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末席侍女の毒殺裁定

第2話 第2話

第2話

第2話

水が落ちる音の間隔は、六つ数える間に一度だった。

石壁に背を預けたまま、私は何度目かの息を吐いた。吐いた息が白く濁るほどの寒さではない。だが衣の下の肌は粟立ち、指先の感覚は薄い膜を一枚隔てたようにぼやけている。膝の裏が床の湿気を吸って冷たい。牢に下ろされてからどれほど経ったのか、窓のないこの地下では見当もつかなかった。

それでも、頭の中だけは妙に澄んでいた。

恐怖は一度通り過ぎた。処刑三日後という宣告を聞いた瞬間、胸の奥で何かが凍りついた。その氷が、今は逆に思考の熱を保つ足場になっている。泣くな、と自分に言い聞かせるまでもない。泣くだけの時間が、三日では足りない。

私は目を閉じ、もう一度あの朝の居室に立ち戻った。

茶房で茶を淹れ、盆を捧げて廊下を渡り、麗華様の居室の敷居をまたいだ。あの部屋の匂いを順に引き出す。甘い桂花の香、椅子に掛けられた絹の微かな染料の匂い、そして漆塗りの卓から立つ古い木の気配。卓の上には銀の耳飾り箱が置かれ、蓋が半分開いていた。麗華様は鏡の前で髪を上げているところだった。私は盆を卓に置き、一礼し、退室した。

そこまでは、何度なぞっても変わらない。

問題はその後──麗華様が茶を含み、倒れるまでのわずかな間に、私が見逃したものは何か。

指先で石床の継ぎ目をなぞる。こうして身体の一部を動かしていないと、思考が散る癖があった。母の教えだ。薬研を回す手を止めるな、匙を握る指を遊ばせるな。人は手を止めると、誤りを始める。

牢の入り口で衛兵が寝返りを打った。鼾の音程がわずかに上がり、また落ちた。

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記憶を、症状の順番で並べ直す。

私が居室を辞し、廊下を五十歩。その間、麗華様の声は聞こえていた。侍女と短い遣り取りをされている。「鏡をこちらへ」「櫛が曲がっている」──声の調子に崩れはなかった。呂律も乱れていない。つまり、その時点で、舌はまだ正しく動いていた。

白磁が割れる音。振り返り、駆け戻るまで、およそ十を数えるほどの時間。

そのわずかな間に、居室の内側で何が起きたのか。

倒れていた麗華様の姿を、私は細部まで覚えている。唇が暗い紫色に染まっていた。頬には細かな痙攣。四肢は震えていた。呼吸は浅く、胸が細かく上下している。侍女の一人が「毒」と叫んだ──その声で、私自身の足が止まった。

倒れた麗華様のそばに膝をついたとき、指先で触れた頬はまだ温かく、けれど皮膚の下の筋は既に生き物のように跳ねていた。睫毛の陰に覗く眼球は焦点を失い、瞳孔は黒く大きく開いていた。絹の裾が床に広がり、解けかけた髪が湿った額に幾筋も貼りついていた。香炉の煙が薄く尾を引いて、天井の梁の方へ昇っていた。私は盆の位置まで目で追ったが、茶器は倒れ、残茶が卓布に染みを広げていた。その染みの形を、瞼の裏に焼き付けた。今この牢の中で、私はその染みをもう一度ひらく。

──ここで、手が止まる。

妙だ。

薬師の家で育った娘として、一度ならず毒に斃れた患者を見たことがある。烏頭を誤って口にした農夫。附子を量り違えた調薬師。いずれの場合も、症状の始まりは舌だった。舌の痺れ、次いで口唇の感覚鈍化、続けて嚥下の困難。唇の色が変わるのは、その後にようやく現れる。全身の痙攣に至るのは、さらにその後だ。

経口摂取された毒は、胃の腑を経て血に溶け、全身を巡って神経へ届く。時間がかかる。だからこそ、まず口元の神経から順に症状が立ち上がる。舌から唇、頬、喉、四肢──順番がある。母はこの順番を、指を折って私に諳んじさせた。毒は必ず順番を守る、と。順番が崩れたときは、入口を疑えと。

だが麗華様は違った。

呂律は最後まで保たれていた。舌の痺れがあれば、侍女との遣り取りの中で必ず異変が聞き取られている。にもかかわらず、倒れた時には唇はすでに紫色に染まっていた。痙攣も、同時か、その直後だった。

