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追放テイマーと霜銀の伝説種

第1話 第1話

第1話

第1話

「戦犯はお前だ、カイ」

ギルドハウスの広間に、鷹見の声が響いた。壁に掛けられた討伐記録の羊皮紙が、その声の圧でかすかに揺れる。長テーブルを囲む十二人の視線が、一斉に真田カイへ集まった。

カイは黙っていた。腕の中で、手のひらほどの小型スライム——ヌルが、びくりと身を震わせたのが分かった。半透明の体が不安げに青白く明滅している。カイは咄嗟にヌルを掌で覆い隠した。この場でスライムの発光を見せれば、さらに嘲りを買うだけだ。

「Bランクダンジョン『鉄棘の坑道』第七層。ボス戦で前衛が崩れた原因は、テイマーが戦力を出せなかったからだ」

鷹見は腕を組んだまま、長テーブルの上座からカイを見下ろしていた。鋼鉄の胸当てに刻まれた蒼穹の剣の紋章が、ランプの灯りを受けて鈍く光る。その隣に座る副長のミナも、後衛の魔術師たちも、誰一人としてカイを庇う声を上げなかった。

広間には土と鉄錆の匂いが漂っていた。つい数時間前に帰還したばかりだ。まだ全員の装備に坑道の泥がこびりついている。壁際の武器掛けには、刃こぼれした剣や罅の入った盾が無造作に立てかけられ、今回の攻略がどれほど過酷だったかを物語っていた。

「テイム適性値7。従魔枠はたった1。しかも従えてるのが——」

鷹見の視線が、カイの腕の中のヌルに落ちた。

「戦闘力ゼロのスライム一匹。お前がパーティにいると、テイマー枠が一つ無駄になる」

事実だった。テイマーという職は本来、強力な魔獣を従えてパーティの火力や防御を補強する要職だ。Bランクのテイマーなら三体から五体の戦闘用魔獣を操り、前衛と後衛の間を埋める。カイにはそれができない。適性値7は、ギルド協会の測定記録で最低の数値だった。

「鷹見、俺は索敵と罠感知で——」

「それはテイマーの仕事じゃない」

遮る声に温度はなかった。広間の空気がさらに重くなる。テーブルの向こうで、回復術師のレンがばつの悪そうに目を逸らすのが見えた。第五層でカイの索敵に命を救われた一人だ。それでも、口を開く気配はない。鷹見は事務的に羊皮紙を一枚、テーブルに滑らせた。

「除名決議書だ。全員の署名は済んでいる」

カイは紙面に目を落とした。十一の署名。入団してから二年、共に潜った仲間たちの名前が並んでいる。最後の欄——ミナの几帳面な筆跡が、いちばん堪えた。入団初日に「ようこそ」と微笑んでくれたのは彼女だった。あの丁寧な文字が、今は退団を命じる書面に載っている。

広間の空気が重い。誰かが椅子を軋ませた音だけが、沈黙の中に落ちた。

「お前のために言ってるんだ。蒼穹の剣はこれからAランクを目指す。足を引っ張る奴を置いておく余裕はない」

鷹見の言葉には、侮蔑よりも厄介な響きがあった。本気でそれが親切だと思っている口調だ。

カイはヌルを抱え直した。スライムの体温はいつも少しだけ冷たい。それでもカイの掌に馴染むように形を変え、ぴたりと寄り添っていた。反論すべき言葉はいくつも浮かんだ。第七層のボス戦で前衛が崩れたのは、鷹見自身が陣形を無視して突出したからだ。ヌルの索敵がなければ第五層の落とし穴で全滅していた。だがそれを言ったところで、十一の署名が消えるわけではない。

言葉を飲み込んだ喉が、鉄錆の味がした。坑道で噛んだ唇の傷がまだ塞がっていない。カイは奥歯を噛みしめ、震えそうになる指先に力を込めた。

「……分かった」

カイは除名決議書を手に取り、最後の欄——被除名者の署名欄に、自分の名前を書いた。ペン先が紙の繊維を引っ掻く感触が、妙に鮮明だった。ペンを置く音が、やけに大きく響いた。

踵を返す。広間を出る。背中に視線が刺さっていたが、振り返らなかった。長い廊下を歩く間、革靴の底が石の床を叩く音だけが自分の足取りを確かめてくれた。

ギルドハウスの玄関扉を押し開けると、夕暮れの街が広がっていた。赤い日差しが石畳を染め、遠くでギルド街の喧騒が聞こえる。鍛冶屋の槌音、酒場から漏れる笑い声、魔獣の低い唸り——冒険者たちの日常が、何事もなかったように続いている。

