第2話
第2話
始発の電車は、思ったよりも空いていた。
四月の朝の空気はまだ冷たく、ホームに立つと吐く息がかすかに白く見えた。ローカル線の車窓から眺める景色は、乗り換えるたびに人の気配を減らしていった。住宅地が田園になり、田園が山林になり、最後の一両編成の車両には私のほかに誰もいなかった。座席のモケットは日に焼けて色褪せ、窓枠の隙間から入り込む風が、古い鉄と埃の匂いを運んでくる。
終点の駅は、駅と呼ぶにはあまりにも頼りなかった。屋根のないホームにベンチが一つ。時刻表は錆びた金属板に手書きで、次の列車は五時間後だと告げていた。
駅前の雑貨店で水を二本買い、GPSの座標を確認する。ここから北西に直線で約七キロ。ただし道はない。林道の入口まで舗装路を四十分歩き、そこから先は獣道だと、昨夜のうちに等高線から読み取っていた。
林道に入ると、空気が変わった。
湿度が上がったのだとすぐに分かったが、それだけではなかった。木々の密度が増すにつれて、音が減っていく。鳥の声、風に揺れる枝葉のざわめき、自分の足音。それらが一つずつ削り取られるように消えて、三十分も歩くと、残っているのは自分の呼吸だけになった。耳の奥で血液が流れる音が聞こえる。普段は意識しない、体の内側の音。それがやけに大きく感じられて、不快だった。
GPSの示す距離が一キロを切ったあたりで、道が途絶えた。正確には、道であったものの痕跡が藪に呑まれていた。足元の土を見ると、かつて踏み固められていた形跡がある。草の生え方が周囲と微妙に違う。人が何十年も前に歩いていた道の記憶が、植物の育ち方に残っているのだ。
それを辿った。枝を払い、蔓を跨ぎ、何度か足を滑らせながら斜面を登る。汗が目に入る。シャツの背中が張り付く。四月とは思えない湿気だった。森全体が汗をかいているような、生温い重さが肌にまとわりつく。
そして、唐突に視界が開けた。
最初に見えたのは屋根だった。苔に覆われた瓦屋根が、傾いた柱に支えられて、今にも崩れ落ちそうなまま止まっている。それが一棟ではなかった。五棟、六棟——数えるうちに、草や木に半ば埋もれた家屋が次々と目に入ってきた。
集落だ。衛星写真で見た灰色の影の正体。
足を踏み入れると、地面が妙に硬かった。しゃがんで草を掻き分けると、石畳が現れた。苔と泥に埋もれているが、確かに人の手で敷かれた石畳だ。規則正しく、丁寧に。ここに暮らしていた人々は、少なくとも集落を整備するだけの人数と意志を持っていた。
最初の家屋を覗いた。引き戸は朽ちて外れ、土間に倒れている。上がり框の先に畳の部屋が見えたが、畳は湿気を吸って膨れ上がり、踏めば足首まで沈みそうだった。壁際に茶碗が三つ並んでいる。埃に覆われているが、割れてはいない。箸が一膳、茶碗の横に置かれたままだった。
食事の途中で席を立ったように見えた。あるいは、食事の準備をして、座る者が来なかったように。
二軒目、三軒目も似たような状態だった。家財道具がそのまま残されている。錆びた鎌、歪んだ鍋、壁に掛かった暦。暦の日付を読もうとしたが、紙が腐って文字が滲み、判読できなかった。
ただ、どの家にも共通するものがあった。柱に刻まれた同じ紋様。円の中に三本の線が交差する図形。彫刻刀のような鋭利なもので彫られており、風化しながらも輪郭をはっきり残している。指先でその溝をなぞると、木の繊維が乾いてささくれ立ち、爪の間に細かな屑が入り込んだ。彫った者の力加減が、指の腹を通して伝わってくるようだった。魔除けか、信仰の印か。いずれにしても、この集落が単なる農村ではなかったことを示していた。
集落の奥に、他とは明らかに異なる建物があった。
社だった。小さいが、柱は太く、屋根の造りが周囲の民家よりも格段にしっかりしている。鳥居はなく、代わりに入口の両脇に石柱が立っていた。表面に苔が這い、刻まれた文字は半分以上読めなかったが、一文字だけはっきりと見えた——「奉」。
石段を三段上がり、格子の引き戸に手をかけた。動かない。力を込めると、木が軋んで、嫌な音を立てながら半分だけ開いた。隙間から入り込んだ光が、内部の埃を金色に照らした。カビの匂いと、もう一つ、別の匂いがした。甘いような、重いような。線香の残り香に似ているが、もっと粘度が高い。鼻の奥にへばりつくような匂いだった。
