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偽聖女と沈黙の花畑

第1話 第1話

第1話

第1話

光が降りてきた瞬間、私は目を閉じていた。

聖女召喚の儀式。大神殿の祭壇に刻まれた魔法陣が淡い金色に染まり、集められた十二人の候補者たちが円を描いて立っていた。私もその一人だった。田舎の小さな神殿で祈りを捧げるだけの日々を送っていた私が、なぜ候補に選ばれたのか——その理由を、誰も教えてはくれなかった。

祈りなさい、と神官長が言った。心を空にして、ただ祈りなさい、と。

だから私は目を閉じた。瞼の裏に広がる暗闇の中で、いつもと同じように祈った。遠い故郷の神殿で毎朝そうしていたように、誰かの痛みが和らぎますように、と。特別な言葉ではなかった。特別な力でもなかった。ただ、それしか知らなかった。

光が落ちたのは、私の隣だった。

目を開けると、すぐ右に立っていた公爵令嬢——セレスティア・ヴァルモンドの全身が、白金の光に包まれていた。長い銀髪が風もないのに舞い上がり、閉じた睫毛の先から光の粒子がこぼれ落ちる。息を呑むほど美しい光景だった。大神殿の天蓋から一筋の光が彼女だけを選び、まるで天そのものが手を差し伸べたかのように、その細い肩を抱いていた。

歓声が上がった。神官たちが跪き、貴族たちが口々に祝福を叫ぶ。

私はまだ手を組んだまま、立ち尽くしていた。指先は冷たく、祈りの形を忘れたように強張っている。光は降りてこなかった。何の兆候も、何の温もりも。私の周囲だけが、まるで最初から誰もいなかったかのように、暗いままだった。

「聖女の光はセレスティア・ヴァルモンド嬢に宿った」

神官長の声が、高い天井に反響する。

「他の候補者は——」

一瞬の間。その沈黙が、判決だった。

「——退出を」

十一人が静かに列を離れていく。私も足を動かそうとした。けれど誰かが、群衆の中から笑い混じりに言ったのだ。

「あの子、儀式の間ずっと目を閉じていたわ。祈っているふりでもしていたのかしら」

「光に選ばれなかったのではなく、最初から資格がなかったのよ」

「——偽聖女」

その言葉が、石畳の上を転がるように広がった。振り返る者はいない。ただ声だけが、私の背中に貼りついた。

偽聖女。

名前を呼ばれることは、もうなかった。

 

離れの部屋に案内されたのは、その日の夕暮れだった。案内、というには語弊がある。神官の下官が廊下の先を顎で示し、「あちらです」とだけ言って踵を返した。ついてきた侍女が二人いたはずだが、下官と連れ立って消えてしまい、足音はすぐに石壁に吸い込まれた。

部屋は、宮廷の離れの離れ——中庭を二つ越えた先の、使われなくなった小塔の一室だった。扉を開けると、埃の匂いがした。寝台の帳は黄ばみ、暖炉には火の気配すらない。窓は一つだけ。細い縦長の窓が、夕焼けの最後のひと刷毛を壁に落としていた。

私は荷物を——といっても、田舎から持ってきた小さな革鞄一つだけだが——寝台の脇に置いた。毛布は薄く、枕からはかすかに黴の匂いがする。けれど文句を言う相手はいない。侍女はつかず、呼び鈴の紐は壁から千切れかけていた。

夕食が届いたのは、日がすっかり落ちてからだった。木の盆に乗せられた硬いパンと、冷めた豆の煮物。煮物の表面には膜が張り、パンの端が乾いて反り返っている。正餐の残り物だと、見ればわかった。

私は椅子に座り、手を組んだ。

「いただきます」

誰に言うでもなく呟いて、パンをちぎった。硬い。奥歯で噛み砕くと、粉っぽさが口の中に広がる。豆の煮物は塩気が強すぎて、舌の奥がひりひりした。故郷の神殿での食事は質素だったけれど、修道女長が必ず温かいものを出してくれた。湯気の立つ麦粥に、小さな干し果物を一粒添えて。あれは贅沢だったのだと、今になってわかる。

食べ終えて、私は窓辺に立った。

そのとき、気がついた。

窓の石枠の隅に、小さな鉢があった。素焼きの、欠けた鉢。そこに、白い花が一輪咲いていた。

名前は知らない。五枚の花弁が星のように開き、茎は細く、葉は三枚だけ。こんな埃まみれの部屋の、日も満足に射さない窓辺で、なぜ咲いているのか見当もつかない。前にこの部屋を使っていた誰かが置いていったのだろうか。水もやられていないはずなのに、花弁は透き通るように白く、かすかに——ほんのかすかに——光っているように見えた。

