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指名手配刑事 — 逆走する正義

第1話 第1話

第1話

第1話

ワイパーが間に合わない。

フロントガラスを叩く豪雨の向こうに、首都高の直線が暗く伸びている。バックミラーに赤と青の光が二つ。距離、約三百メートル。城島隼人はアクセルを踏み込み、レンタカーのエンジンが悲鳴を上げるのを聞いた。

百四十キロ。ハンドルが微かに震える。シートベルトが鎖骨に食い込み、振動が歯の根まで伝わってくる。

「——指名手配中の城島隼人容疑者の車両は、首都高三号線を南下中。全ユニット、確保に向かえ」

奪った警察無線が、自分の名前を吐き出す。三日前まで、あの周波数の向こう側にいた。捜査一課の刑事として。今は殺人犯として追われている。

雨粒がルーフを叩く音が、銃声のように連続する。城島は左手でステアリングを握り直し、右手で助手席に投げた桐生のメモを確認した。走り書きの文字。「港南倉庫K-7」。相棒が最後に遺した、たった一つの手がかり。

赤色灯が一つ増えた。三台。

分岐が近い。城島は車線を右に切り、渋谷方面への合流路に滑り込んだ。タイヤが水膜の上を走る感覚。グリップが一瞬消え、テールが流れる。カウンターステアで立て直す。追手の一台がガードレールに火花を散らしながら同じ合流路に入ってきた。

速度を落とせない。落とした瞬間、終わる。

城島は歯を食いしばり、雨の壁の中へ加速した。

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三日前の朝を、城島は正確に覚えている。

午前六時十二分。携帯が鳴った。非通知。出ると、聞き覚えのない男の声が言った。

「桐生陽介が死んだ。殺されている」

声は事務的で、感情の起伏がなかった。まるで天気予報を読み上げるように、相棒の死を告げた。城島が何か言い返す前に、通話は一方的に切れた。

品川区東大井のマンション、三階の一室。城島が現場に着いたとき、桐生は自分のリビングで仰向けに倒れていた。胸部に二発。至近距離。表情は驚愕のまま固まっている。昨日まで向かいのデスクで不味いコーヒーを啜っていた男が、血の海に沈んでいた。

鉄錆に似た血の匂いが、部屋の空気を重く染めていた。テーブルの上には飲みかけの缶ビールと、半分ほどめくられた競馬新聞。桐生の日常が、そのまま止まっていた。

城島は膝をついた。手が震えた。

「触るな」

背後から声がした。振り向くと、鑑識課の連中と一緒に、捜査一課の管理官・黒田が立っていた。黒田の目が冷たかった。いつもと違う冷たさだった。同僚を見る目ではない。容疑者を見る目だった。

「凶器が出ている」

黒田が顎で示した先に、鑑識官がピンセットで持ち上げた拳銃があった。九ミリのベレッタ。城島は息を呑んだ。

見覚えがあった。

「型番が一致した。お前が三年前に押収報告を出した後、証拠保管庫から消えた一丁だ」

「待て。俺はあの銃を——」

「指紋も出てる。お前のだ、城島」

嘘だ。あの銃には触っていない。押収時に記録を取っただけだ。手袋をしていた。間違いない。

だが物証は完璧だった。凶器の指紋。現場近くの防犯カメラに映った城島と酷似した人物の映像。桐生との間に「トラブルがあった」と証言する同僚。何一つ覚えのない事実が、隙間なく積み上げられていた。

誰かが俺を嵌めた。

取調室で城島がそう叫んだとき、取調官は鼻で笑った。

「皆そう言うんだよ」

蛍光灯の白い光が取調室の壁に反射し、城島の影を冷たく切り取った。録画カメラの赤いランプが、まばたきもせずにこちらを見つめている。取調官の隣に座った若い刑事が、あからさまに目を逸らした。つい先月まで、廊下ですれ違えば敬礼してきた後輩だった。

拘留二日目の夜。護送車が庁舎を出る瞬間、城島は動いた。手錠の鍵は、桐生が「お守りだ」と言って渡してきたピッキングツールで外した。あの時は笑い飛ばした。まさか本当に使う日が来るとは。

護送車のドアを蹴り開け、夜の街に転がり出た。背後で怒号が上がる。走った。路地を抜け、雑居ビルの非常階段を駆け上がり、屋上から隣のビルに飛び移った。靴が滑り、膝を強打した。痛みを無視して走り続けた。

