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錆びた剣十四振り──亡国王子の革命譚

第1話 第1話

第1話

第1話

鶴嘴の柄が、掌の皮を裂いた。

血と鉄錆が混ざる味を、レオニスは舌の端で確かめた。炭塵にまみれた指が、折れかけた柄に食い込む。三年前までは剣を握っていた手だ。今は第七坑道の岩盤を、朝から晩まで叩き続けている。

天命暦四百十二年、冬。ファルスヴェルン王国、辺境オルベン鉱山。――偽名はヨルン。鉱夫番号、二百四十七。

配給の鐘が、坑道の入口で鳴った。重い音が岩壁にこもり、湿った闇の奥まで這い降りてくる。レオニスは鶴嘴を肩に担ぎ、十数歩先を行く老兵の背を目で追った。ガレン。三十年前、父王の戴冠式で王旗を掲げた男。今は折れた腰を庇いながら、咳を押し殺して梯子を登っている。

地上に出ると、灰色の朝が胸を刺した。鉱夫たちが坑口の前で列を作り、錫の椀を差し出している。黒パン一片と、塩湯が半杯。それが一日の糧だった。

「ヨルン」ガレンが低く呼んだ。「今日は三人、徴兵に取られた」

レオニスは黙って頷いた。広場の向こうで、十五、六の少年たちが麻縄で繋がれていく。簒奪王の新しい鐘が、街道の方角で鳴っていた。国境の戦で数が足りぬのだという。徴兵官は、咳をしている老鉱夫の首根を掴んで引き倒し、その手から黒パンを奪った。老鉱夫の咳は、止まらなかった。痰が石畳に散り、朝日に薄く赤い色を浮かべた。少年の一人が、縄に引かれながら母親の名を呼んだ。母親は列から一歩も動けずに、両手で口を押さえ、椀を取り落とした。塩湯が、霜の張った地面に薄く滲んで消えた。

――父上が守ろうとしたのは、この咳ではなかったのか。

懐の奥、麻布に包んだ鉄の塊が、胸骨に触れた。父王クライドの印章。王都陥落の夜、燃える玉座の間から、幼い妹の手を引いて逃げた時に握り込んだものだ。三年の間、一度も外気に晒していない。妹の泣き声、焼け落ちる梁の軋み、近衛の血と煤の匂い、――そのすべてが、この冷たい鉄の肌の下に封じられている気がした。

配給の列から外れ、レオニスは坑夫小屋の裏手に回った。崩れかけた土壁の陰で、老兵たちが黙って待っていた。

ガレン、副官のマルシス、斥候のベオ、旗手だったヨハン――あの夜、王都から脱出した近衛の生き残りは十四人に減っていた。去年の冬、槍傷が膿んで死んだのが三人。鉱山の落盤で潰えたのが二人。

「殿下」マルシスが、潰れた左耳をレオニスに向けた。「王都から早馬の噂を聞きました。ランヴェルド伯が、新たな塩税を布告したと」

「塩一升に、小麦一俵分の銀」ヨハンが吐き捨てた。「民は汗を舐めて生きろというのか」

ベオが地面に短い枝で図を描いた。鉱山から王都まで、街道三十里。道中に関所が七つ。簒奪王の旗を掲げた砦が十九。――それが三年間、斥候を続けてベオが覚え込んだ道だった。枝先は関所の位置で一度ずつ止まり、岩盤を叩く鶴嘴のように、土に浅い穴を穿った。ベオの指は、いつの間にか自分の膝の上で数えるように折られていた。関所七つ、砦十九、橋が四つ、渡し場が二つ。その数を、この男は毎朝、目覚めの祈りのように諳んじていた。

