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翼なき妃と双翼の契約

第14話 第14話「リーナの秘密」

第14話

第14話「リーナの秘密」

# 第14話「リーナの秘密」

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リーナがガイウスの子孫だと知ったのは、鍵を渡してくれた日だった。

あの日は驚きが先に立って、言葉の意味を噛み砕く余裕がなかった。百年前の騎士の血を引く侍女が、わたしのすぐそばにいた。偶然だろうか。いや、偶然でも構わない。大事なのは、今この子がここにいることだ。

けれど、それが何を意味するのか、わたしが本当に理解したのは、この日だった。

「おばあちゃんが言っていたんです。うちの家系には、空の記憶が混じっている。だから翼が生えるけれど、小さいんだって」

浮遊庭園のベンチで、リーナは膝の上で指を組みながら話した。午後の陽射しが柔らかく、空の花がゆっくり回転している。花粉が光の粒子のように空中を漂い、ときどきリーナの茶色の髪に降りかかった。穏やかな景色の中で、リーナの声だけが、少し硬かった。いつもの明るさが薄い膜で覆われているような、そんな声。

「ガイウスは地上に帰された後、記憶が曖昧なまま、地上の女性と結婚したそうです。空の記憶も地上の記憶も断片しかない、中途半端な人として。どこにいても、ここではない場所の夢を見る人だったと、おばあちゃんは言っていました。でも、子どもが生まれて、その子には小さな翼が生えた」

「翼が」

「ガイウスの中に残っていた契約の残滓が、血に混じって受け継がれたんです。わたしの小さな翼は、百年前の契約の名残。だから、完全な空の民の翼とは違う」

リーナの小さな翼が、背中でぴくりと動いた。風が吹いて、翼の端が花粉を払った。

「子どもの頃、翼が小さいことで、よくいじめられました。空の国では翼が小さいのは恥なんです。飛べないわけじゃないけど、高く飛べない。速く飛べない。同い年の子たちが塔の上まで一息で飛ぶのを、わたしは途中で息が切れて見上げてるしかなくて」

リーナの指が膝の上で絡み合った。白くなるほど力が入っている。

「『地に足がついた翼だ』って笑われました。褒め言葉じゃなくて。空の国で地面にいるのは、落ちこぼれの証だって」

わたしの胸がきゅっと締まった。リーナの声は平静を保っていたが、指先の力加減が全てを語っていた。

「でも、おばあちゃんは言いました。『お前の翼が小さいのは、空と地上の両方を繋いでいる証だ。恥じるな』って。おばあちゃんの手は大きくて、温かくて、わたしの翼をそっと包んでくれて」

リーナの声が詰まった。琥珀色の瞳に光が溜まっている。

わたしの胸が痛んだ。リーナは、わたしと同じだった。地上と空の狭間に立つ存在。翼の大きさで価値を測る社会の中で、自分の居場所を探し続けてきた。わたしは翼がないことで嘲られたが、リーナは翼が小さいことで——持っているのに足りないと言われ続けて——それはもしかしたら、ないと言われるより残酷かもしれなかった。

「リーナ。あなたは、わたしの翼が消えることを怖がっているのね」

リーナが頷いた。目に涙が浮かんでいる。まつげに溜まった涙が、午後の光を受けてきらりと光った。

「先祖と同じことが繰り返されると思って——。セリア様が記憶を失って、エリオット殿下と離れ離れになって——それが、わたしの家に伝わる、呪いのような話なんです。おばあちゃんは笑って話してたけど、目は笑ってなかった。ずっと、ずっと、怖かったんだと思います」

リーナの声が途切れて、風の音だけが二人の間を流れた。浮遊庭園の風車花がゆっくり回転している。花びらが風を受けて回るたびに、かすかな軋む音がした。その規則的な音が、沈黙を埋めてくれた。

「呪いじゃない」

わたしはリーナの手を取った。冷たい手だった。指先が白くなっていて、血の気が引いている。怯えは手に出る。わたしの父が「恐怖は足に出る」と言ったように、リーナの恐怖は手に出る。けれど、わたしが握ると、少しずつ温もりが戻ってきた。わたしの体温がリーナの指先に伝わり、白かった指に赤みが差していく。

「あなたの先祖が経験したことは悲劇だったかもしれない。でも、あなたがここにいることは、その悲劇の続きじゃない。リーナ。あなたの翼が小さくても、あなたはここにいる。わたしの隣に。それは、あなたが選んだことでしょう」

