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追放薬師と白銀竜の辺境調剤所

第3話 第3話

第3話

第3話

朝の斜面は、昨日よりも鮮やかに見えた。

雨上がりの湿気が残る土を踏みしめながら、ユーリはヤマニガナの群生地まで降りていった。根元の土を指で掘ると、白い根が現れた。太さは小指ほど。王都で流通する栽培品の倍はある。やはり寒冷地で時間をかけて育った野生種は、根に蓄える成分の密度が違う。

三本ほど丁寧に抜き取り、次にホソバ蓮華の方へ向かった。こちらは葉を使う。朝露がまだ残っている時間帯が摘み頃だ。露が蒸発すると葉の表面が硬くなり、擂り潰すのに余計な力がいる。十二年の経験が、手を勝手に動かしていた。

小屋に戻ると、まず井戸で汲んできた水でヤマニガナの根を洗った。土を落としながら断面を確認する。繊維がきめ細かく、切り口からじわりと樹液が滲む。上物だった。

乳鉢にホソバ蓮華の葉を入れ、摺り棒で潰し始めた。慣れた動作だった。手首の角度、力の入れ方、回す速度。すべてが体に染みついている。葉が繊維ごと崩れて青い泥状になるまで、焦らず、一定のリズムで擂る。

途中でヤマニガナの根を薄く削ぎ、少量の水と一緒に乳鉢に加えた。根の抗炎症成分と、葉の鎮痛成分を混ぜ合わせる。本来なら蜜蝋か獣脂で練るところだが、手持ちにない。代わりに根の樹液の粘りを利用して、湿布として肌に留まる硬さに調整した。

粗末な処方だった。王宮の調合室なら、もっと精製された軟膏に仕上げられる。蒸留器があれば成分を抽出できるし、乾燥棚があれば保存用の粉薬にもできる。けれど今あるのは乳鉢と摺り棒と、この斜面に生えている薬草だけだ。

それでいい。ユーリは湿布の出来を指先で確かめた。粘度、温度、匂い。薬師の指が覚えている感覚と照らし合わせて、悪くない、と判断した。

清潔な布がなかった。少し迷ってから、自分の替えの肌着の裾を裂いた。洗って乾かしたばかりのものだ。適当な大きさに切り分け、湿布を薄く延ばして載せる。これで膝に巻けば、半日は効果が持つはずだった。

湿布を木の葉で包み、小屋を出た。村の中央の広場へ向かう道すがら、畑仕事をしている男と目が合った。男は鍬の手を止めてこちらを見たが、やはり何も言わずに視線を外した。ユーリも何も言わず、軽く頭を下げて通り過ぎた。

マーラの家は広場の井戸から少し奥に入ったところにあった。村で一番古いらしい石造りの家で、壁は苔に覆われているが、戸口の前だけはきれいに掃き清められている。煙突から細い煙が上がっていた。

戸口の前で声をかけようとしたとき、中からマーラが出てきた。右手に杖を突いている。昨日は杖を使っていなかった。朝は特に痛むのだろう。冷えが関節に溜まる時間帯だ。

「あんたか。何か用かい」

「昨日の毛布のお礼に——これを」

ユーリは木の葉の包みを差し出した。マーラは怪訝そうに受け取り、開いて中を見た。

「何だい、これは」

「湿布です。膝に巻いてください」

マーラの目が鋭くなった。

「膝なんて、誰が悪いと言った」

「昨日、歩いているのを後ろから見ました。右膝を庇っている。着地のたびに上体がぶれるのは、膝の内側に炎症があるからです」

言ってしまってから、余計なことだったかと思った。初対面の余所者に体の弱みを見抜かれて、気分のいい人間はいない。ましてや村長だ。弱い姿を見せたくない気持ちは当然ある。

だがマーラは怒らなかった。湿布を持つ手が、わずかに震えていた。

「……薬かい」

「ヤマニガナの根とホソバ蓮華の葉で作りました。この辺りに自生しているものです。炎症を抑えて、痛みを和らげます。劇的には効きませんが、毎日続ければ楽になるはずです」

マーラはしばらく湿布を見つめていた。それから顔を上げて、ユーリの目をまっすぐに見た。

「巻き方を教えてくれるかい」

家の中に通された。囲炉裏の前にマーラが腰を下ろし、右足を伸ばした。ユーリは膝の横に座り、裾をめくらせてもらった。

膝は腫れていた。内側がうっすら赤みを帯びている。触れると熱を持っているのが分かった。慢性的な炎症が長く続いている証拠だ。関節の変形はまだ軽度だが、このまま放置すれば数年で歩行に支障が出る。

