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無能の軍師は大陸を謀る

第3話 第3話

第3話

第3話

三百の敗残兵が、文淵を見ていた。

虎牙関の廃墟。崩れた城壁の残骸が、兵たちの背後に墓標のように連なっている。南西の土煙は刻一刻と近づき、鉄嵐の追撃部隊がこの廃墟に到達するまで、もはや一刻を切っていた。冬の陽は低く、瓦礫の影が長く伸びて、兵たちの足元を黒く塗りつぶしている。風が吹くたびに砲撃で焼けた石の臭いが舞い上がり、兵たちの鼻腔を刺した。焦げた土と、硝煙と、そしてまだ瓦礫の下から漂う——名を呼べぬ者たちの残り香。

文淵は崩れた城門の台座に立っていた。見上げる形になった兵たちの目に映る男は、相変わらず痩せた体躯に灰色の官服をまとった、およそ武将らしからぬ姿だった。頬はこけ、官服の襟元は煤で黒ずんでいる。腰に剣はなく、代わりに墨と筆を入れた革袋が下がっていた。だがその足元には、轟雷砲が穿った直径三間の大穴がある。文淵はその縁に立ち、穴を背負うようにして三百の顔を見渡した。

恐怖。疲弊。諦観。虎牙関で八千の仲間を失い、命からがら逃れ、大将軍からは捨て駒として放り出された者たちの顔だ。ある者は包帯の隙間から血を滲ませ、ある者は武器すら手放してただ座り込んでいる。最前列の若い兵は、膝を抱えたまま微かに震えていた。この男たちに、戦えと言わねばならない。

「聞け」

文淵の声は大きくなかった。だが廃墟の石壁に反射し、不思議な明瞭さで三百の耳に届いた。

「お前たちは轟雷砲に城壁を砕かれた。八千の仲間を失った。この兵器の前では人も城も紙と同じだと、そう思っているだろう」

誰も答えない。だが数人の兵が微かに頷いた。あの轟音を。石壁が紙のように崩れ落ちる光景を。仲間の体が瓦礫と共に吹き飛ぶ瞬間を。忘れられるはずがない。

「だが轟雷砲には致命的な弱点がある」

文淵は足元の弾痕を指さした。

「この弾痕を見ろ。二つの痕の間隔を歩数で測った。百三十歩。轟雷砲は斉射の際、砲ごとに百三十歩以上の間隔を必要とする。砲身が生む衝撃波が隣の砲に干渉するためだ。つまり十二門の砲を並べるには、横幅だけで千五百歩を超える陣地が要る」

兵たちの目に、わずかな変化が生まれた。恐怖の中に、理解しようとする光が混じる。

「次に装填だ。この砲は一射ごとに二百息——およそ半刻の装填時間を要する。間者の報告と、砲撃の間隔が一致した。しかも実戦の連続射撃では砲身が過熱する。三射目以降、装填間隔はさらに延びる。四射、五射と重ねれば、砲身の冷却だけで半刻は動けん」

文淵は弾痕の縁にしゃがみ込み、焦げた石の表面を指でなぞった。指先に黒い�ite油のような膜がこびりつく。文淵はそれを親指と人差し指で擦り合わせ、一瞬、考え込むように目を細めた。

「そして装填の間、砲は完全に無防備になる。だから鉄嵐は一門につき二十名の護衛兵を張りつけている。十二門で二百四十名。この護衛兵は砲から離れられない。装填中に砲を奪われれば、鉄嵐の切り札が敵の手に渡る。彼らにとって最も恐ろしい事態だ」

文淵は立ち上がった。

「つまり轟雷砲が火を吐いた直後——次弾の装填が始まった瞬間から半刻の間、砲は牙を失った獣になる。そしてその獣の周囲には、獣を守るために兵力が釘付けにされている。砲陣地の外、つまり野戦の兵力はその分だけ薄くなる」

沈黙が落ちた。兵たちは文淵の言葉を咀嚼していた。だが疑念の色は消えない。前列の老兵が、低い声で言った。

「理屈はわかる。だが俺たちは三百だ。鉄嵐の追撃部隊は何千いる。弱点があろうがなかろうが、数で潰される」

周囲の兵が頷く。文淵は老兵の目を見据えた。反論するつもりはなかった。この男の言うことは正しい。正面からぶつかれば、三百と五千では勝負にならない。弱点を知っているだけでは、戦には勝てない。

「正面からは戦わない」

文淵がそう言いかけた時、別の声が割り込んだ。

「装填間隔の話——砲身の素材は何だ」

兵たちの間から、一人の男が前に出た。背は低いが肩幅が広く、両腕には火傷の痕が幾筋も走っている。手は大きく、指の節々に古い胼胝が盛り上がっていた。鍛冶か、あるいは——

