていた。小さな紫の花が、朝の光の中で揺れている。花に鼻を寄せた。甘く清涼な香りが鼻腔を抜けた。ユリアン様の庭のタイムと同じ香り。  ユリアン様への手紙を書いた。今日あったことを。叔父の告白を。父の借金の真相を。全部書いた。手紙の中でなら、混乱した感情も整理できる。ペンを動かしているうちに、自分が何を感じているのかがわかってくる。  叔父を恨んでいない。けれど許してもいない。恨みと許しの間に、もう一つの感情がある。名前のない感情。叔父もまた、自分なりに戦っていた。嘘という武器で。不器用で、間違った方法で。でも戦っていた。  手紙の最後にこう書いた。

『ユリアン様。叔父は善人でも悪人でもありませんでした。ただの人間でした。嘘をつき、逃げ、それでも誰かを守ろうとした人間でした。母もそうだったのかもしれません。私も。完璧な正義は、この世にない。あなたが手紙に書いてくれた通りです。  三日後、監査院で会いましょう。——あなたの手紙を待つ人より』

 封筒にしまい、マリーヌへの受け渡しの準備をした。三日後。全てが決まる。

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