中に入った。
板張りの床は意外にしっかりしていた。正面に祭壇らしきものがある。木製の台の上に、何かが載っていたであろう窪みだけが残っている。御神体は持ち去られたのか、それとも最初からそういう形なのか。台の両脇に燭台が錆びて立ち、蝋の溶けた跡が黒い染みになって床に広がっていた。
祭壇の手前に、紙が散乱していた。
和紙だ。厚手の、しかし湿気で波打った和紙が、数十枚は床に散らばっている。風で飛んだのか、誰かが撒いたのか。しゃがんで一枚を拾い上げた。墨で書かれた文字。筆跡は流麗で、しかし所々で力が入りすぎている。書いた者の手が震えていたのか、あるいは急いでいたのか。
祭祀記録だった。日付、供物の種類、参列者の人数、唱えた祝詞の冒頭。断片的だが、ここで定期的に何らかの儀式が行われていたことは疑いない。紙によって日付が飛び飛びで、欠落した部分が多い。それでも残っているものだけで、少なくとも数十年にわたる記録であることが分かった。
一枚一枚、慎重に確認していく。内容の大半は定型的な祭祀の手順だったが、何枚かに異なる文体のものが混じっていた。個人的な覚書のような、走り書き。
『今年の稲は痩せた。山の水が細い。繋ぎの儀を前倒す声あり。長老は反対。』
『子が泣く夜が続く。井戸の水が濁る。よくない兆し。』
最後の一枚を読み終えたとき、指先に微かな湿り気を感じた。汗ではなかった。和紙そのものが、まるでつい最近まで誰かの手に握られていたかのように、体温を帯びた湿度を残していた。気のせいだ、と自分に言い聞かせた。何十年も放置された紙が、この湿度の中で水気を含むのは当然のことだ。
録音機器を取り出し、状況を記録した。カメラで和紙の一枚一枚を撮影する。フラッシュが焚かれるたびに、社の内部が一瞬だけ白く照らされ、闇に戻る。その明滅の中で、自分がどれほど暗い場所にいるのかを思い知らされた。入口から差し込む光だけが頼りで、祭壇の奥は完全な暗闘だった。
ヘッドランプを点けた。光の輪が祭壇の裏側を舐める。壁に沿って棚があり、木箱がいくつか積まれていた。一つの蓋を開ける。中に和紙の束。保存状態はこちらの方がよく、墨の文字がくっきりと読めた。
リュックを下ろし、床に座り込んで読み始めた。外の光が少しずつ傾いていることに気づかないまま、私は文字を追い続けた。繋ぎの儀。奉納。鎮め。繰り返し現れる単語が、断片的な文脈の中で像を結ぼうとしている。
どれくらい経っただろう。集中が途切れたのは、気温が下がったからだった。
山の夕暮れは早い。社の中は急速に暗くなり、ヘッドランプの光だけが頼りになっていた。帰りの道を考えると、そろそろ切り上げるべきだった。撮影したデータは百枚以上ある。持ち帰って整理すれば、記事の骨格は十分に作れる。
立ち上がろうとして、止まった。
音が聞こえた。
最初は空耳だと思った。風が木の隙間を抜ける音か、あるいは自分の耳鳴りか。けれど耳を澄ませると、それは確かに旋律を持っていた。高くもなく低くもない、人の声。歌っている。
子守唄だ。
祭壇の、奥。ヘッドランプの光が届かない暗がりの、さらにその向こうから。
誰かが、子守唄を歌っている。
旋律は途切れなかった。繰り返し、繰り返し、同じ節を。聞いたことのない歌だった。それなのに、胸の奥の何かが反応している。懐かしいのではない。もっと深い場所、記憶よりも前にある何かが、その旋律を知っているかのように震えていた。
ヘッドランプの光を祭壇の奥に向けた。光の輪が壁を照らす。何もない。ただの板壁だ。
歌は続いている。壁の向こうから。いや——壁の中から。
私は一歩も動けなかった。逃げるべきだと頭では分かっている。それなのに足が床に縫い付けられたように動かない。子守唄が、鼓膜ではなく骨を通して響いてくる。体の芯が共鳴している。歯の根が痺れるような、低い振動。腹の底に溜まっていく重さ。声は一つのはずなのに、幾重にも重なって聞こえた。壁も床も天井も、社そのものが声の一部であるかのように震えている。
録音機器。左手に握ったままだった。赤いランプが点灯している。回っている。
歌が、ほんの少しだけ近づいた気がした。