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十年目の冷蔵庫、三段目

第1話 第1話

第1話

第1話

朝十時の光が、遮光カーテンの端から一筋だけ漏れている。僕はその線を避けるように膝を抱え直した。光が当たると、今日という日が始まってしまう気がした。始まれば終わらせなければならない。終わらせるためには何かをしなければならない。その「何か」が見つからないまま十年が過ぎた。

ベッドの端に座ったまま、もうどれくらい経ったのか分からない。一時間かもしれないし、三時間かもしれない。時計は見ない。見ると、また一日を数えてしまう。三千六百五十二日。最後に数えたのがその数字で、それからは数えないことにした。数えないことにしたのに覚えている自分が、いちばん厄介だった。

足元にはコンビニスイーツの空き容器が三つ転がっている。プリン、ティラミス、レアチーズケーキ。どれも百五十円から二百円の価格帯で、どれも悪くない出来だった。悪くない、というのが正確な感想で、つまり良くもない。カラメルの焦がし加減が浅いとか、マスカルポーネの脂肪分が足りないとか、そういうことが分かる舌だけが、十年前のまま残っている。プリンを口に入れた瞬間、最初に感じるのは甘さではなくゼラチンの配合比だった。卵の風味が立つ前にバニラエッセンスで押し切る設計。工場生産の最適解としては正しい。けれど正しさと美味しさは違う。そんなことを考えている自分が、いちばん滑稽だった。何も作れないくせに、評価だけは一丁前にできる。

指先が、無意識にプリンの包装フィルムの端を折り畳んでいた。

気がつくと、いつもそうなっている。フィルムの角を正確に四十五度で折り、爪の腹で圧着し、もう一度折る。テンパリングのときに覚えた指の動き。二十八度まで冷やしたチョコレートを薄く延ばし、均一な厚みのシートを作るために何千回と繰り返した、あの精度。身体の方が、まだ諦めていなかった。

僕の方はとっくに諦めているのに。

部屋の隅に、段ボール箱がある。引っ越してきた日に母が運び込んだもので、中身は製菓道具一式。パレットナイフ、絞り袋、温度計、銅鍋。十年間、一度もテープを剥がしていない。捨てればいいと何度も思った。けれど捨てるには持ち上げなければならないし、持ち上げれば中身の重さで何が入っているか手が思い出してしまう。だから箱はそこにある。僕はここにいる。それだけのことだった。

インターホンが鳴った。

身体がこわばる。宅配だ。木曜の午前は生協の配達が来る。分かっている。分かっているのに、玄関の向こうに人がいるという事実が喉の奥を締め付ける。心臓が肋骨の内側を叩いている。耳が勝手に研ぎ澄まされて、ドアの向こうの衣擦れの音まで拾おうとする。息を殺して、三十秒。配達員の足音が遠ざかっていく。発泡スチロールの箱を置く音がして、それからエレベーターの扉が閉まる低い振動。

僕はそれでも五分待った。廊下に誰もいないことを確認するように——確認する術なんてないのに——玄関のドアを薄く開ける。蝶番の軋む音が静まり返った部屋に響いて、自分が泥棒みたいだと思った。足元に白い箱。生協のロゴ。それと、母が自分で詰めたらしいスーパーの袋がひとつ。

袋を引きずるように部屋に入れる。廊下の空気が一瞬だけ流れ込んで、四月の冷たさが喉を刺した。外の世界の温度だった。どこかの部屋からかすかに聞こえるテレビの音。隣の棟の洗濯物が風に揺れる影。それだけの情報量で、外には人がいて、時間が流れていて、季節が進んでいることが分かる。僕だけが止まっている。

母は毎週木曜にこうして食材を届けてくれる。生協の配達に合わせて、自分の分も一緒に届くよう手配しているらしい。顔を合わせないための工夫。僕が頼んだわけではない。母が自分で気づいて、そうしてくれた。ありがたいと思う。同時に、その気遣いの正確さが胸の奥を掻く。十年かけて完成した距離感。母と僕の間には、それだけの時間が積もっていた。

袋の中身を冷蔵庫に移す。牛乳、卵、豆腐、ほうれん草。いつもと同じ。母は僕の栄養バランスを考えて選んでいる。卵はいつもMサイズの白玉で、僕が料理をしないことを前提にした、そのまま食べられるものばかり。

