Novelis
← 目次

灰になった七年と楽園の剣

第1話 第1話

第1話

第1話

「七年だ、セラフィーナ。七年もの間、私はお前に期待をかけ続けた」

玉座の間に、王太子レオンハルトの声が冷たく響いた。期待、と彼は言った。まるで私が一方的に恩恵を受けていたかのように。

高い天井に声が反響し、石壁に吸い込まれて消える。玉座の背後に掲げられた王家の紋章——黄金の獅子が牙を剥く意匠——が、午前の陽を受けて鈍く光っていた。その獅子を、私は七年間、忠誠の象徴として仰いできた。今はただ、嘲笑っているように見える。

私は黙って立っていた。背筋を伸ばし、両手を前で組み、公爵令嬢としての礼を崩さずに。七年間そうしてきたように。足元の赤い絨毯の繊維の一本一本まで意識が届くほど、感覚は研ぎ澄まされていた。心臓は静かだった。不思議なほどに。まるで、この瞬間がいつか来ることを、体のどこかがとうに知っていたかのように。

レオンハルトの隣に、見知らぬ少女が立っている。亜麻色の髪に翡翠の瞳。胸元に聖印の刺繍が施された白い法衣を纏い、まるで祭壇画から抜け出したかのような佇まいだった。聖女。王国に百年ぶりに現れたという、神の寵愛を受けた存在。

「聖女リーネル殿が降臨された。王家は神意に従い、彼女を正妃として迎える。よって——お前との婚約は、本日をもって破棄する」

レオンハルトは真っ直ぐ前を見ていた。私の目を見なかった。七年前、婚約の儀で「共に国を導こう」と誓ったとき、彼は確かに私の目を見ていたはずだ。あの言葉は、彼にとってどの程度の重さだったのだろう。

玉座の間に居並ぶ貴族たちの間を、さざ波のようにざわめきが走った。同情ではない。好奇だ。公爵令嬢がどんな顔をするか、どう取り乱すか、それを見たいだけの視線が四方から突き刺さる。扇の陰に隠された口元が動くのが、視界の端に映る。明日の社交界の話題は決まった、とでも言いたげに。誰かが立てた衣擦れの音が、静まり返った広間に不釣り合いなほど大きく聞こえた。

聖女リーネルが小さく口を開いた。

「セラフィーナ様、ごめんなさい。私、こんなつもりでは——」

その声は、春の小川のように澄んでいた。計算があるのかないのか、この場では判別しようがない。ただひとつ確かなのは、この少女の微笑みひとつで、私の七年間が灰になったということだ。

政務報告書の束を抱えていた。今朝提出するはずだった、北部五領の税収分析と来期の穀物流通計画。三晩かけて仕上げたものだ。蝋燭の灯りの下で数字を突き合わせ、過去十年分の収穫記録と照合し、余白に改善案を書き込んだ。インクの染みがまだ指先にうっすらと残っている。

私はそれを静かにレオンハルトの足元に置いた。羊皮紙が絨毯の上でかすかに音を立てた。あの三晩分の重さが、その程度の音にしかならなかった。

「最後のご報告です、殿下。北部の税制改革案と流通整備計画。お役に立てば幸いです」

レオンハルトの指が、一瞬だけ肘掛けの上で強張ったように見えた。気のせいかもしれない。もはや確かめる意味もない。

それだけ言って、踵を返した。涙は出なかった。出るはずがない。七年間、政務と外交に費やした時間は、泣き方を忘れるには十分すぎた。

背中に視線が集中しているのがわかる。一歩、また一歩。靴音が玉座の間の石床に硬く響く。この広間を出るまで、背筋は折れない。それだけが、今の私にできる最後の抵抗だった。

玉座の間を出ると、回廊には午後の陽光が差し込んでいた。白い大理石の柱が規則正しく影を落とし、その光と影の境界を一歩ずつ踏んで歩いた。かつてこの回廊を、レオンハルトと並んで歩いたことがある。外交書簡の文面について議論を交わしながら。あのとき彼は、私の草案を「見事だ」と評した。あれは何だったのだろう。

大理石の冷たさが靴底を通して伝わってくる。空気の中に微かな香——回廊沿いに植えられた白薔薇の匂いだ。以前は好きだったその甘さが、今は喉の奥に貼りつくようで不快だった。