外の空気は坑道の泥臭さとは違い、焼きたてのパンと馬糞と秋草が混じった匂いがした。生活の匂いだ。ついさっきまで自分もこの街の一端を担っていたはずなのに、もうどこにも繋がっていない気がした。

カイは右手をギルドカードにかざした。薄い金属板の表面に浮かぶ文字列が、ゆっくりと書き換わっていく。

所属ギルド:蒼穹の剣。

その文字が、砂が風に攫われるように消えた。代わりに浮かんだのは——空白。何も刻まれていない、冷たい空欄だけが残った。

所属なし。Eランク。テイム適性値7。従魔枠1/1。従魔:スライム(個体名:ヌル)。

それがカイのすべてだった。

石段に腰を下ろした。夕日が長い影を引いている。ギルドハウスの窓からは、もう誰もこちらを見ていなかった。カイはとっくに「済んだ案件」なのだろう。

腕の中のヌルが、ぷるり、と震えた。半透明の体の中に、微かな光の粒が揺れている。感情に反応して発光するのはスライムの中でも稀な個体特性だった。だがそんなことを気にかける学者はいない。戦闘力ゼロ。ギルド協会の分類では「素材用スライム——経済価値:下」。それがヌルに与えられた評価のすべてだ。

「腹、減ったか」

カイはポーチから小さな魔石の欠片を取り出した。最低品質の、ほとんど価値のない屑石。それでもヌルにとっては食事になる。スライムが嬉しそうに欠片を包み込み、体内でゆっくり溶かしていくのを眺めながら、カイは息を吐いた。魔石が溶けるにつれ、ヌルの体の中に淡い燐光が広がる。それは見ようによっては綺麗だった。だが「綺麗」は戦場では何の役にも立たない。

明日からの生活を考えなければならない。ギルドに所属しないフリーの探索者でもダンジョンには潜れる。だが報酬は大幅に下がり、情報共有の恩恵もなくなる。パーティを組む相手もいない。テイム適性値7のEランクテイマーを誘う物好きなどいないだろう。

それでも、潜るしかない。ヌルを養うには魔石がいる。自分が食うにも金がいる。安い低層ダンジョンで素材を拾い、日銭を稼ぐ。それが明日からのカイの現実だった。

石段の冷たさが尻から背中に染みてくる。秋の風が首筋を撫で、ギルド街の通りに枯葉を転がした。空が赤から紫に変わり始めている。街灯の魔石がひとつ、またひとつと灯り始め、行き交う冒険者たちの影を長く伸ばしていた。

ふと、ヌルがカイの手首に登ってきた。小さな体が袖口から腕を伝い、肩まで移動して、そこに落ち着く。まるで「ここにいるぞ」と言うように、ぴたりと張りついた。微かに温かい。いつもは冷たいヌルの体温が、ほんの少しだけ上がっている気がした。

「……ヌル」

カイはスライムの丸い体に指先で触れた。ぷにりとした弾力が返ってくる。二年前、テイマー資格を取ったばかりの頃に初めて契約した相棒。誰もがもっと強い魔獣に乗り換えろと言った。適性値7ではまともな魔獣と契約できないと分かってからは、テイマーそのものを辞めろと言われた。

それでも、ヌルとの契約だけは解かなかった。理由を聞かれても、うまく答えられない。ただ——この小さな体がカイの肩に乗っている重さだけが、自分がテイマーである証だった。

「お前だけは手放さない」

声に出すと、少しだけ背筋が伸びた。ヌルが応えるように明滅する。青白い光が、暮れかけた石段をほんのわずか照らした。その光は弱い。松明の足元にも及ばない。それでも暗がりの中では、確かにそこにある光だった。

カイは立ち上がった。ギルドハウスの明かりが背後で灯る。もう自分の居場所ではない光だ。前を向く。ギルド街の外れにある安宿の方角へ、一歩を踏み出した。石畳を踏む足裏に、まだ坑道の疲労が残っている。膝が軋むのを無視して、二歩、三歩と進んだ。

ポケットの中で、所属欄の空白になったギルドカードが、体温を吸って温まっている。その裏面に刻まれた探索者登録番号だけが、カイがまだこの世界に立っていることを証明していた。

明日、ギルドボードで依頼を探す。低層でいい。稼げなくていい。潜って、拾って、生きる。

肩の上のヌルと二人、カイは夕闇に歩き出した。

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