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桜と診断書

第2話 第2話「机の上の三通の封筒」

第2話

第2話「机の上の三通の封筒」

翌朝、デスクの上に封筒はそのままあった。

 誰も片づけていない。当たり前だった。白河の机に触る人間はこの病院にいない。茶封筒一通と白い封筒二通が、昨日と同じ位置に、同じ角度で並んでいる。まるで夜の間ずっとそこで白河を待っていたように見えた。コートを脱ぎ、椅子に座る。パソコンを立ち上げ、カルテの入力フォームを開いた。いつもの手順だった。いつもの手順が、今日に限って少しずれている。キーボードに置いた指が一拍遅れて動き出す。視線が何度か封筒の束に引き寄せられる。宮沢ひなた。昨晩、天井を見つめながら何度か反芻した名前だった。

 午前中の回診を済ませた。入院患者の容態に変化はなかった。変化がないことを確認するだけの仕事を終え、食堂でうどんを食べた。出汁の味はしなかった。抗がん剤を始めてから、味覚は月単位で削られていった。最初に甘味が消え、次に酸味が薄れ、今は塩味すらぼんやりとしか届かない。うどんの表面に浮いたねぎの断面を箸先で押しながら、今日もまた同じ一日が過ぎていくことを確認した。いつもなら、それでよかった。同じ一日の繰り返しの中に白河は自分を沈めていた。診断もしない、考えもしない、何も感じない。それが余命八ヶ月の人間の正しい過ごし方だと、白河は決めていた。

 午後、デスクに戻ると、封筒の位置がわずかに変わっていた。清掃のときに動いたのかもしれない。白い封筒の一通が束からずれて、角が机の端にかかっている。白河はそれを束の中央に戻そうとして、指先が封を引っかけた。糊が甘かったのだろう。封筒の口が裂けるように開いた。

 中から折り畳まれた紙が覗いた。

 白河は一度、手を止めた。開ける気はなかった。偶然だった。だが、開いてしまったものを閉じ直すのは、見てしまったものを見なかったことにするのと同じで、白河にはできなかった。診断医の性分だった。目の前に情報があれば、読む。読んで、整理する。それが十五年の習慣だった。

 封筒から二つ折りの紙を引き出した。便箋ではなかった。画用紙だった。B5サイズの白い画用紙が二つに折られている。開くと、クレヨンの匂いがした。抗がん剤で鈍くなったはずの嗅覚が、それだけは拾った。蜜蝋と顔料の混じった、甘くて少し粉っぽい匂い。小児科の待合室の匂いだった。白河の指が画用紙の縁をなぞった。紙の表面にはクレヨンの凹凸が残っていた。力を込めて塗った跡が、指の腹に小さな起伏として伝わってくる。

 画用紙の上半分に絵が描かれていた。緑の地面、青い空、黄色い太陽。家の前に人が二人立っている。大きい方が黒い髪の男で、小さい方がピンクのスカートの女の子。二人は手を繋いでいた。男の横に、赤いクレヨンで「パパ」と書いてある。大人の字ではない。形がゆがんで、筆圧がばらばらで、それでも読めた。女の子の横には「ひなた」。「な」の字が左右反転していた。

 画用紙の下半分に、文字があった。

 「しらかわせんせいへ」

 太い黒のクレヨンで書かれている。文字の大きさが一定でない。最初の「し」は画用紙の三分の一を使うほど大きく、最後の「へ」は端に押し込められて小さい。その下に、文章が続いていた。鉛筆に持ち替えたらしく、線が細くなっている。

 「パパとおなじびょうきの子がいます」

 白河はその一行を、三度読んだ。一度目は文字として。二度目は意味として。三度目は、七歳の子どもがこの一行を書くまでに何があったのかを想像しながら。

 父親を亡くした子が、父親の主治医に手紙を書いている。二歳のときに死んだ父親を、この子は覚えていないはずだった。写真で顔を知り、母親から話を聞き、それでも自分の記憶の中には存在しない人。その不在の父親と「おなじびょうき」の子がいると、この子は言っている。

 文章はもう一行あった。

 「たすけてください」

 五文字。鉛筆の線がところどころ途切れている。筆圧が弱い。書き直した跡がある。「た」の字の上に、消しゴムで消しきれなかった別の文字がうっすら残っていた。何を書こうとして、消して、この五文字にしたのか。

 白河の右手が震えていた。

 画用紙を持つ指先が、小さく、しかし確実に揺れている。五年前の死亡通知を読んだときと同じ震えだった。白河はそれを自覚しながら止められなかった。左手で右手首を押さえた。画用紙がかすかに音を立てた。

