第27話
第27話「告白の返事」
# 第27話「告白の返事」
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十四通の手紙と、一つの返事を持って、騎士団の庭園に向かった。 夏の盛りだった。街路樹の葉が濃い緑に染まり、木陰が路地に涼しい島を作っている。日差しが強く、石畳が焼けて熱い。けれど歩く足は速かった。今日は水曜日。約束の日。 送れない手紙の束をドレスの内ポケットに入れてきた。十四通。手紙を控え始めてから書き溜めた言葉たち。宛先があるのに送れなかった言葉。枕の下で何週間も眠っていた言葉。今日、ユリアン様に渡す。 そしてもう一通。昨夜、何度も書き直した手紙。封をしていない。封をすると手紙になってしまうから。手紙ではなく、声で伝えたかった。紙に書いて、声で読む。紙の自分と声の自分を、同時に差し出す。 告白の返事。 朝、鏡を見た。下宿の小さな鏡。痩せた頬。でも以前よりも目に光がある。叔母の家にいた頃の、怯えた目ではない。窓辺のタイムに水をやってから、鉢の花を一つだけ摘んだ。ドレスの胸元に挿した。紫の花が白い生地の上で小さく揺れた。 あの夜から二ヶ月が経っていた。ユリアン様が勝手口で渡してくれたフェルネ家紋章入りの手紙。「三ヶ月前から想っていた。全部のあなたを。返事はいつでもいい」。その手紙はずっと手帳と鍵と一緒に内ポケットに入っていた。紙が体温を吸って柔らかくなっている。角がすり減っている。何度も取り出して読んだから。 返事を書けなかったのは、怖かったからだ。紙の上の私は饒舌で、皮肉が巧みで、言葉遊びができる。声の私は口下手で、言い淀んで、言葉が三分の一になる。どちらの私がユリアン様を好きなのか。紙の私が好きなのか。声の私が好きなのか。どちらか一方だけの告白では嘘になる。 だから、両方で伝える。紙に書いて、声で読む。それが私の答え方だ。
騎士団の庭園は、初夏に来たときとは姿が変わっていた。薔薇の盛りが過ぎて、代わりに百日紅が赤い花房をつけている。噴水の水音が庭全体に涼しさを散らしていた。木漏れ日が砂利道に落ちて、歩くたびに光の中を通り抜ける。 奥のベンチに、ユリアン様が座っていた。制服姿だった。副団長に復帰して以来、制服を着る頻度が増えた。銀の釦。肩章。腰の剣帯。けれど膝の上に本を開いている。騎士の制服で詩集を読む人。この人の矛盾が好きだ。剣を持つ手で手紙を書き、命令を下す声で詩を諳んじる。銀髪が夏の風に揺れて、後ろに撫でつけた一筋が額にかかっていた。 私の足音に気づいて、顔を上げた。本を閉じた。 「エメラ嬢」 「ユリアン様」 ベンチの隣に座った。適切な距離を空けて。膝と膝の間に、本一冊分の隙間。その隙間が、まだ残っている距離の可視化だった。 「今日は、お渡ししたいものがあります」 「何ですか」 内ポケットから十四通の手紙の束を取り出した。紐で括ってある。紐の結び方が不揃いだ。急いで結んだ日もあれば、丁寧に結んだ日もあった。 「送れない手紙です。手紙を控えていた間に書き溜めたもの。全部、ユリアン様宛てです」 ユリアン様が束を受け取った。重さを掌で確かめるように、少し持ち上げた。 「十四通」 「数えたんですね」 「重さでわかります。一通の手紙の重さは覚えていますから。あなたの便箋は普通より少し厚い」 そういうことを知っている人だ。手紙の重さを掌で測れる人。 「ここで読んでもいいですか」 「今は——まだ。もう一つ、先に」 もう一通の手紙を取り出した。封をしていない便箋。二つに折っただけの一枚。 「これは、読むのではなく——声で読みます。私が。ここで」 ユリアン様が少し驚いた顔をした。灰青色の瞳が大きくなり、すぐに穏やかな光に変わった。本を膝に置き、体をこちらに向けた。聞く姿勢。 便箋を広げた。自分の字を見た。昨夜、蝋燭の灯りの下で書いた字。すみれのように小さく、少し右に傾いている。何度も書き直した痕跡が、紙の裏に消しゴムの跡として残っている。 深く息を吸った。庭園の空気が肺に入った。薔薇の残り香と、百日紅の甘い匂いと、噴水の水の清涼な匂い。ユリアン様の隣にいる空気。 読み始めた。
「ユリアン様。告白のお返事を書きます。二ヶ月かかりました」
声が震えた。予想通りだった。でも止まらなかった。
