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影灯、再び灯る

第3話 第3話

第3話

第3話

裏口を出た柏木は、まず地形を頭に描いた。

小屋の背後は急斜面。杉の植林帯が三十メートルほど続き、その先で自然林に変わる。稜線上の二人がこちらに降りてくるなら、南東の尾根筋から枝尾根を伝うルートが最短だ。距離八百メートル。急げば二十分、慎重に来れば四十分。

時間はある。だが、やることが多い。

柏木は小屋に戻り、三島の遺体を床板の下に収めた。小屋を建てた時に掘った床下収納。根菜の貯蔵用だ。三島の身体は驚くほど軽かった。毛布で包み、板を戻し、その上に薪を積んだ。火は消さない。煙が出ていれば生活感が残る。突入する側の判断を一瞬でも鈍らせればいい。

次に地形。

小屋から南東に降りる獣道は二本ある。一本は尾根筋から直接つながるメインルート。もう一本は沢を回り込む迂回路。訓練を受けた人間なら、メインルートを下見しつつ迂回路から挟む。二人組の基本戦術だ。

柏木は三つ目の罠——朝、確認しに行けなかった括り罠のことを思い出した。沢沿いの三つ目。設置場所は迂回路上にある。あの罠が生きているかは分からない。だが使えるものは使う。

猟銃を背負い、小屋の工具箱からワイヤーとペンチを取り出した。括り罠の予備パーツ。獣を獲るための道具を、人間に使う。胃の底が冷えた。だが手は止まらなかった。

メインルートの途中、獣道が狭まる場所がある。左が崖、右が密生した灌木帯。通過するには獣道を歩くしかない。そこに罠を仕掛けた。ワイヤーを足首の高さに張り、踏み込んだ瞬間に灌木の反発力で脚を絡め取る。殺傷力はない。だが転倒させ、三秒稼げればいい。

設置に七分。手が覚えている。ワイヤーの張力、固定点の選定、トリガーの感度調整。猟師として五年間繰り返した動作だ。違うのは、獲物が人間だということだけ。

残り時間を計算した。罠を仕掛けてから十五分。追手が慎重に来ているなら、そろそろ小屋の周辺に到達する頃だ。

柏木はメインルートの上方、崖の縁に位置を取った。杉の幹に身体を預け、猟銃を構える。射線はメインルートを真下に見下ろす形になる。距離三十メートル。猟銃のスラッグ弾なら十分な精度が出る。

待った。

呼吸を整える。心拍を下げる。かつて何度もやった——標的が射線に入るまでの、静止した時間。膝が痛む。冷えた地面に片膝をついた姿勢は、右膝の靱帯に直接響く。構わない。痛みは後だ。

木々の間に動きがあった。

一人。メインルートを降りてくる。動きは速い。だが足音を殺している。枝を避け、落ち葉を踏まないように足を運ぶ。黒いフィールドウェア。頭部にヘッドセット。右手にサブマシンガン——MP7に見える。軍用だ。影灯の標準装備。五年前と変わっていない。

一人しか見えない。もう一人は迂回路だ。予想通りの挟撃。

メインルートの男が罠の位置に近づく。あと五メートル。三メートル。

金属音。ワイヤーが跳ね、男の右足首を捕らえた。灌木がしなり、男の体勢が崩れる。完全には転倒しなかった。訓練された反射で左手を地面につき、即座に銃を構え直そうとする。

だが三秒あればいい。

柏木は引き金を引いた。

銃声が山を叩いた。谷に反響し、重い残響が木々の間を転がっていく。スラッグ弾が男の右肩を貫通した。肩関節が破壊され、サブマシンガンが手から弾け飛ぶ。男が叫んだ。短い、訓練された悲鳴。すぐに左手で腰のホルスターに手を伸ばす。

二発目。右太腿。男が完全に崩れ落ちた。

残り三発。

柏木は位置を変えた。発砲した地点に留まるのは自殺行為だ。崖の縁を低い姿勢で移動し、灌木帯に身を沈める。心臓が暴れている。五年ぶりの射撃。五年ぶりの——人を撃つ感触。反動が肩に残っている。手が震えた。だが身体は動いた。衰えてはいる。反応が遅い。かつての自分なら、最初の一発で無力化できた。二発使った。精度が落ちている。

迂回路。もう一人がいる。

銃声を聞いて、二つの行動が考えられる。一つ、仲間の援護に駆けつける。二つ、音を頼りに柏木の位置を特定し、側面から撃つ。訓練された兵士なら後者を選ぶ。

柏木は灌木帯を抜け、沢に向かって斜面を駆け下りた。膝が悲鳴を上げる。着地のたびに関節が軋み、骨と骨が擦れる嫌な感触が脚全体を走る。右膝が一瞬抜けた。バランスを崩し、手をついた。泥が指の間に入り込む。すぐに立ち上がり、走り続けた。

