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指名手配刑事 — 逆走する正義

第3話 第3話

第3話

第3話

錆びた金属が軋む音を立てて、ロッカーの扉が開いた。埃っぽい空気が鼻を突く。防錆剤と、長く閉じ込められた紙の匂い。誰もここを開けていない。少なくとも数週間は。

中は暗い。スマートフォンのライトを向ける。白い光の円が棚板を舐めるように動く。棚板が二段。上段に茶封筒が三つ、下段にA4サイズのクリアファイルが五冊。几帳面に背表紙を揃えて並べてある。桐生の癖だ。デスクは散らかし放題のくせに、証拠品の管理だけは異常に丁寧だった。その整然とした並びを見た瞬間、桐生がここに立って一つずつファイルを差し込んでいく姿が浮かんだ。背中を丸め、周囲を気にしながら。もうその背中は、どこにもない。

城島は封筒の一つを手に取った。封は切ってある。中から数枚の写真がこぼれ落ちた。光沢紙が冷えた指の間で滑り、一枚がコンクリートの床に落ちて乾いた音を立てた。

望遠で撮影された写真。暗い場所——埠頭か。クレーンの輪郭が背景にある。写っているのは二人の男。一人はスーツ姿、もう一人はタクティカルジャケットを着ている。スーツの男が書類の入ったファイルを差し出し、ジャケットの男が受け取る瞬間を捉えていた。撮影者と被写体の距離はおそらく百メートル以上。それでも二人の表情が判別できる程度には解像度がある。桐生は高倍率のレンズを持っていた。張り込み用に私物で買った、あの馬鹿でかいやつだ。

スーツの男の顔に、城島の指が止まった。

見覚えがある。だが暗くて確信が持てない。顔の輪郭、体格、髪型——記憶の引き出しを片っ端から開けるが、名前が出てこない。テレビか新聞か、あるいは庁内の廊下ですれ違ったのか。既視感だけが喉の奥に引っかかって、飲み込めない。

写真を裏返す。桐生の字で日付が書いてあった。三週間前。桐生が「港南が気になる」と言い始めた時期と一致する。あの時、城島は深く聞かなかった。桐生の勘は鋭いが、裏を取るまで口が重い男だった。だから待った。待った結果がこれだ。

封筒を戻し、クリアファイルに手を伸ばした。

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一冊目を開いた瞬間、空気が変わった。

取引記録だった。

エクセルを印刷したもの。日付、金額、品目コード、発注元、受注先。紙面を埋め尽くす数字の羅列に、城島は一瞬目眩がした。発注元の欄には「警視庁刑事部 特別調達枠」の記載。受注先は「ヴァルハラ・セキュリティ株式会社」。

ヴァルハラ・セキュリティ。名前だけは知っている。民間軍事企業——いや、表向きはセキュリティコンサルティング会社だ。官公庁向けの防犯システム構築や要人警護を請け負っている。防衛省の外郭案件にも名前が出る。灰色の噂が絶えない企業だが、表立って摘発された事実はない。

品目コードを追う。城島の目が止まった。

「装備品」「特殊器材」「訓練用資材」——抽象的な名目が並ぶ中に、手書きで注釈が加えてあった。桐生の字だ。赤ペンで一つ一つ、品目コードの横に実体を書き込んでいる。インクの滲み方から、桐生が何度もペンを走らせ、途中で手を止め、また書いたことが読み取れた。

「HK416——自動小銃」 「グロック19——拳銃(民間流通禁止モデル)」 「M84——スタングレネード」

武器だ。警視庁の特別調達枠を使って、民間軍事企業から違法武器を輸入している。金額の桁が跳ね上がる。月あたり数千万。年間で億を超える。城島の指先が微かに震えた。寒さのせいだと自分に言い聞かせたが、嘘だった。

二冊目。輸入ルートの詳細。東南アジアの港を経由し、国内の民間港に陸揚げされた貨物が、通関記録では「産業機械部品」として処理されている。通関を担当した税関職員の名前も記されていた。買収か、脅迫か。いずれにせよ組織的な隠蔽工作だ。

三冊目。城島の手が止まった。

「証拠隠滅指示書」と桐生がラベルを貼ったファイル。中には内部メモのコピーが綴じられていた。差出人は伏せられているが、宛先はヴァルハラの幹部名。文面は簡潔だった。

「港南ルートの証跡を処理せよ。関係者の口止めを徹底。応じない者については、別途対応を協議する」

別途対応。その意味は明白だ。

城島は唇を噛んだ。唾液に鉄の味が混じった。桐生はこの文書を見て、全体像を理解したのだろう。そしてもう一歩踏み込んだ。差出人を特定しようとした。だからここに隠した。自分の身に何かあったとき、誰かが辿り着けるように。