リーナの涙がこぼれた。声を出さずに、静かに泣いた。涙が頬を伝って、膝の上の手に落ちた。わたしはその肩を抱いた。小さな翼が、わたしの腕に触れた。微かに温かかった。空と地上の両方を繋ぐ翼。

「一緒に答えを探そう。始祖の庭に。あなたの先祖の物語も、わたしたちの物語も、あそこで終わりにしない」

リーナが、鼻を啜りながら頷いた。

「はい。——はい。行きます。わたしも」

その声は小さかったが、震えてはいなかった。涙を拭った顔に、決意が浮かんでいた。小さな翼が、わたしの腕に触れたまま、少しだけ広がった。怯えの形ではなかった。前に進もうとする翼の形だった。

浮遊庭園の花が風に揺れて、二人の上に花粉を降らせた。金色の粒子がリーナの茶色の髪に積もって、光の冠のように見えた。午後の陽射しが傾いて、長い影が二人をベンチの上で繋いでいた。

その夜、エリオット様に報告した。リーナの家系のこと。そして、旅にリーナも連れていきたいこと。

バルコニーで、夜の雲海を見下ろしながら話した。月が半分雲に隠れていて、雲海の表面が斑に光っている。夜風が翼を撫でて、羽根の隙間から冷気が入り込んだ。

「リーナは古代文字が読める。おばあちゃんから教わったそうです。始祖の庭で必要になるかもしれません」

エリオット様は少し考えてから頷いた。月光が銀色の髪に落ちて、輝いている。

「三人か。悪くない。リーナには——私からも礼を言わなければ。鍵を見つけてくれたこと」

「リーナに直接言ってください。あの子、殿下に面と向かって話すと緊張して固まりますけど」

「……そんなに怖がられているのか」

「怖がっているのではなくて、憧れているんです。空の国の皇子ですもの。リーナにとっては、物語の中の人が目の前にいるようなものですよ」

エリオット様が意外そうな顔をした。翼が少し開いて、また閉じた。照れているのかもしれなかった。

窓の外を見た。アルシエルの西端が、以前より暗く見える。雲が確実に薄くなっている。塔の根元近くでは、雲の隙間から暗い虚空が覗いている箇所があった。市場の商人たちも「最近、雲の色がおかしい」と噂していると、リーナが教えてくれた。浮遊通路を歩くとき、足元がわずかに揺れる感覚がある。雲の基盤が弱くなっている。

夜風が翼を撫でて、羽根の間から冷気が入り込んだ。身震いした。故郷の崖で吹く風は、もっと温かかった。湿った土の匂いを含んだ、重い風。空の国の風は薄くて乾いていて、匂いが少ない。この違いがいつか分からなくなるのだろうか。地上の風の記憶が消えて、空の風だけが「風」になる日が来るのだろうか。

始祖の庭に行かなければならない理由が、もう一つ増えた。代償を消すためだけではない。アルシエルの雲を喰らうものを止めるため。それが始祖の庭に関係しているのかは分からない。けれど、全てが繋がっている気がした。

百年前の悲劇。代償。雲食い。リーナの家系。そして、石碑の碑文——「翼は空に在らず、意志に在り」。

一本の糸が、全てを貫いている。まだ見えないが、確かにそこにある。糸を引けば、全てが動く。あるいは、全てが解ける。どちらになるかは、始祖の庭に行かなければ分からない。

わたしはエリオット様の横顔を見た。月光に照らされた銀色の髪が、夜風に揺れている。この人は、わたしのために代償の真実を調べ続けた。わたしのために書庫に通い詰めた。地図を見つけてくれた。わたしは、この人の隣にいることを、自分で選んだ。政略でも契約でもなく、わたしの意志で。

その意志が、翼なのだと——まだ完全には理解できていないが——そう感じ始めていた。

「エリオット様。いつ出発しますか」

「準備ができ次第。三日後には」

三日。それは長いのか短いのか。記憶の欠落が進む中で、三日はとても長い時間に思えた。三日の間に、また何かを忘れるかもしれない。けれど、準備なしに飛び出せる距離ではない。エリオット様の判断を信じるしかなかった。

「分かりました」

わたしは窓辺に立ち、暗くなりかけた雲海を見つめた。翼の付け根が、かすかに疼いた。エリオット様の感情ではない。もっと遠くから来る、冷たい振動。地の底から響く太鼓のような、低い脈動。

雲海の底で見た、あの暗い影。空を喰らう虚。

それが、確実に、近づいている。

夜風が一段と冷たくなった。わたしは翼を畳んで、部屋に戻った。枕元に、あの銀色の羽根をまだ置いている。最初に翼が消えたとき、枕に残っていた一枚。触れると、まだ温かかった。

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