「元工兵・趙瑛。虎牙関の城壁修繕を担当していた」

名乗りは簡潔だった。趙瑛と呼ばれた男は文淵の前まで歩み出ると、足元の弾痕をしゃがみ込んで観察した。焦げた石の表面を爪で擦り、匂いを嗅ぐ。その所作には迷いがなかった。石の焦げ方、亀裂の入り方、砕けた断面の色——職人の目が、砲撃の痕跡から情報を読み取っていく。

「この焦げ方は尋常じゃない。通常の火薬ではこの温度には達しない。砲身の素材が青銅なら三射で歪む。鋼鉄でも五射が限界だろう。だが鉄嵐は十二門で連続斉射をかけた。砲身に何か特殊な合金を使っているか、あるいは——」

趙瑛は顔を上げ、文淵を見た。

「——砲身を使い捨てにしている。一戦ごとに砲身を交換する前提の設計なら、装填時間の長さにも説明がつく。砲身の冷却ではなく、砲身そのものの交換を含めた時間だ」

文淵の目が細くなった。間者の報告書にはなかった視点だ。だが趙瑛の推論は、弾痕の物理的証拠と整合する。

「使い捨ての砲身を前線まで運ぶには、相当の兵站が要る」文淵は静かに言った。「砲本体に加えて交換用砲身、特殊火薬、護衛兵力。轟雷砲一門を運用するために、鉄嵐はどれだけの人と物資を砲に縛りつけているか。そこが——」

「急所だ」趙瑛が文淵の言葉を引き取った。「理屈は通る。城壁を砕く力と引き換えに、砲は鉄嵐の兵站を食い尽くす怪物になっている。怪物の餌を断てば、砲は鉄の塊に戻る」

二人の視線が交差した。趙瑛の目には、老兵たちのような疑念はなかった。代わりにあったのは、職人が構造物の設計図を読み解く時の、冷徹な分析の光だった。

「お前の名は」

「陸文淵。末席軍師だ」

「末席か」趙瑛は鼻を鳴らした。「末席にしては、砲の構造をよく見ている」

文淵は答えなかった。六年間、末席から見続けてきたものがある。誰も聞かなかった声が、初めて応答を返された。それだけのことだ。だが胸の奥で、何かが軋むように熱くなるのを感じていた。六年分の言葉が喉元までせり上がるのを、文淵は奥歯を噛んで押し留めた。今はまだ、語るべき時ではない。

兵たちの空気が変わり始めていた。恐怖が消えたわけではない。だが恐怖の中に、別の感情が芽生えている。理解だ。轟雷砲は無敵の兵器ではない。構造があり、弱点があり、限界がある。石に刻まれた物理法則は嘘をつかない——文淵が弾痕から読み取ったその事実が、趙瑛という専門家の口を通じて、兵たちの中に浸透し始めていた。

「ただし」趙瑛が立ち上がり、文淵に向き直った。「弱点を知ることと、それを突く手段があることは別だ。三百の敗残兵で、どうやって砲陣地に——」

その時だった。

廃墟の東端——砲弾が届かなかった区域の瓦礫の向こうから、怒号が上がった。見張りに出ていた兵二人が、誰かを引きずるようにして戻ってくる。

「軍師殿。東の沢で一人捕らえました。鉄嵐の軍衣を着ています」

兵たちの間に緊張が走った。武器を持つ者が一斉に構える。引きずられてきたのは、小柄な人影だった。鉄嵐の濃紺の軍衣は泥と血に汚れ、右の袖が肘から裂けている。髪は乱れ、顔には擦り傷が幾筋も走っていたが、その目だけが異様に鋭く、捕縛した兵たちの顔を順番に睨みつけていた。

女だった。

見張りの兵が報告する。「武器は持っていませんでしたが、懐にこれが」

差し出されたのは、油紙に包まれた図面の束だった。文淵が受け取り、油紙を開く。一枚目を見た瞬間、文淵の指が止まった。

砲身の断面図だ。寸法の書き込み。素材の注記。装填機構の詳細——間者が命懸けで断片を持ち帰った情報の、その原本がここにある。文淵の手が、微かに震えた。図面の筆致は正確で、寸法線の一本一本が迷いなく引かれている。これは写しではない。設計した人間が自らの手で描いた原図だ。

文淵が顔を上げた時、女は見張りの兵の拘束を振り解こうともがきながら、廃墟に響き渡る声で叫んだ。

「砲を壊す方法を知っている。私はあの砲を造った技師だ」

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