卵を冷蔵庫に入れる手が止まった。

Mサイズ、六十グラム前後。殻の表面にわずかなざらつき。新しい卵だ。これを室温に戻して、グラニュー糖と合わせて——。卵黄だけを取り分けて、白っぽくなるまで泡立てて、温めた牛乳を少しずつ注いで。アングレーズソースの手順が、呼吸みたいに頭の中で再生される。何度も繰り返した工程。何度も師匠にやり直させられた工程。「温度を見ろ、手じゃなくて」。あの声まで聞こえた気がして、卵を冷蔵庫の奥に押し込んだ。

頭を振った。考えるな。

袋の底に、もうひとつ何かが入っている。母が入れたものではない。スーパーの袋の底に、無造作に押し込まれた茶封筒。表書きはない。裏返すと、糊づけされた封の端に、小さく「柏木蓮様」と書かれていた。

その筆跡を見た瞬間、指先が冷えた。

右上がりの癖のある楷書。「蓮」の最終画だけがわずかに跳ねる、あの書き方。十年以上前に毎日見ていた文字。仕込みの指示書、発注伝票、レシピノートの欄外メモ。全部この字だった。

戸田嘉一。

師匠の名前が、頭の中ではなく指先から浮かんだ。まな板の上に貼られた仕込み表の、あの字。「蓮、砂糖の計量が二グラム多い」と赤ペンで書き込まれた、あの字。

封筒を持つ手が震えている。テンパリングの精度で包装フィルムを折り畳んでいた、その同じ手が。

開けたくなかった。

封筒をテーブルに置いた。置いて、離れた。ベッドの端に戻って、膝を抱えた。遮光カーテンの隙間からの光は、さっきより角度を変えて床を這っている。時間が進んでいる。封筒はテーブルの上にある。

母は何も言わずにこれを袋に入れた。それはつまり、母もこの筆跡を知っているということだ。十年前、泣きながら帰ってきた僕を何も聞かずに迎えた母。「二度と来るな」と言われたことを、僕が話したのは一度だけで、母はそのとき何も言わなかった。箸を置いて、しばらく黙って、それから味噌汁をもう一杯よそっただけだった。あのとき母の手も少し震えていたことを、僕は随分あとになって思い出した。

封筒が、カーテンの隙間からの光の線上にある。

まるで師匠が置いた場所みたいだと思って、それは馬鹿げた考えだと打ち消した。けれど身体は打ち消せない方に動いていて、気がつくとテーブルの前に立っていた。封筒を手に取る。軽い。中身は紙一枚か二枚。指先が封の端を探る。テープの剥がし方で中身が推測できる——これも師匠に叩き込まれた癖だった。包装の仕方で作り手の技量が分かると、二十歳の僕に繰り返し言った人。

爪で糊を剥がす。

中から出てきたのは、薄い便箋と、もう一枚の事務的な書面。書面の方が先に目に入った。「戸田嘉一儀、去る三月二十八日——」

訃報だった。

三月二十八日。二週間前。桜が咲き始める頃。師匠はいつも、桜の塩漬けを使った和菓子を春の定番にしていた。桜の花弁を一枚ずつ丁寧に開いて、塩を抜きすぎず、残しすぎず。「甘いだけの菓子は菓子じゃない」。その人が、桜の季節に逝った。

便箋を広げる手が、もう震えてはいなかった。震えることすらできなかった。体温が一度に引いていくような感覚の中、師匠の字がぼやけて、焦点が合うまでに何秒かかかった。

一行。

「冷蔵庫の三段目、お前にしか分からない」

それだけだった。宛名も署名もない。日付もない。師匠の字で、それだけ。

便箋を裏返した。白紙。封筒の中を確認した。空。何もない。十年間の沈黙の後に届いた師匠の言葉が、たった一行。冷蔵庫の三段目。お前にしか分からない。

意味が、分からなかった。

冷蔵庫。師匠の店の冷蔵庫は業務用の大型で、六段あった。三段目は——仕込み途中の生地やクリームを置く段だった。温度帯が最も安定する場所で、師匠は繊細な素材を必ずそこに置いた。僕もそれを叩き込まれた。三段目は聖域だった。「ここに置くものは、明日の自分への手紙だと思え」。師匠はそう言っていた。明日の自分への手紙。そして今、本当に手紙になった。

遮光カーテンの向こうで、救急車のサイレンが遠ざかっていく。僕は便箋を握ったまま、段ボール箱の方を見た。十年間開けなかった箱。その隣に、十年間読めなかった一行がある。

師匠はもう、どこにもいない。

なのにこの字は、まだ僕に何かを作れと言っている。

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