「二ヶ月かかったのは、どの自分が返事を書くべきかわからなかったからです。手紙の中の私は言葉が得意で、声の私は言葉が足りない。どちらか一方だけで答えたら、嘘になる気がしました」
便箋を持つ手が微かに揺れている。文字が揺れて読みにくい。でも大丈夫。書いた言葉は覚えている。目で追わなくても言える。
「だから今日は、紙に書いて、声で読みます。紙の私と声の私を、両方同時にあなたに差し出します。これが、私にできる一番正直な返事です」
一度ペンを止めた箇所がある。ここからが本題だ。
「私も、あなたを想っています。紙の上でも、この声でも、全部で」
声が詰まった。涙が出た。泣くつもりはなかった。でも、声に出した瞬間に、紙の上の言葉が体の中を通って、声になって出ていった。文字が音になり、音が空気を震わせ、空気がユリアン様の耳に届く。その過程の全部を感じた。紙と声が重なった。初めて、完全に重なった。 便箋を膝に置いた。涙を袖で拭った。拭いても次が来た。 「……すみません。泣くつもりは」 「泣いてください」 ユリアン様の声も震えていた。顔を見た。灰青色の瞳が潤んでいた。目尻に光が溜まっている。この人も泣いている。騎士が泣いている。 「エメラ嬢。いえ——エメラ」 初めて、呼び捨てにされた。「嬢」がない。壁が一枚、消えた。 「私も、紙の上の言葉と声の言葉が、今やっと同じになりました。手紙に書いたことと、今言いたいことが、同じです。あなたを——」 ユリアン様が言葉を探した。詩を諳んじる口が、自分の言葉を探している。手紙なら書けるだろう。声ではなかなか出てこない。この人も、同じだ。 「あなたを、大切に思っています。紙の上でも、この声でも。全部で」 私の言葉を返してきた。同じ言葉を。同じ構造で。手紙の中でよくやった言葉遊びの変奏。でも今回は遊びではない。同じ言葉で応えることが、最も正直な返事だった。 ユリアン様が胸元のタイムの花に気づいた。 「……摘んできたのですか」 「はい。あなたがくれた種から咲いた花です。勇気の花を、今日は身につけてきました。勇気がないと、声に出せない言葉だったから」 ユリアン様が微笑んだ。目尻の涙が一筋、頬を伝った。騎士が泣くのは、二度目だ。一度目は影の郵便局の前で、私が母の秘密を語ったとき。二度目は今。どちらも、言葉が壁を越えた瞬間だった。 ベンチの上で、本一冊分の距離が消えた。ユリアン様の手が私の手に触れた。指が重なった。掌と掌が合わさった。騎士の手は大きくて、乾いていて、温かかった。私の手は小さくて、インクの染みがあって、少し冷たかった。二つの手が重なって、一つの温度になった。 噴水の水音だけが庭園に響いていた。木漏れ日が二人の肩に落ちて、光の斑点がゆっくりと動いた。時間が止まったのではない。時間がゆっくり流れている。手紙を読むときの時間と同じだ。一文字ずつ噛みしめるように、一秒ずつ味わっている。 十四通の手紙の束が、ユリアン様の膝の上で日差しを浴びていた。これから一通ずつ読んでもらえる。送れなかった言葉が、ようやく届く。 タイムの花が庭園にも咲いていた。ベンチの足元に、小さな紫の花。私の窓辺のタイムと同じ花。同じ種から育った、別の場所の花。離れていても同じ色で、同じ香りで、同じ季節に咲く。 手を繋いだまま、もう少しだけこうしていたいと思った。声も紙もいらない。手の温度だけで通じる時間がある。三つ目の回路。声と紙と、温度。全部で繋がっている。 やがてユリアン様が口を開いた。 「今夜、手紙を書いてもいいですか。今日のことを」 「会ったのに、手紙を書くのですか」 「会ったから、書きたいのです。今この瞬間を、紙に残しておきたい。声は消えてしまうから。あなたの声が——今日のあなたの声が、消える前に」 私は笑った。泣いた後の笑顔は不格好だとわかっている。鼻が赤くて、目が腫れて、声が鼻声になっている。でもこれが声の私だ。不格好で、不器用で、涙の跡がある私。この私を見ている人がいる。この私を好きだと言ってくれる人がいる。 「私も書きます。今夜。あなたの手の温度を忘れないうちに」 庭園を出るとき、振り返った。ベンチに本が一冊残されていた。ユリアン様が忘れていったのか。いや、わざと置いていったのかもしれない。次に来る理由を作るために。手紙を書く人は、そういう小さな仕掛けが好きだ。