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薄い味噌汁の記憶

第1話 第1話

第1話

第1話

人差し指の付け根に走った新しい切り傷が、冷えた白米の底に沈んでいく味噌汁の熱を、思ったより鈍く拾った。

 築四十年のアパート、二畳分もない台所。流しの蛇口が一滴、二滴と落ちて、その音を数える気力もないまま、俺は茶碗を左手で持ち、右手の箸で五分の食事を黙々と進める。客に出すものと、自分に出すもの。その境界を見失ったのはいつ頃だったか。割烹の煮方として味見に使う匙は一日に百回を越える。昆布の戻し加減、鰹の削りの粗さ、塩の当たり、酢の回り方。舌は一日中濡れていて、帰る頃には疲れきっている。だから家では、椀なんて丁寧に組まない。冷えた白米の上に、朝の残り味噌汁を温め直さずかけ、啜って終わる。それが煮方の夜の、決まりきった結末だった。

 窓の外を、終電の鈍い唸りが通った。板敷きの床がわずかに震える。壁に立てかけた包丁袋の柄の先が、ほんの少し揺れて止まる。テレビはつけない。ラジオも点けない。冷蔵庫のモーター音と、流しの滴と、終電の残響。それだけで、俺の夜は十分に埋まる。

 節くれ立った指で箸を握り直す。この指はもう三十代後半の指で、皮は厚く、爪は短く削れている。火傷の痕は数えきれない。右の手の甲に、去年の天ぷら油の痕。左の親指の腹に、若い頃の湯気の跡。包丁傷のいくつかは、もう自分でもいつ付けたか思い出せない。冷えた白米の米粒が、ふやけて甘くなり始めている。味噌汁はぬるい。出汁の香りもとうに逃げた。それでも俺は、この五分間を毎晩必要としていた。客に出した椀の残響を、自分の腹の底で静かに鎮めるための、五分だった。

 茶碗を置く。立ち上がると、膝の裏が鳴った。煮方という持ち場は、一日のほとんどを立ったまま過ごす。鍋の前、蒸し器の前、土鍋の前。腰よりも先に膝に来ると、板場の先輩が昔に言っていた。その通りだった。

 店は、都内の古い木造の二階家を改築した割烹だ。カウンターが八席、個室が二つ。二代目の板長は頑固で寡黙だが、煮方として俺を置いてくれている。八年目になる。煮方は椀物を仕切る。吸い地の塩梅、椀種の火入れ、椀づまの据わり方。客の目の前で蓋を開けたときに立つ、あの一瞬の湯気の香りだけで仕事の九割が決まる持ち場だ。だから俺は一日中、昆布と鰹と水と塩と向き合っている。向き合っているだけで、他は何もない。

 結婚もしていない。恋人もいない。休みは週に一日、たいていは寝て終わる。築地に顔を出すか、包丁を研ぐか、雑誌を眺めるか。それ以上のことを、三十代のどこかで、もう諦めた気がする。窓の向こうを、自転車が一台、ライトを揺らして通り過ぎた。どこかの会社員の、残業帰りだろう。食卓の上には、出しっぱなしの醤油差しと、半分だけ使った刻み葱のタッパー。あとは茶碗と椀と箸。皿はない。並べるほどのものを、作らない。

 水でふやけた米粒を、奥歯で潰す。味噌汁の塩気が薄い。朝、少し多めに湯を足したせいだった。

 子どもの頃、あの家の台所は、いつも湯気で白かった。ガスコンロの火は小さく絞られていて、母は節約のためにその青い火を見つめて過ごしていた。鍋の中で回っているのは、たいてい味噌汁だった。具は豆腐だったり、油揚げだったり、もやしだったり。どれも一つだけだった。具が二つ載る晩は、月に一度あるかないかだった。豆腐の日は水を多めに、油揚げの日は短冊に細く切って数を稼ぎ、もやしの日は根を取らずに鍋へ放り込んだ。俺たちきょうだいはそれを知っていて、しかし何も言わなかった。言えば、母の眉がほんのわずかに下がるのを、俺たちは学んでいたからだ。そこに、母がそっと水を足す。味噌は足さない。ガスの青い火が、水道の蛇口と鍋肌を、青白く縁取っていた。台所の窓は湯気で曇っていて、外の景色は何も見えなかった。妹は食卓の向こうで、小さなプラスチックの椀を両手で包んで、湯気をずっと吸い込んでいた。妹の睫毛に、その湯気の滴が付いては落ちる。母の背中は痩せていて、エプロンの紐が腰で二重に結ばれていた。その結び目が、水を足すたびに、わずかに揺れた。