「港南倉庫K-7」——あのメモは、桐生が城島に宛てた最後の指示だった。

四冊目、五冊目。取引の時系列が整理されている。最初の記録は三年前。最新は一ヶ月前。三年間にわたって、警視庁の金がヴァルハラに流れ、見返りに違法武器が納入されていた。

城島はクリアファイルを膝の上に重ね、最後の茶封筒を開けた。中には一枚の紙。手書きのメモ。桐生の字ではない。タイプ打ちされた文字列。

関係者リストだった。

階級と役職が縦に並んでいる。警視庁側の人間が十二名。氏名は伏せられ、イニシャルと部署名だけが記されている。最上段に書かれたイニシャルは「W」。部署は「刑事部」。

W。刑事部。

城島の脳裏に、一つの顔が浮かんだ。だがすぐに打ち消した。まだ確証がない。イニシャルだけで断定するのは早計だ。だが胸の奥で、氷の塊が沈んでいくような感覚があった。知りたくない答えに、一歩ずつ近づいている。あの人だけは違うと信じたい。その願望が判断を鈍らせることを、刑事としての城島は知っていた。

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どれほどの時間が経ったのか。

城島は資料をクリアファイルごとジャケットの内側に押し込んだ。五冊と封筒三つ。嵩張る。紙の束が肋骨を圧迫し、呼吸のたびにファイルの角が皮膚に食い込んだ。だが一枚も残すわけにはいかない。ここを知っているのは自分だけではない可能性がある。桐生が殺された以上、桐生の行動を把握していた人間がいる。

立ち上がる。膝が軋んだ。冷えた倉庫の床に長く座りすぎた。両足の感覚が鈍い。太腿の筋肉に力を入れ、壁に手をついて体を支えた。スマートフォンのライトを消し、暗闇に目を慣らす。闇が濃い。自分の手すら見えない。雨が屋根を叩く音だけが、絶え間なく降り注いでいる。

その時、聞こえた。

エンジン音。

最初は遠かった。雨音に紛れて、低いディーゼルの唸りが倉庫街の空気を揺らしている。一台ではない。複数。等間隔で近づいてくる。統制された車列の間隔。民間人の運転ではない。

城島の背筋に冷たいものが走った。

城島は反射的にシャッターの隙間に身を寄せた。外を窺う。

雨のカーテンの向こうに、ヘッドライトの白い光が三対。黒いSUVが縦列で倉庫街の通路を進んでくる。速度は遅い。捜索している。一台ずつ倉庫の前で減速し、番号を確認しているのが見えた。ライトの光が雨粒を白く浮かび上がらせ、アスファルトの水たまりに反射して揺れている。

パトカーではない。サイレンも赤色灯もない。

先頭のSUVが停まった。K-4の前。ドアが開き、男たちが降りてくる。黒いタクティカルギア。ボディアーマー。腰のホルスターに拳銃。耳にはイヤピース。動きに無駄がない。訓練された人間特有の、滑らかで静かな所作だった。

警察ではない。

あれはヴァルハラだ。

三台のSUVが次々に停車し、男たちが散開を始めた。統制された動き。手信号で指示を出すポイントマンを中心に、二人一組で倉庫の入口を一つずつ確認していく。雨の中を音もなく移動する黒い影が、六つ、七つ。

K-5。K-6。

次はここだ。

城島はジャケットの内側に手を当てた。資料の束がある。紙の角が肋骨に食い込む。この重みが、今の自分の命の値段だ。

倉庫の裏口を探す。暗闇の中、壁伝いに手を這わせる。コンクリートの壁はところどころ湿っていて、指先が水滴を拾った。十歩、二十歩。指先が冷たい鉄の感触を捉えた。非常扉。取っ手を引く。錆びた蝶番が甲高い音を——

止めろ。

城島は歯を食いしばり、ゆっくりと、ミリ単位で扉を引いた。金属が擦れる微かな軋み。雨音が大きいことだけが救いだった。心臓が耳の奥で脈打っている。一ミリ、また一ミリ。体が通る幅だけ開けばいい。

扉の向こうは、裏手のコンテナヤード。暗い。雨に濡れた鉄の匂いが夜気に混じっている。だが前方二十メートル先に、フェンスの切れ目が見えた。

背後から、シャッターを叩く音が響いた。

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