Novelis
← 目次

追放料理長の異世界畑

第1話 第1話「銀の燭台百本の晩餐」

第1話

第1話「銀の燭台百本の晩餐」

銀の燭台が百本、大広間を昼のように照らしていた。

 レナートは厨房の奥から、扉の隙間越しにその光景を見ていた。即位式の晩餐。長テーブルには新王を囲む貴族たちが並び、絹と宝石がきらめいている。蝋燭の熱が大広間の空気を揺らし、香油と焼けた肉の匂いが混ざり合って厨房の奥まで漂ってくる。十五年間、この場のために料理を作り続けてきた。味覚の鈍い者たちのために、それでも手を抜かなかった。今夜の献立は七皿。前菜の鶏レバーのムースから始まり、主菜の仔羊の香草焼きに至るまで、すべてに三日をかけている。

 六皿目が運ばれたとき、大広間が静まった。

 新王が銀の匙を置いた音だった。まだ二十歳を越えたばかりの、父王とは似ても似つかない細い顔。その唇が動くのを、レナートは扉の隙間から見ていた。

「——不味い」

 たった三文字だった。大広間に反響し、貴族たちの間にさざ波のように笑いが広がる。誰も反論しない。新しい王の最初の晩餐で、最初の命令に逆らう者などいるはずがなかった。六皿目は鴨の胸肉を蜂蜜と柑橘で煮詰めたソースで仕上げた一品だった。果実を三日間かけて煮詰めたあの琥珀色のソースを、新王は一口だけ舐めて匙を置いたのだ。レナートの指先が、無意識に扉の木枠を掴んでいた。爪が白くなるほど力が入っていた。

「料理長を替えろ。明朝までに荷をまとめさせよ」

 レナートの手から、味見用の小皿が滑り落ちた。陶器が砕ける音は、厨房の喧騒にまぎれて誰の耳にも届かなかった。

 十五年。一万と数えきれない皿。先王の病床に運んだ最後の粥。あのとき、痩せ細った先王の喉が小さく動いて「うまい」と囁いたのを、レナートは今でも覚えている。祝宴のたびに三日三晩眠らずに仕込んだソース。冬の厨房で凍える手を火にかざしながら、寸分の狂いなく塩を量った夜。すべてが、二十歳の舌ひとつで否定された。

 厨房の部下たちは目を伏せていた。誰もレナートを見なかった。昨日まで「料理長」と呼んでいた口が、もう開かれることはない。レナートは黙って白衣を脱ぎ、壁にかけた。白衣は汗と油と香辛料の匂いが染みついて、もう元の白には戻れなくなっていた。使い込んだ包丁だけを腰帯に差し、通用口から外に出た。振り返らなかった。振り返れば、何かが折れると分かっていた。

 王都の石畳は夜露に濡れていた。靴底が水を弾く小さな音だけが、暗い路地に響く。冷たい夜気が頬を打ち、厨房の熱気に慣れた肌が一瞬で粟立った。門番は追放の沙汰を既に聞いていたのだろう、無言で通してくれた。その無言が、罵倒よりも深く刺さった。十五年の間、毎朝この門を通るたびに「おはようございます、料理長」と声をかけてくれた男だった。

 城門を抜けると、舗装された道は途切れ、土の街道が闇の中に続いていた。どこへ向かうのかも分からないまま、レナートは歩いた。足が重い。十五年分の疲労が、今になって一度に押し寄せてくるようだった。

 もう誰のためにも作らなくていい。

 その考えが浮かんだとき、胸を満たしたのは安堵だった。すぐあとに、底の抜けたような虚しさが追いかけてきた。安堵と虚しさ。その二つが混ざり合って、足から力を奪っていく。

 街道の脇に膝をついたとき、視界の端で星が回った。過労だ、と冷静な部分が告げた。三日間ほとんど眠っていない。即位式の献立に、持てるすべてを注ぎ込んだ——その相手に、不味いと言われた。

 膝が地面に沈んだ。冷たい土の感触が頬に触れた。意識が遠のく直前、鼻先をかすめたのは、宮廷の香辛料でも石畳の湿気でもない、知らない草の匂いだった。

 ——目を開けたとき、空の色が違った。

 紫がかった朝焼けが、見渡す限りの荒野を染めている。赤い土。乾いた風。名前も知らない背の低い草が、まばらに揺れている。王都の街道ではなかった。石畳も、城壁も、煙を上げる煙突の列もない。ただ広い。呆れるほどに、広い。地平線まで遮るものが何もない。宮廷の狭い厨房で十五年を過ごした目には、その広さはほとんど暴力的だった。

