第1話
第1話
診断書を畳んだときの紙の折れ目が、まだ指の腹に残っていた。
三月の瀬戸内は、都会で思い描いていたより冷たい。特急から降りた乗客は私を含めて四人。ホームの端に錆びた駅名標が立っていて、「さくらのうら」の「く」の字が、塗装の剥げた下地を覗かせていた。十二年前、高校を出たその足で東京行きの普通列車に飛び乗った朝も、同じ字が剥げていた気がする。あのときは、そんなところまで見ていなかったのかもしれない。
ハンドバッグの中でスマートフォンが振動した。引き継ぎの最終確認、退職祝いの御礼、家賃の更新書類、健康保険証の返送先——律儀に鳴り続ける通知を、私は一週間ほど開いていない。余命半年から一年。三十八歳で告げられた期限を、まだ自分の声で誰にも言っていなかった。
改札を出るとロータリーだけが広く、タクシーは一台もいなかった。代わりに、海の匂いが喉まで届いた。潮、というより、湿った鉄の味に近い。佐倉美咲、と駅前のバス停の時刻表が風に捲れるのを眺めながら、私は自分の名前を口の中で転がした。十五年勤めた広告代理店で何百回と電話口に乗せた名前が、ここでは誰のものでもないように聞こえる。
鞄の底から祖母の家の鍵を取り出した。真鍮の、先端の欠けたシリンダーキー。祖母が死んだのはもう五年前になる。母の葬儀の日、父と兄が同じ喪服を着て並んでいる写真を、私はメッセンジャーの画像で一度だけ見た。行けばよかった、とは思わなかった。思えなかった、というほうが近い。
駅前から海沿いへ続く坂道を、スーツケースのキャスターが小さく跳ねながら転がっていく。アスファルトの継ぎ目で一度、大きく引っかかった。咳払いをするように、荷物が鳴る。それだけで息が上がった。無理は禁物ですよ、と内科の医師が言った声が耳の奥で再生される。どの程度が無理なのか、もう自分の身体の目盛りがわからない。立ち止まって、息を整える。胸骨のすぐ裏で、何かが小さく脈打っている。それが心臓なのか、別の何かなのか、医師の言葉を聞いて以来、区別がつかなくなっていた。風が、坂の下から吹き上げてきて、襟元のスカーフを揺らした。コートの下で、汗ばんでいない皮膚が冷えていくのがわかった。
造船所の錆びたクレーンが、坂の中腹から見えた。兄がそこを継いだと人伝に聞いたのは、六年前のことだ。船の塗装の匂いが、記憶の中で父の作業着に重なる。父は造船ではなく、町はずれの小さな鉄工所で定年まで働いた人だ。母が死んでから、父とは一度も口をきいていない。クレーンのアームの先で、白い海鳥が一羽、止まったり離れたりを繰り返していた。鉄の骨組みの隙間から海が覗いて、灰色の水面に陽が斑に落ちている。あの錆の下のどこかに兄がいて、たぶん私が帰ってきたことをまだ知らない。知らないままでいてくれたら、と一瞬だけ思って、すぐに、それは虫がよすぎる、と打ち消した。
「——美咲ちゃん?」
呼ばれて振り向くと、雑貨屋の硝子戸の内側から、白髪の女性が身を乗り出すようにしてこちらを見ていた。
「まあ、美咲ちゃんじゃろ」
声には濁りがあって、けれど語尾だけが妙に若かった。顔は覚えていた。名前は出てこない。子どもの頃、祖母に連れられてここで麩菓子を買ってもらった、その奥にいた人だ、と思い出しかけて、けれど確証はない。私は会釈だけして、かまぼこ板のようになった歩幅でその前を通り過ぎた。「東京から?」と背中に声がかかったが、振り向かなかった。振り返ると、女性はまだ戸を半分開けたまま、こちらを見送っていた。十二年ぶりに帰ってきた娘のことを、町はこんなふうに覚えている。覚えられているのだ、と思うと、首筋がひやりとした。誰かに名前を呼ばれることが、こんなに重いことだとは、東京にいたときは知らなかった。
スマートフォンがまた震えた。今度は電話だった。登録されていない番号。指が動かないうちに、通話は切れた。余命を告げた主治医だったかもしれないし、退職に気づいた誰かかもしれない。違う、と私は首を振る。違ってほしい、と思っただけだった。
祖母の家は坂を下りきって、港の小さな入り江の端にあった。板塀の向こうに庭の柿の木が顔を出していて、その葉擦れの音だけが、生きていた頃と同じままだ。ここに中学まで、一年に一度、夏休みを過ごしに来た。祖母が作ってくれた甘夏ゼリーの、金属の匙の冷たさを覚えている。
