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荒れ地農耕師、静かに土を耕す

第3話 第3話

第3話

第3話

三日が経った。

双葉は双葉のままではいなかった。二日目の朝には茎が指の長さほどに伸び、本葉が四枚ついた。葉脈が朝日を透かして細い網目模様を描いていて、耕太はしばらくそれに見入った。三日目には膝の高さを超え、小さな黄色い花がいくつも咲いた。そして今朝——花が落ちた跡に、青い実がぶら下がっている。五つの苗のそれぞれに、三つから四つ。まだ拳には足りない大きさだが、形はまぎれもなくトマトだった。

耕太は毎朝、湧き水を汲んで畑に通った。水をやり、土に触れ、根の脈動を指先で確かめる。それだけの繰り返しが、不思議と飽きなかった。苗の成長を見守る時間には、報告書の進捗を追うときとは別の種類の充実がある。数字が増えても何も感じなかったのに、葉が一枚増えるだけで胸の奥がほんの少し温かくなる。

四日目の朝、実の一つが赤く色づいていた。

艶のある深い赤。表面に朝露がついて、灰色がかった光の中でもはっきりと色が映えた。手のひらに載せると、指先のスキルが反応するように温もりが伝わってくる。熟している、と体が教えてくれた。鼻を近づけると、青くさい茎の匂いの奥に、かすかに甘い香りがあった。土と朝露と、それから果実だけが持つ丸みのある匂い。前世のスーパーで売られていたトマトからは、こんな香りはしなかった。

もいでみようか。けれど一人で食べるのが惜しいような気がして、耕太は手を引いた。惜しい、という感覚自体が久しぶりだった。前世ではコンビニの弁当を一人で食べることに何の感慨もなかった。誰かと分ける相手もいなかったし、分けたいとも思わなかった。

実を眺めていると、荒れ地の向こうから足音が聞こえた。

乾いた草を踏む軽い音。耕太が顔を上げると、丘陵の方角から誰かが歩いてくるのが見えた。小柄な人影で、頭に布を巻いている。肩に天秤棒のようなものを担いでいて、両端に桶がぶら下がっていた。

足音が近づくにつれて、それが少女だとわかった。十五、六歳くらいだろうか。日に焼けた肌に、亜麻色の髪。簡素な麻の服を着て、革紐で腰を縛っている。履き物は木の底に革を張ったサンダルのようなもので、歩くたびにかたかたと小さな音を立てた。

少女は耕太に気づいていなかった。湧き水の方角へまっすぐ歩いている。水汲みだ、と耕太は思った。あの湧き水は自分だけの場所ではなかったのだ。当然といえば当然だが、この四日間、誰にも会わなかったせいで、この荒れ地に自分以外の人間がいることを忘れかけていた。

少女が小屋の横を通り過ぎようとしたとき、足が止まった。

視線が畑に向いている。五本の苗が朝の光の中で青々と葉を広げ、赤い実が一つ、ひときわ目を引いていた。少女は天秤棒を肩から下ろし、桶を地面に置いた。数歩こちらに近づいて、目を丸くしている。

「——嘘」

小さな声が、静かな荒れ地に落ちた。

少女は畑の前でしゃがみ込み、苗を覗き込んだ。触れはしない。ただ信じられないものを見るように、葉を、茎を、そして赤い実を順番に見つめている。指先が伸びかけて、すんでのところで引っ込む。大事なものを壊してしまうのを恐れるような仕草だった。それから顔を上げて、小屋の前に立っている耕太をようやく認識した。

「あなた、ここに住んでるの」

警戒というより、純粋な困惑が声に混じっていた。耕太はうなずいた。

「四日前から」

「四日……」少女は畑に視線を戻した。「四日でこれを?」

「種があったんだ。小屋の棚に」

「それは知ってる。前にここに住んでた人が残したものだって、村長が言ってた」少女は立ち上がり、腰に手を当てた。「でも誰が植えても育たなかった。この土地で作物が育つのを見たことがない。灰色地帯の土は死んでるって、みんな言ってたのに」