 画用紙を裏返した。裏面の右下に、大人の字で住所と電話番号が書かれていた。ひなたの母親が書き添えたのだろう。丁寧な楷書。封筒の宛名と同じ筆跡だった。つまり、この手紙は母親の了承のもとに送られている。七歳の子どもが一人で便箋を折り、封筒に入れ、切手を貼って投函したのではない。母親がそれを見て、宛先を書き、ポストに入れた。あの死亡通知の署名と同じ名前の女性が、五年後に娘の手紙を元主治医のもとに届けることを選んだ。

 白河は画用紙をデスクに置いた。置いて、両手を膝の上に落とした。指先にはまだクレヨンの感触が残っていた。窓の外で風が吹いて、桜の枝が揺れた。花弁が何枚か、窓ガラスに貼りついてはすぐに剥がれていった。

 考えるな、と白河は自分に言った。

 考えても仕方がない。「パパとおなじびょうき」が何を指すのかも分からない。子どもの言葉だ。風邪でも「おなじびょうき」になる。近所の子が入院したのを見て、父親の記憶と結びつけただけかもしれない。そもそも白河にはもう診断をする立場がない。療養型病院の非常勤医に、外部の患者を診る権限はない。余命八ヶ月の体に、新しい症例を引き受ける余力もない。

 理屈はすべて正しかった。白河の頭は正しい理屈を並べることに長けていた。十五年の臨床で、感情を遮断して論理だけで判断する訓練を積んできた。今もその回路は正確に作動している。正確に作動して、正しい結論を出している。関わるな。読んだことを忘れろ。封筒ごと捨てればいい。

 だが、指先の震えは止まらなかった。

 永井が廊下を通りかかり、開いた扉の隙間から白河のデスクを一瞥した。何か言いかけて、やめた。白河が画用紙を見つめたまま動かないのを見て、足音を殺して通り過ぎていった。

 十七時を過ぎて、白河はコートを取った。画用紙は元の封筒に戻して、ポケットに入れた。デスクに残すことができなかった。捨てることもできなかった。理由は考えなかった。考えれば、認めなければならないことがある気がした。

 帰り道、駅までの十五分を歩きながら、頭の中に引き出しの映像が浮かんでいた。自宅のアパート、デスクの一番下の引き出し。五年間、開けるたびに同じ紙の束が入っている。宮沢拓海のカルテのコピー。血液検査のデータ、CT画像のプリント、経過記録。すべてを暗記しているのに捨てられない紙の束。あの引き出しと、ポケットの中の画用紙が、白河の体の左右で重さを持っていた。右のポケットに入れた画用紙は実際には数グラムのはずだった。それなのにコートの右側が重い。歩くたびに布越しに封筒の角が腰骨に当たり、その度に画用紙の文字が頭の中で明滅した。

 アパートの鍵を開け、靴を脱ぎ、電気をつけた。コンビニに寄る気力はなかった。昨日のおにぎりがデスクの上にまだあった。白河はそれをゴミ箱に入れ、椅子に座った。

 ポケットから画用紙を出して、デスクに広げた。クレヨンの匂いが部屋の空気に混じった。蛍光灯の下で見ると、絵の色が食堂の光の中で見たときより鮮やかだった。ピンクのスカート、黒い髪、緑の地面。子どもの手が選んだ色には迷いがなかった。

 視線が引き出しに落ちた。

 一番下の段。取っ手の金具が蛍光灯を反射して光っている。白河は右手を伸ばしかけて、止めた。止めて、画用紙の「たすけてください」をもう一度読んだ。鉛筆の線の震えが、自分の指先の震えと重なった。

 引き出しに手をかけた。引いた。中で紙の束が擦れる音がした。五年分の埃が薄く積もったクリアファイル。その表紙に、白河自身の字で「宮沢拓海 37歳 男性」と書かれている。三十一歳で担当し、死亡したのも三十一歳。三十七は白河が立てた仮説の数だった。患者の年齢ではなく、敗北の数を表紙に書いていた。自分のその癖を、白河は今さらのように気味悪く思った。

 ファイルは開かなかった。ただ、引き出しから出して、画用紙の隣に並べた。クレヨンの色と、白河自身のボールペンの黒い字が、蛍光灯の下で並んでいた。五年前の敗北と、今日届いた五文字が、六十センチのデスクの上で向き合っている。

 窓の外は暗かった。今夜も眠れないだろうと分かっていた。

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