玄関の引き戸に、鍵を差し込む。真鍮の欠けた先が、穴に触れる感触。一度、二度、手首をひねって、ようやく回った。戸を開けた瞬間、閉め切られていた空気が一気に顔に押し寄せてきた。埃と、畳の藺草と、かすかに線香の混じった匂い。それから、奥のほうから、たぶん誰かが置き忘れた古い柑橘の——あれは甘夏かもしれない——わずかに発酵した皮の匂いが、流れてきた気がした。気のせいかもしれない。気のせいだと、思いたかった。
「……帰ったよ」
誰に言うでもなく、そう口にしていた。返事は、もちろんなかった。
土間に荷物を置いて、奥へ続く廊下を一歩踏むと、床板が細く軋んだ。その音で、肺の底にあった何かが緩んで、私はそのまま上がり框に腰を下ろしてしまった。スーツケースの持ち手に額を預ける。三十八年、働いて、結婚して、別れて、また働いて、それから病気になった。そのあいだずっと、遠くへ遠くへと歩いてきたつもりでいた。距離を稼いだぶんだけ、折り返す道が長くなっただけだったのかもしれない。
膝の上でスマートフォンを開いて、母のアカウントを呼び出した。五年前に止まったままのアイコン。最後の投稿は「柿がたくさん採れました」の一行と、庭の柿の写真だった。たぶん今、頭の上で葉擦れを立てている、あの柿の木。既読も、いいねも、もう誰もつけない。
——美咲が二十歳になったら、ちゃんと話すからね。
脈絡もなく、母の声が耳の奥で蘇った。中学の台所、日曜の朝。母は卵焼きを焼きながら、私の背中にそう言った。何を話すつもりだったのかは、聞けなかった。私が二十歳になる前に、私は家を出て、母は乳がんで死んだ。三十八歳の今になっても、その続きは埋まらないままだ。
立ち上がる。膝に手をつかないと起き上がれないことに、少しだけ笑いが漏れた。笑ったつもりだった。喉の奥が痙攣しただけだったのかもしれない。
仏間の襖を引くと、埃の舞う光の帯の先に、古い仏壇があった。観音開きの扉は閉じている。祖母と、祖父の位牌。母の写真はここに置いていない。母の位牌は、父のいる実家の仏壇にあるはずだった。その仏壇に、私はもう十二年、手を合わせていない。
仏壇の前に正座して、線香を一本だけ立てた。祖母の分として。燃え残った芯の匂いを胸の奥まで吸い込む。甘夏の、遠い金属の匙の冷たさが、そこだけ鮮明に戻ってきた。煙はまっすぐに立ち上って、途中で気まぐれな空気の流れに掴まれ、横に折れ、また縦に戻る。その揺らぎを目で追っているうちに、ずいぶん長いこと、自分が誰のために手を合わせるつもりだったのかわからなくなった。祖母にか、母にか、それとも、半年か一年で消える自分にか。畳の目が膝の裏に食い込んで、痺れが先に答えを出した。
スマートフォンを機内モードにした。画面を伏せて、膝の上でもう一度開く。地図アプリに、昔の町の形が重なる。坂の上に、兄の営む造船所。駅の向こうに、父の実家。喫茶「汐鳴」という昔からの店の名前が、地図の中に埋もれるように残っていた。
余命半年から一年。
その数字を、私は初めて声に出して読み上げた。畳の目が、思ったよりはっきり見えた。
日が傾いて、障子に柿の枝の影が揺れはじめたころ、玄関の土間のほうで小さな音が鳴った。
郵便受けに、何かが落ちた音だった。
立ち上がって玄関まで歩く。廊下の床板が、来たときよりも一段大きく軋んだ気がした。郵便受けの口から、白い封筒の端が覗いている。引き抜くと、宛名は「佐倉美咲様」——私の名前。差出人は、書かれていない。消印も、切手もない。誰かが、ここまで直接届けに来たということだった。封筒の表面はざらりと乾いていて、けれど角の一箇所だけ、湿った指で触れたような薄い跡が残っていた。
封筒の重みは、手紙一枚分。便箋を引き出して、一行目に目を落とした瞬間、指先の熱が引いた。
見覚えのある、母の字だった。
台所の壁にいつも貼ってあった、献立メモの、あの丸みを帯びた筆跡。「げ」の字の下が、いつも少しだけ右に流れる、あの癖。
封筒の裏をもう一度確かめる。何も書かれていない。
柿の枝が、障子の向こうで、ひとつだけ大きく揺れた。