灰色地帯。この荒れ地には名前があるらしい。そして「みんな」がいる。この近くに村があるのだ。

「土を直したんだ」耕太は自分の手を見た。爪の間にはまだ土が残っている。「灰を混ぜて、水をやって。そうしたら色が変わった」

「色?」

「土の——」説明しかけて、やめた。スキルの話をしても伝わるかわからない。「とにかく、酸性が強かったから、灰で中和した。それだけだ」

少女は怪訝な顔をしたが、追及はしなかった。代わりに、もう一度トマトの実を見た。

「赤い。本当に赤い」

その声には、驚きだけでなく、懐かしさのようなものが滲んでいた。まるで昔なくしたものを偶然見つけたときのような、痛みにも似た響きだった。

「食べてみるか」

言ってから、自分の口調に驚いた。前世では誰かに何かを差し出すことがほとんどなかった。同僚にペンを貸すことすら億劫だったのに、育てたばかりの最初の実を、会って五分の相手に渡そうとしている。けれどそうするのが自然だった。この赤い実は、一人で眺めるためのものではない気がした。

耕太は実をもいだ。ヘタのところを軽くひねると、ぷつりと小さな音がして茎から離れた。手のひらに収まる大きさで、持つとずっしりと重い。皮が薄く張って、中に水分がたっぷり詰まっているのがわかった。

少女に差し出すと、両手で受け取った。実を鼻に近づけて匂いを嗅ぎ、それから意を決したように一口かじった。

赤い皮が裂けて、中から薄い果汁がこぼれた。少女の指を伝って、地面に雫が落ちる。

少女は目を見開いた。咀嚼する動きが止まり、そしてゆっくりと再開する。味を確かめるように、丁寧に、何度も噛んでいる。喉が動いて、飲み込んだ。

「甘い」

少女は笑った。

目尻が下がって、頬が少し上がって、口元に果汁の跡がついたまま。作り物ではない笑顔だった。誰かに見せるためではなく、ただ甘いから笑った、それだけの顔だった。営業先で何百回と向けられた社交辞令の笑みとは違う。子供が飴玉を舐めたときのような、反射的な、純粋な笑み。

「すごく甘い。こんなの食べたの、何年ぶりだろう」

少女はもう一口かじった。今度は大きく。果汁が顎を伝うのも構わず、夢中で食べている。赤い実はあっという間に半分になり、やがてヘタだけが少女の手に残った。

「ごちそうさまでした」

少女はヘタを見つめて、それから耕太に向き直った。目の端がわずかに赤い。泣いているわけではなかったが、何かをこらえるように唇を一度引き結んでから、口を開いた。

「私、リーネ。この先のハルム村に住んでるの。あなたは?」

「山崎耕太」

「ヤマザキ……コウタ。変わった名前」

「まあ、遠いところから来たから」

リーネは腰に手を当てたまま、畑を見渡した。五本の苗。青い実がいくつも下がっている。あと数日もすれば、全部赤くなるだろう。

「村のみんなに教えてもいい? 灰色地帯で作物が育ったって」

「ああ。構わない」

リーネはうなずくと、天秤棒を担ぎ直して湧き水の方角へ歩き出した。数歩進んで振り返り、「また来るね」と言った。それから今度こそ背を向けて、軽い足取りで荒れ地を横切っていく。天秤棒の桶が揺れるたびに、かたんかたんと音がした。その音が小さくなって、やがて聞こえなくなった。

耕太は畑の前に立ったまま、少女が消えた方角を見ていた。

甘い、と彼女は言った。笑いながら。果汁を顎に垂らしながら。

前世で、最後に誰かに「ありがとう」と言われたのはいつだっただろう。

思い出そうとして、思い出せなかった。営業先では「ご苦労さま」と言われることはあった。けれどそれは感謝ではなく、社交だ。同僚から缶コーヒーの自販機のボタンを頼まれて、買って渡して、「サンキュー」と返される——あれは感謝だっただろうか。言葉だけを切り取ればそうだが、声に温度はなかった。

リーネの「甘い」は、「ありがとう」ではない。けれどあの笑顔には、耕太が何年も受け取っていなかった何かが確かにあった。自分が差し出したものを、相手が受け取って、それで相手の表情が変わる。ただそれだけのことが、こんなにも胸に残る。

風が吹いて、トマトの葉がさわさわと揺れた。残りの実が、緑から赤へと移りかけている。あと二日もすれば、全部が熟すだろう。そうしたら、もっと誰かに食べてもらえるかもしれない。ハルム村の人たちに。

耕太は膝をつき、苗の根元に残りの水をやった。土に吸い込まれていく音を聞きながら、ふと気づく。この四日間で初めて、明日が来ることを待ち遠しいと思っている自分がいた。

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