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絆矛グリモワール

第3話 第3話

第3話

第3話

──25回目。

死に方が変わってきた。

最初の10回は何も見えずに死んでいた。次の10回で個々のパターンを覚え、20回目以降は6体の周期干渉を意識し始めた。そして25回目。初めて、自分の意思で死ぬ場所を選んだ。

《壱ノ刃》と《弐ノ牙》の攻撃周期が0.2秒ズレる瞬間を狙って右に跳ぶ。その隙間に体をねじ込み、《壱ノ刃》の背後に回る。一瞬だけ、たった一瞬だけ《肆ノ眼》の射線が《壱ノ刃》の体で遮られた。光線が来ない0.8秒。その間にロングソードを振る。ダメージ87。やはり硬い。だが攻撃が入った。意味のある一撃だった。

直後、《伍ノ影》の奇襲で沈んだ。生存時間31秒。

26回目。同じ隙間を再現できるか試す。できた。ズレは周期的に発生する。だが2回目の隙間を待つ前に、《参ノ壁》の衝撃波で吹き飛ばされた。1回のズレだけでは足りない。複数のズレが重なるタイミング──全体の周期が最も乱れる瞬間を見つけなければ。

30回目。ノートの頁が埋まっていく。6体それぞれの攻撃周期、相互干渉のパターン、位置関係による変動。現実世界の机に広げた紙は数字と矢印で真っ黒だった。ヘッドセットを外すたびに書き込み、被り直して検証する。目の奥が熱い。瞬きの回数が減っている自覚がある。

35回目。生存時間が1分を超えた。6体の攻撃周期には3つの「谷」がある。約45秒周期で訪れる、連携の密度が落ちる瞬間。その谷で反撃し、次の谷まで回避に徹する。これが基本戦略になる。ダメージ効率は最悪だが、生き残れる時間が延びた。

38回目。最初の谷で《壱ノ刃》に310ダメージ。スキル「幻影連撃」を叩き込めた。HPバーが微かに動く。だが6体のHPバーは全てつながっているようで、1体を削っても全体の総量はほとんど変わらない。1体ずつ倒す戦略は通じない。

40回目。気づいた。

谷の深さが毎回同じじゃない。3つの谷のうち、2つは浅い──ズレが小さく、反撃できても1〜2発が限界。だが3つ目の谷は、それまでの2つより明確に深い。6体の周期がほぼ同時にリセットされる瞬間が、長い周期の中に1度だけある。

そこだ。全ての攻撃周期が一巡して再同期するポイント。時計の針が12時で全て重なるように、6つの異なる周期が出発点に戻る瞬間。その直前に、最も大きな「隙間」が生まれる。

41回目から、その大きな谷を正確に測り始めた。戦闘開始から約2分40秒。ここで6体全ての攻撃に、1フレームの空白が同時に発生する。

1フレーム──約0.016秒。

人間の反射速度ではまず反応できない時間だ。だが反応するのではない。予測するのだ。2分40秒目にその瞬間が来ると知っていれば、0.5秒前から動き始めて、1フレームの空白にスキルの発動タイミングを合わせられる。

42回目。その瞬間まで生存することに集中した。2分20秒で死んだ。あと20秒足りない。

43回目。2分35秒。あと5秒。目前で《伍ノ影》の奇襲をもらった。悔しさで歯が軋む。

44回目。2分41秒。1秒超えた。だが谷のタイミングで攻撃態勢に入れなかった。生存に精一杯で、攻撃の余裕がない。

45回目。回避ルートを根本から組み直した。2分40秒目に中央紋様の北東象限にいること。《壱ノ刃》の射程外かつ《肆ノ眼》の死角。その位置に到達するための回避経路を、2分40秒分、全て逆算する。

46回目。経路の精度が足りず、途中で修正が入り、2分38秒で《弐ノ牙》に引っかかった。だが感触は掴めた。全てのモーションが体に染みついている。目を閉じても6体の位置関係が脳内に浮かぶ。

47回目。2分40秒、北東象限、攻撃態勢──完璧だった。1フレームの空白を捉えて、最大火力の「幻影連撃」を発動した。刃が走る。だが突き刺さった先は《参ノ壁》の甲殻。最も防御力の高い個体に当ててしまった。ダメージ203。話にならない。

47回全滅のログを、ノートに書き留めた。ペンを置いて天井を見上げる。現実世界の時計は午前3時を回っていた。ゲームにログインしてから約9時間。ヘッドセットの跡がこめかみに赤く残っている。

整理する。1フレームの空白は使える。位置は北東象限で合っている。問題は攻撃対象の選択だ。6体は総HPが共有されている。なら一番削れる相手──ではなく、一番「効率よくダメージが通る」相手を狙うべきだ。

ノートを遡る。25回目以降の全ダメージログ。《壱ノ刃》87、スキル使用時310。《弐ノ牙》94。《参ノ壁》58、スキル使用時203。《肆ノ眼》は近接が届かなかった。《伍ノ影》は実体化タイミングでのみ112。《陸ノ翼》は着地時に一度だけ141。

中央紋様を挟んで北東象限の対角、南西に《壱ノ刃》が位置する配置パターンがある。47回目は北東で正しかったが、攻撃方向が逆だった。

48回目。最後の谷で、対角の《壱ノ刃》に向けて踏み込む。距離が遠い分、ダッシュ斬りの慣性ダメージが乗る。幻影歩行でそこまで潜り込み、幻影連撃の全段を最も柔らかい《壱ノ刃》に叩き込む。