順序が、逆立ちしている。

「……経口摂取では、ない」

声に出してから、自分の声の低さに気づいた。地下の空気に吸われて、すぐに消えた。その響きの消え方が、却って言葉の輪郭を確かなものにした。一度口にしてしまえば、もう取り消せない。取り消す必要もなかった。私は唇をかすかに動かして、もう一度同じ言葉を転がしてみる。経口では、ない──舌の上に置いた小石のように、その音は落ち着きよく胸の底に沈んでいった。

侍医は烏頭と断じた。出ている像だけを見て、入口を考えなかったのだ。毒の名と毒の経路は、別の問いだ。毒が烏頭の類であっても──それが茶に仕込まれたとは、あの症状の順番が、認めていない。

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だとすれば、毒は別の経路から入った。胃を経ずに、血に溶ける経路。

私は母の薬草図鑑の頁を、頭の中で繰った。紙の擦り切れた感触まで、指は覚えている。皮膚から吸収される毒。呼吸から入る毒。粘膜から染み込む毒。烏頭の根を擂り潰した汁を、傷口に塗りつけて獣を仕留める猟師の話を、母から聞いたことがあった。経皮吸収──皮膚を通して血に溶ける類の毒は、経口より速く、末端の血色を先に変える。唇の変色が先に来る症状の組み立てが、ようやく説明のつく形に並ぶ。

姿勢を起こし、鉄格子の方を見た。衛兵は舟を漕いだままだ。

毒は、茶ではなかった。

茶に毒は入っていなかった。私が淹れたのだから、これは動かせない。湯の温度も、茶葉の量も、匙を返す回数まで、この手が覚えている。そして症状の出方から見て、毒は別の経路──おそらく皮膚か粘膜から入った。

だとすれば、あの居室で、麗華様の肌に触れたものは何か。

卓の上の耳飾り箱。鏡台の前に置かれた櫛。椅子に掛けられた絹。そして──鏡台の隅に並んでいた、小さな磁器瓶。藍染の釉薬。私は瓶の形まで思い出せる。蓋が外されていたか、閉じられていたか。そこまでは、離れた位置からでは見えなかった。瓶は三寸ほどの高さで、肩の張った形。口縁に細い金線が引かれ、胴には雲紋が薄墨のように走っていた。あれは香油か、あるいは肌に引く白粉の類を入れる瓶だ。麗華様が自ら手にして、指先に少量を取り、頬や首筋に塗られるもの。──そこまで辿って、私は息を止めた。

頭の奥で、何かが軋んだ。

あの部屋に漂っていた香り。龍井の青い香の下に、別の匂いが混じっていた気がした。当時の私は、それを茶の残り香の一部として流した。だが、今なぞり直せば、あの匂いは茶のものではない。甘く、微かに油っぽく、薄い苦味を含んだ──植物性の油に、何かを溶かし込んだような匂いだった。記憶の奥で、その匂いはゆっくりと形を取り戻した。鼻腔の奥にかすかに残る、油に漬けた草の茎を潰したときの青臭さ。甘さの裏に隠れて、舌の付け根をひりつかせる苦味の尾。──母の薬研の前で、何度か嗅いだことのある気配だった。

掌に爪が食い込んだ。痛みで思考を繋ぎ止める。

入口が皮膚なら、毒を仕込んだ者は、麗華様の肌に触れる何かに細工をした者だ。茶房の人間ではない。居室の、麗華様の身の回りを整える者だ。

そして、末席侍女の私が淹れた茶に罪を被せることは、その者にとって都合が良すぎる。茶房の所作は一人で行う。目撃者が「淹れるところを見た」と証言すれば、毒の入口は茶に固定される。私は最初から、器として選ばれた。

喉の奥が熱くなった。怒りと名付けるには遅すぎた。代わりに、指先の感覚が戻ってきた。

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だが、この推論が正しくても──それを、どうやって伝える。

私は牢の中だ。鉄格子の向こうに衛兵が一人。弁明の場は、もう終わっている。宦官長はあの三枚の証言書で筋を立て切った。皮膚経路の毒という仮説を、今さら誰が聞く。

さらに難しいのは、裏を取る手段がない、ということだ。麗華様の居室に入り、磁器瓶の蓋が開いていたかを確かめる者が要る。あの部屋はすでに封じられているだろう。衛兵が立ち、出入りは禁じられている。

私自身は、一歩も動けない。

目を閉じる。真実だけでは、この鉄格子は曲がらない。真実を運ぶ手が、外に要る。誰かが居室に入り、磁器瓶の中身を調べ、二人目が出るより前に、毒の経路を断たなければならない。

衛兵の鼾が、一度途切れた。また、戻った。

私は石壁に額を押し当てた。湿気を含んだ冷たさが、額の熱を少しだけ奪った。

三日。まだ、三日ある。

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