第3話
第3話
朝の五時に目が覚めた。ホテルの窓から薄い光が入っている。枕元の写真に手を伸ばして、しばらく眺めた。泥だらけの三歳の私。昨夜と何も変わっていないはずなのに、一晩寝たことで写真の中の笑顔がより鮮明に見える。
帰りの新幹線は夕方の四時二十分。それまでに香織と遺品整理の続きをやる約束になっている。スマートフォンを開いて、昨夜の検索履歴を見た。備前、つちのこ工房。八年前のブログ記事。梶原さんが一人で続けている。
指が地図アプリに触れていた。岡山駅まで新幹線で一時間弱。そこからローカル線と路線バスを乗り継いで、山あいの集落まで約二時間。往復すると丸一日かかる。遺品整理がある。香織が待っている。頭ではわかっていた。
香織にメッセージを打つ。「ごめん、今日少し用事ができた。遺品整理は一周忌のときに必ず手伝う」。送信してから画面を伏せた。返信を待たずにシャワーを浴びる。ドライヤーで髪を乾かしているとき、スマートフォンが震えた。
「好きにして」
二文字の返信が、香織の声で聞こえた気がした。怒っているのか、呆れているのか、それとも予想通りだったのか。たぶん全部だ。もう一度裏切っている、と思った。それでも鞄に写真を入れて、ホテルを出た。
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新幹線の窓際の席で、東京方面と反対のホームに停まる列車を待つ人たちを見ていた。スーツ姿の会社員、制服の学生、キャリーケースを引く旅行客。三日前までの私なら、あちら側にいた。今の私はどちら側にもいない。
列車が動き出す。最初のうちは住宅地の屋根が流れていくだけだった。ビルが低くなり、やがて田んぼが見え始める。水を張ったばかりの田に空が映っていた。東京にいると忘れている。空はこんなに広かったのだと。車窓の色が灰色から緑に変わっていくのを目で追いながら、自分が何をしているのか考えた。
逃げているのだ、と思った。
香織から。遺品整理から。東京の空っぽの部屋から。冷蔵庫を開けて閉める日々から。母の写真を口実にして、知らない場所に向かっている。三歳の記憶など残っているはずもない。工房がまだあるかどうかも確かではない。八年前のブログ記事一つを頼りに、何時間もかけて山の中に行こうとしている。合理的に考えれば、意味のない行動だった。コンサルタントとして十五年、合理性を武器にしてきた人間が、今は何の根拠もない衝動に従って座席に座っている。
おかしかった。笑えるほどに。でも笑えなかった。窓の外を眺めていると、トンネルに入った。自分の顔がガラスに薄く映る。目の下に隈ができている。顔色が悪い。母の葬儀の後からずっとこんな顔をしていたのだろうか。誰にも指摘されなかったのは、誰も見ていなかったからだ。トンネルを抜けると陽射しが差し込んで、反射した顔が消えた。
岡山駅に着いたのは九時半過ぎだった。在来線のホームを探す。路線図を見上げて、乗り換えの駅名を確認する。聞いたことのない名前が並んでいた。二両編成のローカル線が入ってきて、乗客はまばらだった。座席のモケットが日に焼けて色褪せている。窓を開けると、新幹線の中とは違う空気が入ってきた。土と草の匂い。列車が揺れるたびに窓枠がかたかたと鳴る。
四十分ほど揺られて、小さな駅で降りた。無人駅だった。改札もない。ホームから直接道路に出る。バス停の時刻表を確認すると、次のバスまで五十分ある。ベンチに座って待つ。目の前を軽トラックが一台通り過ぎただけで、あとは何も動かなかった。山の斜面に段々畑が見える。その上に、透き通るような秋の空。東京では建物の隙間からしか見えなかった空が、ここでは視界の半分を占めていた。
バスが来た。乗客は私だけだった。運転手は何も言わず、バスは山道を登り始める。カーブのたびに体が傾く。窓の外の景色が、田んぼから竹林に、竹林から杉の山に変わっていく。道が狭くなり、対向車が来るとバスが端に寄って待つ。十五分ほどで、目的のバス停に着いた。