沢の音が近づく。三つ目の罠は沢沿いの迂回路上にある。朝、確認できなかった罠。生きているか賭けだ。

沢に降りた。水音が周囲の音を掻き消す。不利な環境。だが相手にとっても同じだ。柏木は沢の対岸に渡り、岩陰に身を隠した。猟銃を構え、迂回路の出口を狙う。

一分。二分。

灌木が揺れた。迂回路の出口から、二人目が姿を現す。こちらも黒いフィールドウェア。MP7。左手にタクティカルライトを装備しているが、点灯していない。明るくなり始めた森の中では不要と判断したか。

二人目は慎重だった。一歩ずつ、周囲を確認しながら進む。仲間がやられたことは銃声で分かっている。無線で応答がないことも。警戒レベルが最大まで上がっているはずだ。

罠の位置まで三メートル。二メートル。

男の足が止まった。地面を見ている。柏木の心臓が跳ねた。罠に気づいたか。ワイヤーの反射か、不自然な地面の乱れか。男の視線が地面をなぞり——

踏んだ。

罠は半分だけ作動した。朝の時点で調整が甘かったワイヤーが、完全に締まりきらなかった。だが足首に絡んだワイヤーが男の歩行を一瞬止めた。その一瞬。

柏木は射った。距離十五メートル。スラッグ弾が男の左膝を砕いた。男が沢に向かって倒れ込む。MP7から短い連射が飛んだ。弾が岩を抉り、破片が柏木の頬を切った。熱い。血が頬を伝う。

四発目。男の右手首。銃が沢に落ちた。水飛沫が上がる。

残り一発。

柏木は岩陰から出た。猟銃を構えたまま、倒れた男に近づく。男は左膝を押さえ、歯を食いしばっている。若い。三十前後。目に恐怖はない。訓練された兵士の目だ。痛みを制御し、状況を分析している。

「動くな」

男は動かなかった。柏木は男の装備を確認した。MP7を沢から回収し、マガジンを抜く。残弾二十二発。腰にグロック17。予備マガジン二つ。ナイフ。無線機。暗視ゴーグル。

そして胸ポケットに、識別タグ。

柏木はタグを引き抜いた。金属製の楕円形。刻印を読む。

コードネーム:霜月。所属コード:KG-7。

KG。影灯——カゲアカリ。頭文字が変わっていない。名前を変えて存続しているという三島の言葉は本当だった。現用コードを使っているということは、この男は現役の構成員だ。

「影灯はまだ動いてるんだな」

男は答えない。顎を引き、唇を固く結んでいる。尋問抵抗訓練を受けている顔だ。何を聞いても答えないだろう。

メインルートで倒した一人目からも装備を回収した。同じ識別タグ。コードネーム:文月。KG-12。無線機は二つとも同じ周波数に設定されている。柏木は無線機のログを確認した。最後の送信は三十分前。二人の位置報告。受信側のコールサインは——ゼロ。本部直轄の指揮系統。末端の追跡班ではない。上が直接動かしている。

二人を拘束した。パラコードで手首と足首を縛り、樹木に括りつける。応急処置は最低限。止血だけ。命に別条はないが、しばらくは動けない。

柏木は二つの無線機を見下ろした。通信が途絶えている。三十分前の位置報告を最後に、二人からの応答がない。本部は異変を察知しているはずだ。追跡班が沈黙した。考えられる理由は一つしかない。

標的が生きていて、反撃した。

身体のあちこちが痛んだ。膝は限界に近い。頬の切り傷から血が顎に垂れている。両腕が重い。猟銃の反動を二発、MP7の重量を片手で支えた代償だ。五年前なら、この程度の交戦で息は上がらなかった。今は心臓が胸を突き破りそうなほど暴れ、視界の端が暗く滲んでいる。

衰えた。確実に。

だが生きている。二人を制圧した。猟師の罠と山の地形で、自動小銃を持った現役の兵士二人を。

柏木は小屋に戻り、三島の遺体の横に座った。USBメモリを取り出し、掌の上で転がす。まだ中身を見ていない。だが今は時間がない。

無線が沈黙した。本部はもう動いている。柏木隼人が生存していること。山の位置。戦闘能力を保持していること。すべてが報告される。次に来るのは二人ではない。

山を降りなければならない。

この五年間の静寂が、完全に終わったことを柏木は悟った。

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