戻れない一線を越えた。わかっていた。だが桐生の遺体を見た瞬間から、城島の中で何かが切り替わっていた。

犯人を見つける。桐生を殺した奴を。

逃走から八時間後、城島は桐生のデスクに貼ってあった付箋の内容を思い出した。先週、桐生が独り言のように呟いていた。

「港南のほう、ちょっと気になることがあってさ」

あの時はまともに聞いていなかった。報告書の締め切りに追われていて、生返事を返しただけだ。桐生は少し寂しそうに笑って、それ以上何も言わなかった。今なら分かる。桐生は何かを掴んでいた。そしてそれが、桐生を殺した。

城島は桐生の自宅の合鍵——事件前から預かっていた——で、封鎖が解かれた現場に忍び込んだ。桐生の革ジャンのポケットに、メモがあった。

「港南倉庫K-7」

桐生の字だ。走り書き。裏面にも何か書いてあるようだったが、血で滲んで読めなかった。わずかに判読できたのは、数字の羅列の断片だけだった。日付か、金額か。それすらも確信が持てない。

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首都高のジャンクションが迫る。

城島は回想を振り払い、前方に集中した。大井ジャンクション。ここで湾岸線に乗り換えれば、港南エリアは近い。

問題は検問だ。

料金所の手前、二台のパトカーが横並びで道を塞いでいるのが見えた。赤色灯が雨に滲む。警官が四人、反射ベストを着て立っている。

減速するか、突っ切るか。

城島は一秒で判断した。

左車線のパトカーと中央分離帯の間に、車一台分の隙間がある。狭い。ミラーが飛ぶかもしれない。だが止まれば終わりだ。手錠をかけられ、留置場に戻され、誰かが完璧に仕組んだ冤罪が確定する。そして桐生を殺した真犯人は、永遠に野放しになる。

「——すまん」

城島はハンドルを左に切った。

金属が擦れる甲高い音。左のサイドミラーが弾け飛び、車体がパトカーのバンパーを掠めた。衝撃でハンドルが暴れる。両手で押さえ込み、アクセルを踏み抜いた。

バックミラーの中で、検問が混乱に包まれるのが見えた。警官の一人が無線機に叫んでいる。別の一人が、砕けたミラーの破片を避けて地面に伏せている。追ってくる。だが今は距離がある。

湾岸線に合流。速度を百二十まで落とす。これ以上目立てば、ヘリが来る。

カーナビの画面に港南エリアの地図が表示されていた。倉庫街。K-7。桐生が命と引き換えに遺した座標。

あそこに何がある。桐生は何を見つけた。

城島はステアリングを握る手に力を込めた。雨は止む気配がない。助手席のメモが、濡れた掌の汗で少しずつ滲んでいく。桐生の筆跡が消えていくようで、城島は唇を噛んだ。

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湾岸線を降りた城島の前に、闇に沈む倉庫街が広がった。

街灯は半分以上が切れている。雨脚が強まり、視界は二十メートルがやっとだった。エンジンを切り、ヘッドライトを消す。暗闇と雨音だけが残った。

城島はメモをもう一度確認した。K-7。倉庫の識別番号のはずだ。

車を降りる。雨が全身を叩く。フードを深く被り、倉庫の番号を目で追いながら歩き出した。J-3、J-5、K-1——番号は飛び飛びだ。

足元の水たまりを踏むたびに、靴の中まで浸水する。冷たい。だが寒さよりも、胸の奥で脈打つものの方が強かった。桐生が遺した最後の言葉に、城島は全てを賭けている。

K-7の看板が見えた。

錆びたシャッターが半分降りた、古い鉄骨倉庫。南京錠がかかっている。だが鍵穴は新しい。真鍮の縁が雨に濡れて鈍く光っていた。最近、誰かが出入りしていた証拠だ。

城島はジャケットの内ポケットからピッキングツールを取り出した。桐生の遺品。二度目の出番。金属の棒が指先で微かに震える。冷えた手では繊細な作業が難しい。何度か失敗し、三度目でようやくピンが噛み合った。

錠前が開く小さな音が、雨音にかき消された。

シャッターを持ち上げ、暗闇の中に足を踏み入れる。空気が変わった。埃と油と、かすかな紙の匂い。外の雨音が遠くなり、代わりに自分の呼吸と心臓の音が耳の奥で大きくなった。スマートフォンのライトを点ける。

倉庫の奥に、スチール製のロッカーが一台。

床にはうっすらと足跡が残っている。複数の靴底の痕。城島のものではない。この場所に、何人もの人間が通っていた。

桐生が何を見つけたのか。その答えが、あの中にある。

城島は濡れた手でロッカーの取っ手を掴んだ。

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