降りると、そこは集落というより、山の中にぽつぽつと家が散らばっているだけの場所だった。バスの排気音が遠ざかっていくと、残ったのは風の音と、どこか遠くで鳴いている鳥の声だけだった。舗装された道は集落の手前で途切れ、そこから先は砂利道になっている。スマートフォンの地図を頼りに歩く。ヒールで来なくてよかった、と思った。スニーカーの底から砂利の感触が伝わる。坂道を五分ほど登ると、道の脇に古い看板が立っていた。
「つちのこ工房」
木の板に墨で書かれた文字が、半分以上かすれている。矢印の方向に曲がると、杉の木立の向こうに建物が見えた。
足が止まった。
工房というより、時間に取り残された場所だった。木造の母屋は板壁が灰色に変色し、屋根の一角に青いビニールシートがかぶせてある。雨漏りだろう。母屋の隣に煉瓦造りの窯が二基あるが、一基は崩れかけて蔦に覆われていた。庭先に積まれた薪が苔むしている。使われている気配はある。洗濯物が一竿分、軒下に干してあった。タオルと作業着。人が暮らしている。でも、それだけだった。訪れる人を迎える構えはどこにもない。
母屋の引き戸が開いた。
老人が出てきた。背は高くない。作業着の上に綿の半纏を羽織り、足元は地下足袋だった。顔は深い皺に覆われているが、目だけが鋭かった。白髪を短く刈り込んでいる。手が大きい。指が太く、爪の間に土の色が染みついていた。
老人は私を見た。一瞥、という言い方が正確だった。頭のてっぺんから足元まで、二秒もかけずに視線を走らせた。東京から来たことが見抜かれた、と感じた。何が、と訊かれたら答えられない。ただ、そう感じた。
「見学なら帰れ」
それだけ言って、老人は引き戸を閉めようとした。
「あの——」
声が出たのは自分でも意外だった。老人の手が止まる。引き戸を閉めかけた姿勢のまま、こちらを見ない。
「梶原さん、ですか」
沈黙が落ちた。山の風が杉の枝を揺らす音がした。老人の肩が微かに動いた。振り返りはしない。
「誰に聞いた」
低い声だった。錆びた鉄のような、地面の底から響くような声だった。
「母の写真に、この工房の名前が書いてあって」
鞄から写真を取り出す。手が震えていた。寒さのせいではない。ここまで来て何をしようとしているのか、自分でもわからなかった。ただ、この写真を見せなければならないと思った。
老人がゆっくり振り返った。写真に目を落とす。その顔から表情が消えた。数秒。それから老人は目を細めた。皺の奥に、何かが動いたように見えた。
「……その子は」
「私です。三歳のとき、母と来たらしくて。覚えていないんですけど」
老人は写真から目を離さなかった。私の顔を見ず、写真だけを見ていた。風が吹いて、軒下の洗濯物が揺れた。長い沈黙だった。写真を持つ老人の指先が、泥だらけの子どもの輪郭をなぞるように動いた気がした。気のせいかもしれない。
老人が写真を返した。表情はもう元に戻っている。引き戸を開けたまま、奥に向かって歩き始めた。三歩ほど行って、立ち止まった。振り返らない。
「お茶くらいは出す」
それが招き入れる言葉なのだと気づくまで、少しかかった。薄暗い土間に一歩踏み入れると、粘土の匂いがした。湿った、重い、土の匂い。鼻の奥から、体の芯に落ちていくような匂い。知らないはずなのに、どこかで嗅いだことがある気がした。足の裏から伝わる土間の冷たさが、スニーカー越しに沁みてくる。
奥の板の間に通された。梶原は茶碗に白湯を注いで寄越した。備前焼の茶碗だった。手に持つと、見た目より温かい。土の厚みが湯の熱をやわらげて、掌にじんわりと届く。一口飲んだ。ただの白湯なのに、喉を通る感触がはっきりとした。東京では味がしなかった水が、ここでは重さを持っている。
梶原は対面に座って、自分の茶碗を両手で包んでいた。私を見ていない。窓の外の、崩れかけた窯のほうを見ていた。
「お母さんは」
「去年、亡くなりました」
梶原は頷いた。それだけだった。悔やみの言葉も、同情の表情もない。ただ事実を受け取って、白湯を飲んだ。その素っ気なさが、不思議と楽だった。葬儀のとき、何人もの人がかけてくれた言葉のどれよりも、この沈黙のほうが正しい距離にあると思った。
窓の外で陽が傾き始めていた。帰りのバスの時刻を確認しなければ。そう思いながら、白湯の温もりを手放せずにいた。