──これしかない。

ヘッドセットを被り直した。深呼吸を3回。指の震えが止まる。48回目の扉を、開いた。

6つの影が微動する。もう怖くない。怖いと感じる神経が、とっくに摩耗している。代わりに研ぎ澄まされた観測眼が、6体全てのモーションを同時に追い始めた。

開幕。《壱ノ刃》の双剣が交差する。右に跳ぶ。《弐ノ牙》の突進が掠める。しゃがむ。《陸ノ翼》の急降下を紙一重で潜る。風圧で体がよろめく。立て直しながら左に走る。30秒、最初の谷。ここは見送る。回避に専念。

1分。1分30秒。汗が目に入った。視覚フィードバックが滲む。構わない。目で見ているのは全体の配置であって、個々の攻撃は体が勝手に避けている。47回死んで覚えた筋肉の記憶が、思考より速く体を動かす。

2分。《伍ノ影》が消えた。奇襲が来る。背後──いや、ノートの記録では2分直後の不可視化は右斜め前から来る。上体を左に傾けた。影の刃が右肩を掠める。HP残り70%。許容範囲。

2分20秒。移動を開始する。北東象限への経路。《参ノ壁》の衝撃波を跳んで避けながら、対角線上を斜めに横切る。

2分30秒。定位置。《壱ノ刃》は南西。その間に《肆ノ眼》と《参ノ壁》がいるが、1フレームの空白では全員の攻撃が止まる。距離は約12メートル。ダッシュ斬りの最大射程ギリギリ。

2分35秒。心臓の音が聞こえる。VRの触覚フィードバックではない。自分自身の、現実の心臓が、肋骨の内側を叩いている。

2分38秒。幻影歩行のスキルクールタイム、残り2秒。間に合う。

2分39秒。6体の攻撃が密になる。嵐の直前の、最後の圧縮。全方位から殺意が収束する中を、最小限の動きで縫い続ける。HP残り35%。

2分40秒──。

来た。

6つの攻撃周期が同時に底を打つ。全員の次の攻撃モーションが始まるまでの、たった1フレームの空白。世界が静止したように感じた。実際には0.016秒。だが47回の死が、その一瞬を永遠のように引き延ばしていた。

幻影歩行、発動。当たり判定が消える。ダッシュ。足が床を蹴る感触が消え、体が滑るように加速する。12メートルを0.3秒で詰め、すり抜けの無敵が切れると同時に──

幻影連撃。5段全てを《壱ノ刃》の胴体に叩き込んだ。1段ごとに振動が手から腕へ、腕から肩へ伝わる。4段目で《壱ノ刃》の体が仰け反り、5段目の突きが胸を貫通した。ダメージ表示が5つ連続で弾ける。合計1,847。

足りない。

だが──体が勝手に動いていた。幻影連撃の硬直をキャンセルして通常攻撃に繋ぐ。裏技でも何でもない。47回の死の中で、一度だけ偶然成功したキャンセルタイミング。硬直の最終フレームと通常攻撃の入力受付が1フレームだけ重なるバグに近い仕様。

通常5段。ダメージが加算されていく。6体の空白が終わり、攻撃が再開される。《弐ノ牙》の突進が背中に迫る。振り向かない。最後の一撃を振り切った。

HP共有バー──ゼロ。

6体が同時に停止した。動きが凍結し、体表に亀裂が走っていく。《壱ノ刃》の双剣が手から滑り落ちた。金属が石畳に当たる澄んだ音が、沈黙の試練場に長く響いた。6体全てが光の粒子に還っていく。粒子が天井に向かって立ち昇り、まるで逆さまの雪のように闇に溶けた。

『零番目の試練場──攻略完了』

生存時間2分53秒。48回目の挑戦。

膝が落ちた。立っていられない。HPは残り8%。指先の感覚がない。いや、VRの触覚フィードバックは正常だ。現実の体が限界を訴えている。

中央の紋様が光り始めた。円の中心が割れて、台座がせり上がる。その上に、一振りの武器が浮いていた。

槍──いや、矛だ。穂先は透明な結晶で、柄は黒い金属。柄に刻まれた紋様が、試練場の扉と同じ脈動を繰り返している。全長は俺の身長より少し長いくらい。美しいと思った。同時に、嫌な予感がした。

手に取る。軽い。異様に軽い。

アイテム情報が展開された。

《絆矛グリモワール》──世界唯一(ワールドユニーク)装備。基礎攻撃力:1。

「……は?」

1。ゲーム開始直後に拾える木の棒が攻撃力3だ。それ以下。冗談のような数字が、確かにそこに刻まれていた。

強化条件の欄に目を走らせる。

『パーティメンバー1人につき攻撃力+500%』

3秒、理解できなかった。4秒目に、意味が脳に届いた。基礎攻撃力1。ソロでは攻撃力1。パーティメンバーが1人増えるごとに500%──つまり5倍ずつ加算。2人PTで攻撃力6。3人で11。4人で16。5人フルPTなら攻撃力26。

いや、そうじゃない。最終的に%加算なら乗算武器や他バフとの組み合わせで──計算が追いつかない。だが一つだけ確実にわかることがある。

ソロでは、ゴミだ。

売却ボタンを押した。『この装備は売却できません』。破棄。『この装備は破棄できません』。他の武器に持ち替える。『メインウェポンスロットがロックされています』。サブウェポンスロットも確認する。全ロック。

素手か、攻撃力1の矛か。二択。

試練場の冷たい床に座り込んだまま、天井を見上げた。暗闇しか見えない。48回死んで手に入れた報酬が、ソロプレイヤーに対する最悪の皮肉だった。

パーティを組め。お前が最も嫌う行為を、この武器は要求している。

矛の紋様が脈動した。握った掌に、心臓の鼓動のような振動が伝わる。まるで生きているように。まるで──何かを待っているように。

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