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スキルなしと告げられた俺に、女神は『万能の加護』をくれた

第1話 第1話

第1話

第1話

「スキル——なし」

神官の声が、大広間に響いた瞬間、世界が止まった。

いや、止まったのは俺だけだ。周りの奴らは最初、何が起きたのか分からないという顔をして、次の瞬間には目を逸らした。同情でも嘲笑でもない。ただ、関わりたくないという空気。

鑑定の儀。十五歳になった王国の若者全員が、神殿の鑑定石に手を触れ、固有スキルを授かる。剣術、火魔法、治癒、鍛冶——大小はあれど、誰もが何かしらの力を手にする。

誰もが、だ。

——俺以外は。

鑑定石の上に浮かぶ文字を、もう一度見る。淡い青白い光で刻まれた、たった三文字。『なし』。嘘だろ、と思った。だが神官は淡々と羊皮紙に結果を書き込み、次の者を呼んだ。それだけだった。

大広間の隅で壁に背を預けていると、歓声が聞こえた。

「見ろよ、カイトが『聖剣術』だ!」 「まじかよ、Sランクスキルじゃねえか!」

幼馴染のカイトが鑑定石の前に立っている。金色の光が彼を包み、その場にいた全員が息を呑んだ。カイトは軽く拳を握り、光の中で笑った。堂々として、眩しくて、まるで最初から勇者になると決まっていたみたいに。

——実際、決まっていたのかもしれない。

儀式が終わり、人が散り始めた頃。カイトが俺の前に来た。後ろには、同じパーティを組む約束をしていた仲間が三人。みんな、立派なスキルを授かった奴らだ。

「レン」

カイトの声は穏やかだった。穏やかだからこそ、次に来る言葉が分かった。

「悪いけど——足手まといは連れていけない」

謝るような目をしていた。でも迷いはなかった。決めてきたんだ、と分かる。カイトは昔からそうだ。一度決めたことは曲げない。それが美徳だと、俺もずっと思ってきた。

「……分かってる」

声が震えなかったのは、たぶん覚悟していたからだ。スキルなしの人間を、命がけの冒険に連れていく馬鹿はいない。カイトは正しい。正しいから、何も言い返せない。

「達者でな」

カイトはそれだけ言って、背を向けた。仲間たちが続く。一人だけ——回復術師のミラが振り返って、何か言いかけたが、結局口を閉じて歩いていった。

大広間には俺だけが残った。

村に戻っても、状況は変わらなかった。むしろ悪化した。

「レンくん、スキルなしだったんですって……」 「可哀想に。でも仕方ないわよねえ」

同情の言葉は、壁だ。お前はこちら側の人間ではないという線引き。

親父は三年前に魔獣に殺された。母さんは俺が八つの時に病で逝った。身寄りのない、スキルなしの孤児。村にとって俺は、これまでは「カイトの幼馴染で将来パーティに入る子」だった。その肩書きが消えた今、残ったのは口減らしの対象でしかない。

村長の家で夕食を恵んでもらったとき、村長の息子が言った。

「スキルなしって、前例あるのか?」 「百年に一人いるかどうかだとよ。まあ、農作業なら手伝えるだろ」

百年に一人。笑えない冗談だった。

翌朝、俺は村を出た。誰にも告げず、夜明け前に。背負い袋には干し肉と水筒、あとは親父の形見の短剣が一本。行くあてはない。ただ、あの村にいたら、俺は一生「スキルなしの哀れな孤児」のまま朽ちていく。それだけは嫌だった。

街道は長く、平坦で、退屈だった。すれ違う商人の馬車を何台か見送り、日が傾く頃には足が棒になっていた。最寄りの街まで、歩いて三日。野宿は覚悟していたが、問題はそこじゃない。

——この街道、夜は魔獣が出る。

スキルがあれば話は違う。身体強化があれば走って逃げられるし、火魔法があれば威嚇できる。だが俺にあるのは、親父の錆びかけた短剣だけだ。

日没までに、森の手前の開けた場所で火を焚いた。魔獣は火を嫌う。初級冒険者の基礎知識だ。カイトたちとパーティを組む前提で、冒険者の教本は一通り読み込んでいた。知識だけなら、たぶん村の誰にも負けない。

