第1話
第1話
罪状を読み上げる声が、石造りの法廷に反響していた。
高い天井に刻まれた王家の紋章が、松明の明かりに照らされて揺れている。冷たい石の床が、薄い靴底を通して足の裏を刺していた。
王宮植物園第三研究室所属、リーゼロッテ・ヴェーバー。毒物を用いた王族暗殺未遂の罪により、大陸最果ての毒花の谷への永久追放を命ずる——。
私は、唇を引き結んだまま立っていた。弁明の機会は与えられなかった。裁判と呼ぶにはあまりに短く、判決と呼ぶにはあまりに一方的な儀式だった。開廷からまだ四半刻も経っていない。書記官が羊皮紙に判決文を書き終えるよりも先に、裁判長はもう次の案件の書類に目を落としていた。傍聴席に並ぶ貴族たちの目が、憐れみでも怒りでもなく、ただ退屈そうにこちらを眺めている。扇で口元を隠してひそひそと囁き合う令嬢がふたり。あくびを噛み殺している老侯爵。そのことが、何よりも深く胸に刺さった。私の人生がひとつ終わるというのに、この場の誰ひとりとして、心を動かされてはいないのだ。
私の研究は、誰かを害するためのものではなかった。毒草の成分を分離し、薬効を引き出す。地道で、静かで、誰の目にも留まらない仕事。それでよかった。植物園の片隅で、朝露に濡れた葉脈を観察する時間さえあれば、私は満ち足りていた。薬効成分の抽出に成功した夜、誰もいない研究室でひとり小さく拳を握った、あの充足感。それだけで十分だったのに。
けれど宮廷というものは、静かに生きることすら許してはくれないらしい。
護送の馬車に押し込まれたとき、手枷の冷たさだけが、これが現実なのだと教えてくれた。手首の細い皮膚に鉄が食い込み、脈拍ごとに鈍い痛みが走る。鉄格子の向こうに、王都の白い尖塔が遠ざかっていく。涙は出なかった。悲しいのかどうかも、よくわからなかった。ただ、研究室に残してきた乾燥標本のことが気がかりだった。あのジギタリスの押し花、湿気に当てないよう頼んでおけばよかった。後任の研究員——もし後任が来るのであれば——は、あの標本の価値をわかってくれるだろうか。五年かけて蓄積した毒性データの台帳は、棚の三段目の右端に置いてある。せめてあれだけでも、誰かの役に立ってくれたらいい。
馬車は七日間走り続けた。
街道が途切れ、舗装が消え、やがて道そのものがなくなった。馬車の車輪が剥き出しの岩肌を噛み、そのたびに身体が激しく揺さぶられた。配給の硬いパンと水だけでは空腹が満たされず、三日目あたりから眩暈が常態になった。空気が変わったのは六日目の夜だった。肺の奥に絡みつくような重さ。甘いような、腐ったような、けれどどこか懐かしい匂い。——瘴気だ。植物が放つ揮発性の毒素が、谷全体を覆っているのだとすぐにわかった。護送の騎士たちが布で顔を覆い、馬が落ち着きなく首を振るのが鉄格子越しに見えた。
七日目の朝、馬車が止まった。
「ここから先は我々も進めん」
護送の騎士がそう言い捨てて、手枷を外した。手枷が外れた瞬間、擦り切れた手首にじわりと血が滲んだ。騎士は一瞬だけ目を伏せたが、すぐに顔を背けた。同情ではない。おそらくは、死地に人をひとり置いていく自分自身への、ほんのわずかな居心地の悪さだろう。振り返りもせず馬車は去り、私はひとり、灰色の霧の中に取り残された。
車輪の音が遠ざかり、やがて完全に消えた。世界から音が消えたかのような静寂。いや、耳を澄ませば聞こえる。風が草を揺らす乾いた擦過音。虫の羽音はない。鳥の声もない。毒に満ちた谷では、飛ぶものも歩くものも生き延びられないのだろう。
足元にはびっしりと、見慣れない花が咲いていた。紫、白、黒に近い深紅。どれも美しく、どれも致命的な毒を持っている——そう直感した。いや、直感ではない。知っている。前世の記憶が、奥底からゆっくりと浮かび上がってくるように、ひとつひとつの花の名前が脳裏に灯った。
アトロパ・ベラドンナ。ジギタリス・プルプレア。アコニトゥム・ナペルス。
あの日々の記憶。前世と呼ぶしかない、もうひとつの人生の記憶。白い研究室で顕微鏡を覗き、論文を書き、植物の細胞壁の構造に夢中になっていた——あの私。蛍光灯の無機質な光の下で、何時間でもペトリ皿を見つめていられた。学会で発表した日のこと。指導教員の厳しい赤ペンのこと。実験に失敗して、それでも翌朝にはまた白衣に袖を通していたこと。時折、夢のように断片的に蘇るその記憶は、この世界では誰にも話せない秘密だった。けれど知識だけは、確かに身体に染みついている。