 体を起こすと、節々が軋んだ。口の中は乾ききっている。腰帯に手をやると、包丁の柄が指に触れた。それだけだった。財布も、着替えも、食料もない。使い込んだ包丁が一本。十五年の宮廷料理長としての人生で、手元に残ったのはそれだけだった。

 立ち上がり、周囲を見回す。東の低い丘陵。西に続く平坦な荒野。南には枯れかけた灌木の列。北の空に、鳥が一羽、ゆっくりと弧を描いている。人の気配はない。道もない。ここがどこなのか、見当もつかなかった。

 喉の渇きが最初の問題だった。料理人の習性で、レナートは風の匂いを嗅いだ。乾いているが、かすかに——本当にかすかに、湿り気を含んだ層がある。南の灌木の方角だ。根が水を吸っているなら、どこかに水脈がある。

 灌木に向かって歩き出す。赤い土は硬く、靴底に押し返すような感触があった。十分ほど歩いて灌木の根元にたどり着き、膝をついた。土を手で掘る。爪の間に乾いた砂が入り込む。

 そのとき、指先に奇妙な感覚が走った。

 脈打つような、温かさ。土の中から何かが伝わってくる。心臓の鼓動に似ているが、もっとゆっくりで、もっと深い。大地そのものが息をしているかのような律動だった。目を閉じると、それは——視えた、としか言いようがなかった。

 土の層が、色のついた断面図のように頭の中に浮かぶ。表層は乾いて養分が乏しい。だが三十センチほど下に、粘土質の層がある。その下を、細い水脈が南東から北西へ走っている。灌木の根は、その水脈に向かって真っ直ぐに伸びていた。

 レナートは目を開けた。両手を見た。赤い土にまみれた、料理人の手。十五年間、包丁と鍋を握り続けてきた手が、今は土の声を聞いている。

 何が起きているのか分からなかった。だが、水脈の位置は確信できた。理屈ではなく、指先が知っている。

 灌木の根に沿って三十センチほど掘り進めると、土の色が変わった。赤から黒褐色へ。湿り気が増し、やがて指先に冷たい水が触れた。小さな湧き水だった。両手で掬い、口に含む。土臭いが、甘い。渇いた喉に沁み渡るその水は、宮廷のどんな高級酒よりもうまかった。冷たさが食道を下り、空っぽの胃に落ちたとき、全身が震えた。生きている、とそれだけを体が訴えていた。

 水を飲み終えて顔を上げると、灌木の陰に、萎れたハーブの群生が目に入った。見覚えのある葉の形。タイムに似ているが、茎が太い。鼻を近づけると、弱々しいが確かに——清涼な香りが残っている。

 料理人の本能が、反射的に動いた。この香り。火を通せば肉の臭みを消す。パンに練り込めば食欲をそそる。十五年の経験が、萎れた葉の向こうに完成された一皿を描き出す。

 だがその前に、とレナートは再び土に手を触れた。さっきの感覚がまた来る。脈打つ温かさ。このハーブが萎れている理由が「視える」。表層の養分が足りない。だが少し離れた場所——湧き水の近く——には、この種が好む成分を含んだ土がある。

 植え替えれば、育つかもしれない。

 包丁の背で土を掘り、根を傷つけないように慎重にハーブを掘り起こす。料理人の手は繊細な作業に慣れていた。魚の骨を抜くときと同じ力加減で、細い根の一本一本を丁寧に土から外していく。湧き水の傍らに穴を開け、移植する。土を被せ、水を含ませる。

 それだけのことだった。大した作業ではない。宮廷で何百もの皿を仕上げた手にとっては、ほんの数分の所作に過ぎない。

 けれどレナートは、しばらくその場を動けなかった。土に触れた指先に残る温かさを、じっと感じていた。この荒野に放り出されて、包丁一本しか持っていなくて、帰る場所もない。なのに、この土には確かに——何かが眠っている。

 赤い土の荒野に、風が渡った。乾いているが、冷たくはなかった。萎れたハーブの葉が、移植された新しい土の上で、微かに揺れている。

 明日の朝、この葉がどうなっているか。

 それだけが気になって、レナートはその夜、湧き水の傍らで眠ることにした。枕元に包丁を置き、赤い土の上に横たわる。見上げた空には、王都では見たことのない数の星が瞬いていた。背中に伝わる大地の温もりは、厨房の竈の残り火に似ていた。目を閉じると、指先にまだ土の脈動が微かに残っている。それを感じながら、レナートは眠りに落ちた。

この話はいかがでしたか?

次の話を読む →

第2話「第2話「聞いたことのない鳥の声」」

↓ スクロールで次の話へ

第1話「銀の燭台百本の晩餐」 - 追放料理長の異世界畑 | Novelis