「今日は出汁がよく出たね」

 そう笑って、母は俺の椀に、その薄い汁を注いでくれた。その笑い方を、俺は長く恨んでいた。出汁なんか、出ていなかった。ただ水が増えただけだった。母はそれを知っていて、俺と妹に黙って薄いものを差し出し、自分の椀にはもっと薄いものを残していた。恨みながら、しかし俺は、その汁を残さず啜った。啜って、空っぽになった椀の底を、箸の先でつついた。

 箸を置いた。茶碗には米粒が三つ、四つ、椀の底には黄土色の濁りが残っている。俺はいつも、ここで立ち上がる。流しに運び、水を張り、泡立てず、そのまま朝まで浸しておく。朝、出勤前に洗う。食器を濡らしたまま置く癖も、あの家の名残だった。洗剤は高かった。水で流してから重ねるのが、決まりだった。

 立ち上がろうとした瞬間、外壁の向こうを、夜の最後の電車が通った。今度のは貨物だったのか、振動が普段より長く続いた。台所の床板が、腹の底に響くほど揺れる。食卓の上で、椀の底の濁りが、薄い波紋を立てて揺れた。

「今日は出汁がよく出たね」

 母の声が、耳の裏で鳴った。

 空耳ではない。あの声は、俺の舌の奥のどこかに溜まっていて、時々、何かの拍子に音もなく滲み出してくる。振動、湯気、水の音。そういうものが鍵になる。鍵が回ると、声が漏れる。鍵の形は一つではない。ある夜は、客に出した椀の蓋を開けた瞬間に立つ湯気。ある夜は、仕込み途中で蛇口をひねったときの水音。ある夜は今夜のように、貨物列車の振動が床板を叩くとき。俺はそのたびに、手を止めることを許されない場所に立っている。煮方の持ち場で、客の前で、板長の背後で、手を止めれば仕事が崩れる。だから俺は、声を聞きながら、聞こえないふりをして、椀を組み続けてきた。

 俺は動けなかった。箸を持った手の指、節くれ立ったその関節が、茶碗の縁に触れたまま止まっている。客に椀を出すとき、俺は吸い地の一滴まで神経を通す。昆布と鰹を重ね、塩を極少量だけ当て、醤油を垂らすか垂らさぬかの境で止める。手間は惜しまない。金もかけている。客は「おいしい」と言ってくれる。それなのに、自分の椀は、この五分だった。この五分の椀を、かつて母は、水を足してまで俺に差し出した。

 舌の奥に、何かが戻ってくる。米の甘さと、味噌の塩気と、それから――別の何か。米粒の間に、かすかに、記憶の中の握り飯の塩気が混ざっている。父が一度だけ、俺たちきょうだいに握ってくれた塩むすびだ。握り方は下手で、形は三角にもならず、手汗のせいで表面がべたつき、塩は片面にばかり偏っていた。だが、それを口に入れた瞬間の、あの塩の角と米の熱を、俺は今も舌の奥に持っている。父はあの夜、珍しく早く帰ってきていた。母が風邪で寝込んだ晩だった。台所に立つ父の背は普段見慣れないほど丸く、米を握る手つきは不器用で、塩を振る指は何度も宙で迷った。俺と妹は、その手元を黙って見ていた。父は何も言わずに握り飯を差し出し、俺たちが食べ終わるのを、柱の影で見守っていた。あの晩、父が自分の分を握ったかどうか、俺は覚えていない。

 なぜ今、それが戻ってくるのか。

 持っていた箸を、そっと箸置きに戻した。木の箸置きは、店の先代からもらった古いもので、端が少し欠けている。その欠けに、いつも俺は親指の腹をあてる。あてて、それから指を離す。そういう、意味のない動作だけが、俺の夜には積み上がっている。

 立ち上がって、茶碗と椀を流しに運んだ。水を細く出し、中を半分ほど満たしてから、蛇口を止める。泡は立てない。洗剤は朝でいい。流しの縁に両手をついた。背中の筋が、ゆっくり伸びる。終電の振動は、もうなかった。冷蔵庫のモーターが低く唸っている。滴が、また一滴、ステンレスを打った。

 舌の奥に、甘みがあった。米の甘みではない。味噌の甘みでもない。水で薄めた味噌汁の、ほとんど塩も出汁もない、あの頼りない液体の、しかしどこか甘いような、妙な余韻。それが舌の奥の、喉に近いあたりに、まだ残っていた。

 消えない。

 俺は水で口を濯ぎ、吐き出し、もう一度濯いだ。それでも、消えなかった。蛇口を止めて、流しの縁から手を離す。指先の火傷の痕が、白く浮いて見えた。明日もまた、煮方に立つ。客の椀を組む。吸い地の一滴まで神経を通す。だが今夜、舌の奥に残ったこの甘さが、明日の俺のどの仕事を狂わせるのかは、まだわからなかった。

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