私は水差しを探した。部屋の隅に、古い陶器の水差しが一つ。底にわずかに水が残っていた。それを花の根元にそっと注ぐ。乾いた土が水を吸い、小さな音を立てた。

「……よかった」

花が少しだけ揺れた気がした。風はない。気のせいだと思う。けれど私は、この部屋に来て初めて、自分の声がまだ出ることを確かめた。

儀式の祭壇で、光は私を選ばなかった。候補者としての価値はなく、名前すら「偽聖女」に塗り替えられた。明日から何が待っているのかわからない。帰りなさいと言われるのか、このまま忘れられるのか。

それでも。

花が咲いている。こんな場所で、誰の世話もなく、それでもたしかに咲いている。

私は花弁にそっと指先を近づけた。触れはしない。ただ、その小さな白さを壊さないように。この部屋でたった一つ、生きているものを。

窓の外では、宮廷の灯りが遠くに並んでいた。歓声がかすかに聞こえる。聖女誕生の祝宴が始まったのだろう。笑い声。杯を打ち合わせる音。音楽。それらすべてが、厚い石壁を隔てた向こう側の出来事だった。

私はこちら側にいる。

花と、二人で。

 

夜が深まった。

祝宴の音はとうに消え、宮廷は寝静まっている。私は寝台に横になったものの眠れず、薄い毛布を顎まで引き上げて天井を見つめていた。天井の漆喰にひびが入っていて、それが稲妻のような形をしている。目で辿ると、ひびは窓のほうまで伸びて、月明かりの中に消えていた。

そのとき、足音が聞こえた。

石畳の廊下を、硬い靴底が叩く音。一定の間隔で、近づいてくる。私は息を詰めた。毛布の下で体を強張らせ、目を閉じる。足音は扉の前で止まった。

沈黙。

何秒だったのかわからない。ただ扉の向こうに誰かが立っている気配だけが、闇の中に重く横たわっていた。

かすかな衣擦れの音。何かが床に置かれる、柔らかな音。

そして足音は再び始まり、遠ざかっていった。振り返る気配はなかった。来たときと同じ一定の歩調で、硬い靴底が石畳を叩き、やがて完全に消えた。

しばらく経ってから、私は寝台を下り、そっと扉を開けた。

足元に、毛布が一枚、畳んで置かれていた。

厚手の、しっかりとした織りの毛布。軍用のものだろうか、角が几帳面に折り込まれている。まだわずかに温もりがあった——持ち主の体温か、それとも暖炉のある部屋から持ってきたのか。

廊下を見やると、もう誰もいない。月明かりが石壁を青白く照らしているだけだった。

けれど、廊下の角を曲がる直前——ほんの一瞬だけ、人影が見えた気がした。長身の、背筋の伸びた影。宮廷の騎士が身につける外套の裾が、角の向こうに消えていく。

その人は振り返らなかった。

私は毛布を胸に抱いて、扉の枠にもたれた。冷たい石の感触が肩を刺す。毛布の厚みが、急に重く感じた。

——誰だろう。

名前も、顔も知らない。声すら聞いていない。ただ毛布を置いて、振り返りもせずに去った人。

優しさとは違うと思った。優しさなら、声をかけるはずだ。大丈夫ですかと。困っていませんかと。でもあの人は何も言わなかった。ただ毛布を置いた。それだけだった。

それだけのことが、なぜだか——この宮廷に来て初めて、胸の奥が熱くなった。

私は毛布を寝台に広げた。もとからあった薄い毛布の上に重ねると、寝台が少しだけ柔らかくなる。横になると、織り目の粗い布地が頬に触れた。

窓辺では、白い花が月明かりの中で静かに咲いている。

明日も水をやろう、と思った。

この花と、名前も知らない毛布の持ち主と。この部屋にはまだ、冷たくないものが二つある。それだけを数えて、私はようやく目を閉じた。

 

廊下の角を曲がったその人が、壁に片手をついて立ち止まっていたことを、私はまだ知らない。

月光に照らされた横顔に浮かんでいたのは、冷徹と噂される騎士団副長のものとは思えない——深い、深い疲弊の影だったことも。

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