第3話
第3話
四人目は厳道。その確信が胸の中で固まるのに、時間はかからなかった。
だが確信と証拠は別物だ。私は紙片を再び広げ、蝋燭の火に近づけた。紙の繊維が光を透かし、裏面の墨痕がうっすらと浮かぶ。四つ目の図形の描きかけの環——先ほどは情報不足と判断したが、改めて見ると環の開口部の角度に特徴がある。師の記法では、環の開く方向が対象者の体質分類を示す。北向きの開口は寒証体質、南向きは熱証体質。この環は東に開いている。東は気滞——つまり、慢性的な気の巡りの悪い体質を指す。
「翠蘭。厳道長官の持病を知っているか」
「直接は存じませんが、文書掛として典薬寮への薬材請求書は目にします。厳道長官の名で定期的に——理気剤の処方が出ています」
理気剤。気の滞りを巡らせる薬だ。環の方位と一致する。
「四つ目の図形を読む。未完成だが、生薬の指定は読み取れる。月蝕草ではない。別のものを使おうとしている」
私は紙片の四つ目の環をなぞった。指先に墨の微かな凹凸が伝わる。環の内側に描かれた点の配置。これは生薬の五味分類——酸・苦・甘・辛・鹹のうち、辛と苦の中間を示している。月蝕草は苦寒に分類される。この図形が示すのは、もっと温性の、それでいて致死量の低い生薬だ。犯人は標的の体質に合わせて毒を変えるつもりでいる。前の三人で一律の量を使ったことへの反省か、あるいは——厳道だけは確実に殺すという意思の表れか。
投与経路を示す矢印がない。ここが未完成ということは、犯人はまだ厳道への接近手段を確保していない。つまり猶予がある。だがそれがいつまで続くかは分からない。
「翠蘭。三人の関係について、もう少し詳しく聞きたい」
「はい」
「周芳儀は薬材の搬入記録を管理していた。つまり私の調合室に何が出入りしたかを証明できる立場だった。正確には、搬入記録を改竄できる立場だった、ということだ」
翠蘭の目がわずかに見開かれた。
「改竄、ですか」
「砒素が私の調合した滋養薬から検出された。だが私は砒素を使う処方を組んでいない。砒素が調合室に入り込む経路は二つしかない。私が持ち込んだか、搬入記録ごと紛れ込ませたか。当時、私は前者を疑われた。だが後者の可能性を潰すには搬入記録の原本を確認すべきだった。その確認は一度も行われなかった」
声が平坦なのは、怒りを通り越した場所にいるからだ。二年かけて何度も組み立て直した思考の道筋を、今はただ淡々とたどっている。
「鄭尚宮は人事責任者として追放の手続きを最終承認した。査問会から追放決定までの期間は通常一月以上かかる。私の場合は七日だった。異例の速さだ」
「七日——」翠蘭が息を呑んだ。「文書掛の記録では、通常の懲戒免職でも最短で二十日は要します」
「つまり鄭尚宮は、正規の手続きを省略して追放を承認した。省略したのか、させられたのか。そして孫麗華の証言。あの証言の核心は私が調合室に一人でいた時刻だが、侍女頭の巡回記録と照合すれば裏が取れるはずのものだ。だが照合は行われなかった」
三つの杜撰。三つの不自然。そしてその三人が今、順番に毒殺されている。
「犯人はこの三人を選んでいるのではない。この三人を消しているんだ。私の追放に加担した証人を、一人ずつ」
沈黙の中で、蝋燭の蝋が皿に一滴落ちた。微かに甘い匂いが立つ。蝋燭の芯が小さく爆ぜ、翠蘭の影が壁の上で一瞬揺らいだ。
「澄花様。つまり犯人は、あなたの冤罪の——」
「冤罪を知っている。そして冤罪を構成した証拠の鎖を、一つずつ断ち切ろうとしている。証人を殺すことで」
だが証人を殺しても冤罪は晴れない。死人に口なしという言葉がある通り、証言を撤回させることはもはやできなくなる。これが本当に私のための復讐なら、あまりに稚拙だ。冤罪を晴らしたいなら証人は生かしておくべきだ。つまりこの連続毒殺の目的は、私の名誉回復ではない。
では何のためか。
答えは紙片そのものが語っている。現場に残された、私だけが読める暗号。私の師の記法で書かれた毒殺の設計図。私を追放した人間ばかりが殺されていく。
「翠蘭。宮廷では今、この事件をどう見ている」