膝をつき、目の前の花に顔を寄せた。紫がかった黒い花弁。光沢のある丸い実。湿った土の匂いと、花弁から立ちのぼるかすかな甘い揮発臭が鼻腔をくすぐる。
「ベラドンナの群生地……」
声が漏れた。自分でも驚くほど、震えていた。恐怖ではなかった。これは——興奮だ。
アトロパ・ベラドンナ。全草に猛毒のアトロピンを含む。素手で触れれば皮膚から毒が浸透し、誤食すれば死に至る。——けれど適切に抽出すれば、それは優れた鎮痛薬になる。散瞳薬にもなる。前世の医療では、手術前の処置に使われていた。
立ち上がり、霧の向こうに目を凝らした。谷は想像よりずっと広かった。緩やかな斜面に沿って、毒花が絨毯のように広がっている。紫と深紅のグラデーションが灰色の霧の中で異様に鮮やかで、まるで大地そのものが熱を帯びているかのようだった。その奥には崩れかけた石造りの小屋が見える。おそらくかつて誰かが暮らした痕跡。
風が吹いた。瘴気を含んだ風が髪を攫い、花弁を散らす。普通なら息を止めて逃げ出すべき環境。けれど私は、思わず深く息を吸い込んでいた。瘴気の成分は揮発性アルカロイド。濃度さえ把握できれば、対処は難しくない。口元を布で覆い、長時間の直接吸引さえ避ければ——。
足が勝手に動いていた。ベラドンナの群生を避けて歩き、トリカブトの青紫の花穂を確認し、ジギタリスの釣鐘型の花序に指先を伸ばしかけて、すんでのところで止める。素手はいけない。まず手袋が要る。道具が要る。蒸留器と乳鉢と、それからきれいな水——。
頭の中で研究計画が猛然と組み上がっていく。宮廷にいた頃には決して手に入らなかった素材が、足元に無尽蔵に広がっている。予算も許可も、上官の顔色を窺う必要もない。誰かの政治的思惑に研究テーマを歪められることも、成果を横取りされることも、もうない。
小屋に辿り着いた。扉は朽ちかけていたが、壁と屋根はまだ使える。中は埃だらけで、壊れた木の寝台と、錆びた鍋がひとつ。それだけ。
それだけで、十分だった。
埃を払い、寝台に手をついてみる。木が軋んだが、体重は支えてくれそうだった。鍋は錆びているが穴は空いていない。煮沸には使える。壁の隅に乾いた薪の束がわずかに残っていた。ここに住んでいた先人は、どんな人だったのだろう。同じように追放された者か、あるいは自ら望んでこの谷に来た変わり者か。いずれにせよ、この小屋を残してくれたことに感謝しよう。
窓の外を見た。灰色の霧の中に、毒花たちが静かに揺れている。美しかった。本当に美しいと思った。王宮の整然とした庭園よりも、ここの方がずっと——。
唇がかすかに持ち上がるのを感じた。追放された罪人が浮かべるには不似合いな、けれど偽りのない微笑み。
ここは死の花畑。大陸中の誰もが恐れ、近づかない場所。
けれど私には、宝の山にしか見えなかった。
鍋を持って小屋を出た。まず水場を探さなくては。それから瘴気の濃度が薄い場所を特定して、寝床の安全を確保する。ベラドンナの採取は明日からでいい。焦ることはない。時間なら、いくらでもある。
谷を下る斜面の途中で、岩の割れ目から染み出す清水を見つけた。指先で掬って舐めてみる。冷たく、わずかに鉄の味がする。毒草の根から成分が溶出している可能性があるから、飲用には必ず煮沸が要る。だが水源としては申し分ない。鍋に水を汲み、小屋へ戻る足取りは、七日間の護送の果てとは思えないほど軽かった。
誰にも必要とされず、誰にも邪魔されない場所。それを絶望と呼ぶ人もいるだろう。けれど足元の毒花に目を落としたとき、ふと気づいた。
——ああ、私はいま、息ができている。
王宮にいた五年間、こんなふうに胸の奥まで空気が届いたことは一度もなかった。
瘴気交じりの風が、不思議なほど軽く感じた。灰色の空の隙間から、細い光が一筋、谷に差し込んでいた。その光の中で、ベラドンナの黒い実がひとつ、宝石のように輝いている。
手袋を作ろう。採取道具を整えよう。この谷の植生を、すべて記録しよう。
静かな決意が、胸の底に灯った。小さくて、頼りなくて、けれど確かな火だった。
——ただ、この日の私は知らなかった。この花畑での穏やかな日々が、ひとりの男の来訪によって根こそぎ揺さぶられることを。「毒の谷に薬師がいる」という噂が、やがてどれほど遠くまで届いてしまうのかを。