「お嬢様」

振り返ると、家令のロザが立っていた。四十を過ぎた女性で、灰色がかった髪をきっちりと結い上げている。その目元が赤い。私よりも先に泣いてくれたらしい。

「馬車の支度は整っております」

「早いわね」

「このような結末は、想定しておりましたので」

ロザの声は平坦だったが、その平坦さの中に怒りが滲んでいた。この人は、私が王都に来る前から仕えてくれている。幼い頃、剣術の稽古で手に豆を作るたびに、薬を塗ってくれたのもこの人だ。

「お父様のご容態は」

「芳しくありません。先月から床を離れられぬ日が増えたと」

胸の奥が軋んだ。父——フェルディナント公爵は、かつてこの王国で最も切れる政治家と呼ばれた人だった。私を王太子の婚約者に据えたのも、公爵家の命運を賭けた布石のはずだった。その布石が、聖女の一言で無に帰した。父はそれを知っているだろうか。知って、病が深くなったのではないか。

王都を離れて七年。父の声を最後に聞いたのはいつだったか。書簡では変わらぬ筆致で政務の助言を寄越していたが、あの力強い筆跡の裏で、体はとうに蝕まれていたのだろう。娘の私が、気づけなかった。気づこうとしなかった。

「ロザ、荷物は最小限でいいわ。書物と、剣と、魔導書だけ持ち出して」

「ドレスは」

「領地で着飾る相手はいないもの」

ロザは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく頷いた。その唇が微かに震えているのを、私は見て見ぬふりをした。

王都の正門を馬車がくぐるとき、衛兵が敬礼をした。形式的なものだ。明日からはもう、この門を通る資格がない。婚約破棄とは、すなわち王家との縁の断絶。公爵家の名は残るが、政治的な影響力は地に落ちる。

それでいい。最初から、私の居場所はここにはなかったのかもしれない。

馬車が石畳の道を離れ、街道に入ると、窓の外の景色が変わった。整えられた農地が次第にまばらになり、やがて荒れた草原が広がり始める。王都から北東へ二日——クランメル公爵領。私が生まれ育ち、そして七年間離れていた土地。

記憶の中の領地は、もっと豊かだった。春には麦畑が金色に波打ち、領都の市場には近隣の商人たちが集い、父の治世のもとで民は穏やかに暮らしていた。

だが今、馬車の窓から見える風景は、記憶とはまるで違っていた。

畑は放棄され、雑草が腰の高さまで伸びている。水路は崩れ、濁った水がだらしなく地面に染み出していた。道沿いの家屋は屋根が傾き、人の気配がない。かつて賑わっていた街道の宿場は廃墟同然で、看板だけが風に揺れてかすかに軋んでいる。

馬車が宿場の前を通り過ぎるとき、壊れた窓の奥に人影が見えた気がした。目を凝らしたが、すでに通り過ぎていた。残っている民はいるのだ。この荒れ果てた土地にしがみつき、それでも生きている人々が。

「ロザ」

「はい」

「こんなに、荒れていたの」

声が震えた。涙ではない。怒りだ。七年間、私は王都で何をしていた。政務書類を完璧に仕上げ、外交の場で王家の名を高め、夜ごと魔導書を読み込んで——その間に、この土地はここまで朽ちていたのか。父の書簡には、一度たりとも領地の窮状は書かれていなかった。娘に余計な心配をかけまいとしたのか、それとも公爵としての矜持が許さなかったのか。どちらにせよ、知らなかったことは私の罪だ。

ロザは答えなかった。答える必要がなかった。窓の外の荒野が、すべてを語っていた。

私は拳を握った。指先に、微かに魔力が集まるのを感じる。風の属性。幼い頃から父に叩き込まれた剣術と、母から受け継いだ風系統の魔法——それが今、私に残された唯一のものだ。

婚約も、地位も、王都での七年も、すべて灰になった。

けれど剣がある。魔法がある。そして、この荒れ果てた土地がある。

馬車が領都の門に差しかかったとき、門番の老兵が目を見開いた。白髪交じりの髭が震え、槍を握る手が一瞬力を失ったように見えた。

「——セラフィーナお嬢様?」

その声は掠れていた。驚きと、信じられないものを見たような畏れと、そしてほんの僅かな——希望が、滲んでいた。

「ただいま戻りました」

私はそう言って、馬車を降りた。足元の土は乾き、ひび割れていた。風が砂埃を巻き上げ、頬を叩く。乾いた風だ。王都の薔薇の香りなど、ここには届かない。土と、枯れ草と、かすかな煙の匂い。それが私の領地の匂いだった。

ここが、私の戦場になる。

この話はいかがでしたか?

↓ スクロールで次の話へ

第1話 - 灰になった七年と楽園の剣 | Novelis