——知識だけ、な。

火の粉が夜空に散る。星が妙にきれいだった。こんな状況じゃなければ、感動していたかもしれない。

木の枝が折れる音がした。

反射的に立ち上がる。短剣を抜いた。火の向こう、木々の間に、二つの赤い光が浮かんでいた。目だ。こちらを見ている。

低い唸り声。腹の底に響く重低音。犬や狼じゃない。もっと大きい。

茂みから姿を現したのは、肩の高さが俺の胸ほどある黒い獣だった。牙が火の光を反射して、ぬらりと光る。シャドウファング。夜行性の中型魔獣で、通常はDランク冒険者が二、三人で相手にする獲物だ。

一匹なら、まだいい。

背後の茂みが揺れた。振り返る。もう一対の赤い目。

左からも。

三匹。

知識が冷酷に現実を告げる。シャドウファングの群れは連携する。一匹が囮で正面から仕掛け、残りが横と後ろから挟む。対処法は——Dランク以上のパーティで、盾役が正面を受け止めている間に火魔法で一掃する。

盾役もいない。火魔法も使えない。

「——は」

笑いが漏れた。初日の野宿で死ぬのか。笑えない。全然笑えないのに、口元が歪んだ。

正面のシャドウファングが地面を蹴った。

短剣を構える。刃渡り三十センチ足らずの、錆びた鉄。それでも親父の形見だ。握りしめて、歯を食いしばった。

——嫌だ。こんなところで終わるのは。

まだ何もしていない。何も成し遂げていない。スキルなしで、追い出されて、惨めに野垂れ死に。そんな結末は——

黒い牙が、視界を埋め尽くした。

衝撃。

——ではなく、光。

白い光が視界を塗りつぶした。身体の感覚が消え、地面も空も分からなくなる。痛みはない。死んだのか、と思った。だが意識はある。

白い空間に、俺は立っていた。足元も頭上も、果てしなく白い。

そして——その空間の中心に、誰かがいた。

輪郭がぼやけている。人の形をしているが、顔が見えない。ただ、途方もなく美しいものがそこにある、という感覚だけが脳に直接流れ込んでくる。

「——よく来ましたね」

声が響いた。耳からではなく、頭の中に直接。柔らかくて、深くて、聞いているだけで涙が出そうになる。

「あなたは、何も持たずにここまで来た」

——何も持たない。その通りだ。スキルも、家族も、居場所も、何もない。

「だからこそ——すべてを、注げます」

白い光が、胸の奥に流れ込んできた。

熱い。だが火傷の熱さじゃない。夜明けに太陽の光を浴びたときのような、身体の芯を目覚めさせる温かさが、全身を駆け巡る。指先まで。足の裏まで。目の奥まで。

「『万能の加護』——あなたに」

その言葉を最後に、白い空間が砕けた。

目を開ける。

夜の森。焚き火の残り火がくすぶっている。さっきまでと同じ場所だ。

だが、一つだけ違うことがあった。

さっき俺に飛びかかってきたシャドウファングが——三匹とも、地面に伏せて震えていた。尾を丸め、耳を伏せ、怯えた犬のように小刻みに身体を揺らしている。俺を見ていない。見られないのだ。視線を合わせることすらできずに、じりじりと後退していく。

やがて一匹が弾かれたように森に逃げ込み、残りの二匹も続いた。茂みが揺れる音が遠ざかり、静寂が戻る。

俺は自分の手を見た。薄暗い森の中で、指先がかすかに光っている。白い、淡い光。さっきの空間で感じたのと同じ温度が、まだ身体の中を巡っていた。

何が起きた。

あれは夢か。いや——この手の光は現実だ。身体の中に何かがある。巨大で、底が見えなくて、触れ方すら分からない何かが。

震える手で短剣を鞘に収めた。立ち上がると、足元がふらつく。だが歩ける。

街道の先、夜の地平線の向こうに、微かな明かりが見えた。街の灯りだ。

——行こう。

何が起きたのか、まだ分からない。この身体に宿ったものが何なのかも。でも一つだけ確かなことがある。

俺はまだ、生きている。

重い足を引きずりながら、灯りに向かって歩き出した。夜風が頬を撫でる。その風の中に、遠くから獣の遠吠えが混じっていた。一つではない。二つ、三つ——森の奥から、いくつもの声が重なって響いてくる。

さっきのシャドウファングとは違う。もっと太く、もっと深い。

背筋に冷たいものが走った。この街道は、まだ長い。

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