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社畜スキルで異世界成り上がり

第24話 第24話

第24話

第24話

使節団の最後通牒が来たのは、滞在八日目だった。

朝から空気が違った。ギルドの一階に入った瞬間、冒険者たちの会話が止まった。何かが起きている。掲示板の前に誰もいない。全員が入口の方を向いている。

ギルドの正面玄関にカール副官が現れた。今度は笑顔がなかった。初対面のときの営業スマイルが剥がれ、その下にあった素顔が見えている。軍人の顔。命令を伝達する人間の表情。眉間に縦皺が一本。口が真一文字。目に交渉の余地がない。

「レン殿。帝国は正式にお招きを申し上げます。七十二時間以内にご回答をいただけない場合——」

カールが間を置いた。計算された沈黙。

「帝国は、この王都の安全について、保証いたしかねます」

恫喝。外交用語で丁寧に包装された脅迫。軍事力を背景にした「お願い」。前の世界なら訴訟をちらつかせた交渉。「取引を継続できなくなる可能性がございます」——営業部長が白い歯を見せながら言う台詞と、本質は同じだ。ここでは軍隊をちらつかせる。規模が違うだけで構造は変わらない。

ヴェルナーが割って入った。

「それは脅しか、カール殿」

「ご忠告です。王都周辺の魔獣活動が活発化しております。帝国の軍事支援がなければ、この街の防衛は——」

「ギルドの防衛に帝国の助けは不要だ。お引き取り願おう」

ヴェルナーの声が硬い。青灰色の目に怒りが浮かんでいる。だが冷静だ。経営者の怒りは、感情ではなく判断に変換される。

カールが去った。だが最後に俺に視線を向けた。灰色の目が言っている——「七十二時間」。

ギルドの幹部室で緊急会議が開かれた。ヴェルナー、ハインツ、俺。三人。

「北は本気だ。軍を動かす準備がある。使節団が帰国した後、速やかに兵を送り込んでくるだろう」

ヴェルナーが地図を広げた。王都レグニッツと、北のエルドヴァイン帝国の位置関係。国境から王都まで、早馬で五日。軍の行軍速度なら十日。

「十日の猶予はある。だが十日では王都の防衛を完全にすることは不可能だ。ギルドの冒険者を総動員しても、帝国の正規軍には数で劣る」

「ギルドだけで戦うのですか」

「王都の守備隊もいる。だが城壁の防衛で精一杯だ。野戦能力はない」

情報を整理した。社畜脳がスプレッドシートを展開する。リソース。タイムライン。ボトルネック。

「ボトルネックは何ですか」

ヴェルナーが俺を見た。

「城壁を突破されたら終わりだ。帝国には大型の魔導兵器がある。城壁ごと壊す火力がある」

魔導兵器。大砲の魔法版か。城壁に対する攻城兵器。

「俺のスキルで——魔導兵器を無力化できるかもしれません」

ヴェルナーの目が光った。だがすぐに冷めた。

「お前一人では無理だ。兵器は複数ある。前線に出れば暗殺者に狙われる。そもそも、お前のスキルは制御が完全ではない」

正論だ。村で魔獣を追い払ったとき、地面も柵も壊した。戦場で同じことが起きれば、味方にも被害が出る。

「制御を完全にする方法があります」

二人が俺を見た。

「大迷宮の最深部に、前任者ヴォルフの残留意思が封印されています。そこにスキルの完全制御法がある——と、俺は考えています」

「考えている。確証は」

「ありません。だが壁画が示唆しています。ヴォルフは最後の瞬間まで力を使い続けた。制御法を知らなかったからではなく、命令に従っただけだ。制御法自体は存在する。それが残留意思と共に封印されている可能性は高い」

沈黙。ヴェルナーがハインツを見た。ハインツが頷いた。

「行かせてやれ。こいつは行けば帰ってくる」

ヴェルナーが地図を畳んだ。紙がカサリと音を立てた。この男は決断が速い。情報を聞き、判断し、行動に移す。前の世界の優秀な経営者と同じだ。迷わない。迷う時間をコストだと知っている。

「許可する。だが条件がある。二日以内に帰還しろ。三日目に使節団が帰国する。四日目以降に軍が来る。それまでに——お前の答えが必要だ」

二日。四十八時間。大迷宮の最深部まで往復して、ヴォルフに会って、制御法を得て、帰ってくる。工程としては——無茶だ。通常なら一週間はかかる行程。前の世界で言えば、一ヶ月の開発工程を一週間に圧縮するようなもの。品質が落ちるか、人が壊れるか。普通は両方。