「少し冷たいですよ」

湿布を膝の内側に当て、布を巻いていく。きつすぎず、緩すぎず。血流を妨げない程度に、しかし動いてもずれない強さで固定する。何百回と繰り返してきた手つきだった。

マーラが息を吐いた。

「……ひんやりして、気持ちいいね」

「薬草の成分が沁み込むまで、このまま半刻ほど動かずにいてください。外す頃には少し楽になっているはずです」

「あんた」

マーラが、皺の奥の小さな目でユーリを見上げた。

「王宮にいた人かい」

ユーリの手が止まった。布の端を結ぶ途中だった。

「……どうして」

「手つきだよ。うちの村にも薬草を煎じる婆さんはおったが、こんな手つきはしなかった。迷いがないんだ。何百回もやった人の手だ」

ユーリは布の端を結び終えてから、静かに答えた。

「薬務院に、十二年おりました」

「薬務院。王宮の」

「はい。ただの薬師です」

マーラは何も言わなかった。追放の理由も、ここに来た経緯も聞かなかった。ただ湿布の巻かれた膝を眺めて、囲炉裏の火に薪を一つ足した。

沈黙が流れた。けれどそれは気まずい沈黙ではなかった。囲炉裏の火が爆ぜる音と、壁の向こうで風が鳴る音だけが、静かに部屋を満たしていた。

「お茶でも淹れようか」とマーラが言った。

「いえ、膝を動かさないでください。自分で——」

「棚の上の缶だ。葉を一つまみ、湯はそこの鉄瓶」

ユーリが茶を淹れている間に、戸口の外で物音がした。振り返ると、小さな顔が二つ、戸口の隙間からこちらを覗いていた。

子どもだった。七つか八つくらいの男の子と、その後ろに隠れるようにして、もう少し小さな女の子がいる。男の子の方がユーリと目が合うと、さっと引っ込んだが、すぐにまた顔を出した。

「こら、トルテ。覗き見するんじゃないよ」

マーラが声を上げると、男の子が観念したように戸口に立った。

「だって、余所者が村長んちにいるって——」

「余所者じゃないよ。薬師さんだ」

マーラがさらりと言った。ユーリは茶碗を持ったまま、少し面食らった。昨日今日の人間を「薬師さん」と呼ぶのは、この老婆なりの信用の示し方なのかもしれなかった。

「薬師? 薬作る人?」

トルテと呼ばれた男の子が、目を丸くして小屋の中に首を伸ばした。後ろの女の子も、兄の服の裾を掴んだまま、おずおずと覗き込んでいる。

「そうだよ。あの村外れの小屋にいるから、体の具合が悪いときは行ってみな」

「あの小屋、お化け出るって——」

「出ないよ。ねえ、薬師さん」

ユーリは小さく笑った。

「出ません。雨漏りはしますが」

トルテが声を上げて笑った。女の子もつられて小さく笑い、すぐにまた兄の背中に隠れた。二人は「あとで小屋見に行ってもいい?」と聞いて、返事を待たずに走り去っていった。

静かになった部屋で、マーラが茶を啜った。

「子どもが来るなら、少しは屋根を直したほうがいいね」

「そうですね」

帰り道、ユーリは小屋の裏手を回った。屋根の修理に使えそうな板がないか探すつもりだった。小屋の裏は斜面がそのまま続いていて、すぐに崖の縁に至る。覗き込むと、切り立った岩壁が深い谷底へ落ちていた。高さは相当ある。崖の上からは冷たい風が吹き上げてきて、汗ばんだ首筋を冷やした。

崖沿いに数歩歩いたとき、ユーリの足が止まった。

崖の中腹——小屋から見える範囲のぎりぎり端に、何かが光っていた。銀色の、淡い光だ。日差しの反射とは違う。岩肌にへばりつくように生えた何かの葉が、朝の光の中で自ら発光しているように見えた。

目を細めた。距離があって形ははっきり見えないが、葉の色は周囲の草とは明らかに異なっている。あの斜面に群生していた紫がかった薬草とも違う。もっと白く、もっと透き通った銀色だった。

降りていける場所ではなかった。崖の途中に足場はなく、ロープもない。けれどユーリの目は、その銀色の光から離れなかった。薬師として生きてきた三十四年の中で、あの色を持つ植物を見たことがない。

風が崖の下から吹き上がり、銀色の葉を揺らした。一瞬、葉の裏側が光って、鱗のように煌めいた。

何だろう。

ユーリは崖の縁にしゃがみ込んだまま、しばらくその光を見つめていた。急ぐ必要はなかった。明日、降りられる道を探せばいい。この村には、まだ知らないものがたくさんある。

背後の小屋から、トルテたちの声が聞こえた。約束より早く見に来たらしい。ユーリは立ち上がり、崖に背を向けた。銀色の光は、視界の端でまだ静かに揺れていた。

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