翠蘭の表情が強張った。唇の色が蝋燭の灯りの下でも分かるほど白くなる。
「——澄花様にお伝えしなければならないことがあります」
その声の震えかたが、これまでとは質が違った。報告ではなく、告白に近い。
「御典医は三件を別々の病として処理しましたが、後宮の女官たちの間では噂が広がっています。毒殺ではないか、と。そして——」
翠蘭は一度言葉を切り、視線を自分の膝に落とした。何かを決めるように息を吐く。膝の上で組んだ指の先が、微かに白んでいた。
「鄭尚宮が亡くなった翌日、禁衛府の検非違使が動き始めました。文書掛の私は、その命令書の写しを目にしています」
検非違使。宮廷内の犯罪を捜査し、容疑者を拘束する権限を持つ。
「命令書に何と書いてある」
「『二年前に毒物混入の嫌疑で追放された元宮廷薬師・澄花の現所在を確認し、必要に応じて身柄を確保せよ』——捕縛の準備が始まっています」
予想はしていた。だが活字として命令書に起こされていると知ると、腹の底に冷たいものが落ちた。胃の腑がきゅっと締まり、指先の温度が一段下がるのを感じる。動機も手段も状況証拠も、すべてが私を指している。二年前に冤罪で追放された薬師が、恨みを抱いて復讐する。物語としては完璧だ。犯人がそう描いたのだから当然だろう。
「翠蘭。その命令書の日付は」
「三日前です。ですが検非違使の足取りは文書の処理順に動きますから、実際にここに来るまで数日の猶予はあると思います。ただ——」
「ただ?」
「今日、追加の命令書が出ました。三人目の被害者——孫麗華の容態が悪化したため、捜査の優先度が引き上げられたと。猶予は明日か、明後日か——」
翠蘭が顔を上げた。蝋燭の灯りが涙の膜を拾って光った。
「だから来たんです。命令書の写しを見て、もう明日には間に合わないかもしれないと思って」
私は立ち上がった。
店の奥の棚に目をやる。乾いた薬草の束。陶器の壺。二年分の、静かな暮らしの痕跡。壁にかけた匙と乳鉢。毎朝同じ手順で開ける格子戸。名も知らぬ近所の老人に頼まれて調合する咳止めの処方。この場所に逃げ込んで、名前を変えて、小さな世界に閉じこもっていれば安全だった。だが安全は、明後日には終わる。
逃げれば有罪だ。追放された元薬師が、容疑者として指名された後に姿を消せば、もはや弁明の余地はない。欠席のまま判決が下り、二度と表に出られなくなる。
残された選択肢は一つしかない。
「翠蘭。宮廷への入り方を教えてくれ」
「——え?」
「検非違使が来る前に、自分から行く。四人目を防ぐ。それが、私が犯人でない唯一の証明になる」
翠蘭の目が驚きに見開かれ、それからゆっくりと別の感情に変わった。恐怖と覚悟が入り混じったあの目だ。この女官が深夜に裏路地の薬草店まで走ってきた理由が、今はっきりと分かった。文書掛の翠蘭は、命令書を読んで来たのだ。私を逃がすためではなく、私を動かすために。
「正門は使えません。ですが後宮の水路口から入れます。文書掛の通行証があれば夜間の検問を一つだけ——」
「その話は後だ。先に確認する」
私は白紙に書き付けた三人の名前の下に、四つ目の名を書き加えた。
厳道。
四本の線が紙の上で並んだ。追放に関わった四人。搬入記録の管理者、人事責任者、偽証した侍女頭、そして追放を命じた長官。
だとすれば、その先がある。
「翠蘭。私の追放に関わった人間は、この四人だけではないはずだ。査問会には他にも同席者がいた。追放の上奏を受理した上位の官吏もいる。犯人が本当にこの線で標的を選んでいるなら——」
四人では終わらない。この暗号は四つ目で完成ではなく、まだ続きがある。紙片の余白が、沈黙のまま次の図形を待っている。
蝋燭の炎が一際大きく揺れた。夜風が格子戸の隙間を通り抜け、乾いた薬草の束をかさりと鳴らす。
宮廷に戻る。二年ぶりに、あの白い廊下を歩く。捕縛される前に、殺される前に、真実に手を伸ばす。
私は棚から旅装の包みを下ろし、埃を払った。布の下から、使い慣れた薬箱の角が覗いた。二年間一度も開けなかった、宮廷薬師の道具一式。指が触れると、漆の表面はひんやりと冷たかった。