だが通常じゃない。俺には紋章で開く隠し通路がある。直通ルート。第三十層のショートカット。通常の経路を使う冒険者とは前提条件が違う。

「行けます」

「根拠は」

「社畜は納期を守ります」

ヴェルナーの顔が一瞬困惑して、ハインツが「こいつの癖だ。気にするな」と言った。

——社畜という言葉の意味をこの世界の人間は知らない。だが俺にとっては最大級の宣言だ。納期を守る。それだけが俺の取り柄だった。六年間、一度も破らなかった。体が壊れても、締め切りだけは守った。その狂気じみた執着が——今、味方になる。

会議室を出た。準備を始める。仮眠室に戻り、背嚢の中身を広げた。食料、水、ランタンの代わりの紋章の光。ロープ。薬。必要最低限。荷物は軽く。スピードが命だ。

マルタの手袋をはめた。革が掌に馴染む。クラウスが使っていた手袋。二十年前の革が、今も柔らかい。

——ミラに会いに行った。

使節団の宿舎に近づくのはリスクだ。帝国兵が巡回している。だが裏通りに入ると、人通りが減る。冬の夕暮れ。石畳に薄く霜が降りていて、足元が滑る。息が白い。街灯のランタンの光が石壁にオレンジ色の影を落としている。

ミラを見つけた。裏通りの角に立っていた。偶然ではない。彼女も俺を探していた。紋章が引き合う。磁石のように。

「明日、大迷宮に行く」

ミラの目が微かに見開かれた。だがすぐに落ち着きを取り戻す。この少女は感情を表に出さない訓練を受けている。だが紋章は嘘をつかない。俺の掌が共振している。ミラの感情——驚きと、微かな恐怖——が波動として伝わってくる。

「知っています。紋章が教えてくれました。あなたの決意が、波動として伝わってきます」

「帝国は七十二時間後に回答を求めている。俺は断る。その後——軍が来る」

ミラの表情が動かなかった。だが手が微かに震えていた。手袋の下で紋章が反応しているのか。

「私は命令で動いている。でも——あなたには選んでほしい」

前にも同じことを言った。「選んでほしい」。この少女は自分では選べない。帝国に属し、命令に従い、逆らう術を知らない。ヴォルフと同じだ。

「ミラ。お前も選べるんだぞ」

ミラの目が揺れた。淡い紫が、街灯のランタンの光に濡れた。瞳の奥に、何かが揺れている。恐怖。希望。その間にある、名前のない感情。

「……私には、選ぶ力がありません」

「力がないんじゃない。選んだことがないだけだ。俺もそうだった」

六年間選ばなかった。「辞める」という選択肢を毎晩考えて、毎朝捨てた。選ぶ筋肉が退化していた。ここに来て、ようやく少しずつ動き始めた。マルタに「自分で決めろ」と言われて。ハインツに「選べ」と言われて。そしてヴォルフの末路を見て。

筋肉は使わなければ衰える。だが使えば戻る。選択の筋肉も同じだ。

風が冷たい。ミラの銀髪が揺れる。彼女の小さな体が、冬の空気の中で震えている。寒さだけではない。軍服の襟元を指で握りしめている。爪が白くなるほどの力で。

「戻ってきたら——また話そう」

ミラが頷いた。無表情の奥に、何かが灯った気がした。

宿に帰った。ベッドに座って、掌を開いた。紋章が光っている。白い光が薄暗い部屋の壁に模様を描く。明日、大迷宮の最深部へ行く。ヴォルフに会う。

背嚢を確認した。三度目の確認。社畜は確認を怠らない。食料二日分。水筒二本。ロープ。薬三本。手袋。全部ある。忘れ物はない。

窓の外で雪が降っている。白い粒が暗い空から音もなく落ちてくる。積もるほどの量ではない。地面に触れた瞬間に消える、儚い雪。

社畜最後のデスマーチが始まる。

残業百時間の月末よりも、納期三日前の仕様変更よりも、厳しい工程だ。二日で往復。失敗すれば死。クライアントからのプレッシャーは最大級。

だが今回のクライアントは——俺自身だ。

自分で選んだデスマーチ。自分で決めた納期。誰にも強いられていない。

その事実が、不思議と体を軽くしている。横になった。目を閉じた。明日に備える。社畜は睡眠だけは確保する。倒れたら元も子もない。

掌の紋章が、暗闇の中で微かに脈打っていた。待っている。明日を。

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