レオニスは胡坐をかき、錆びた剣を膝に置いた。刃は欠けている。鞘も革が剥げ、柄頭に刻まれた獅子紋だけが、かろうじて王家の剣と見分けがつく。

「我ら、十四人」マルシスが静かに言った。「錆びた剣、十四振り」

「それで何をする」ヨハンが苦く笑った。「王都を攻めるか。三十里の街道で、俺たちは藁屑のように殺される」

ガレンは黙っていた。老騎士の視線は、遠く、坑口で咳をする鉱夫たちの列に注がれていた。その瞳の奥には、三十年前の戴冠式の陽光が、まだ消えずに燻っているようだった。幼き日の父王が、麦穂の冠を戴き、獅子の紋旗の下で民に誓いを立てた朝。――民の椀に、塩が満ちる国を作ると。ガレンは、その誓いの言葉を、今もそらで唱えることができた。

レオニスは、懐から麻布を取り出した。指で一枚ずつ皺を延ばし、中の鉄塊を掌に置く。父王の印章。獅子と麦穂の紋。掌に伝わる冷たさは、王都の石廊を吹き抜けた冬の風とよく似ていた。三年ぶりに外気を吸った鉄は、微かに汗と煤の匂いを放ち、朝の薄光を鈍く跳ね返した。

「殿下、それを」ガレンが息を呑んだ。老騎士の節くれだった手が、思わず胸元で十字を切りかけ、途中で止まった。その指は、三年間、鶴嘴と黒パンしか握ってこなかった。今、祈りの形を結ぼうとして、どこで止めればよいのか忘れてしまったかのようだった。

「見ろ」レオニスは、印章を湿った岩に押しつけた。泥の上に、薄く紋が写る。「父上は、この紋で民を守ると誓った。三年、俺はこれを懐で温めていた。だが――温めているだけでは、誰の咳も止まらぬ」

ヨハンが、錆びた剣の鍔に手を置いた。指先が、震えていた。怒りのためか、寒さのためか、本人にもわからぬような震え方だった。

「一度だけ、聞いてくれ」レオニスは、一人ずつの目を見た。マルシスの潰れた左耳、ベオの伏せた睫毛、ヨハンの引き結ばれた唇、ガレンの皺の奥で濡れた瞳。――「俺は、王都の玉座を奪り返すのではない。あの徴兵官を叩き落とす。あの塩税を破る。民の咳が、咳のまま殺されぬ国を作る。――錆びた剣十四振りで、ここから始める」

マルシスの潰れた左耳が、僅かに震えた。ベオは枝を折り、地面の図を泥で消した。ヨハンは、ゆっくりと息を吐いた。白い息が、冬の朝に溶けるまで、誰も口を開かなかった。

ガレンだけが、膝をついた。革鎧の関節が、軋んだ音を立てた。

「――我が王」老騎士の声は、掠れていた。「この首、三年遅れましたが、今ここに」

坑夫頭のブラムは、小屋の奥で黙って話を聞いていた。

太い腕に、火薬の擦過傷が走っている。三十年、この鉱山で岩盤を叩き、導火線を敷き、落盤を生き延びてきた男だ。髭の下の唇は、鉱夫特有の黒い皺を刻み、瞳の奥には、岩盤を読むときの静かな光があった。左手の小指は、二十年前の落盤で根元から失われている。その断面を、ブラムは無意識に親指の腹で擦る癖があった。

「貴族の喧嘩だろう」ブラムは、無愛想に言った。「俺たち鉱夫は、誰が玉座に座ろうが、塩と黒パンで働くだけだ」

「そうだ」レオニスは頷いた。「だから、訊きたい。貴殿たちは――誰の塩を、舐めたい」

ブラムの手が、止まった。坑夫たちの視線が、動いた。少年鉱夫の父親が、レオニスの顔を見上げた。その男の咳は、先週から血が混ざっている。袖口の汚れた布には、茶色く乾いた染みが、年輪のように幾重にも重なっていた。男の隣では、まだ幼い娘が、父の裾を握っていた。その指は霜焼けで腫れ、爪の間には、昨日父が削った岩の粉が、白く残っていた。

「新しい王の塩か」ブラムは、低く呟いた。「それとも、古い王の塩か」

「どちらでもない」レオニスは、印章を掲げた。「俺の塩ではない。貴殿たちの塩だ。貴殿たちが汗で稼いだ塩を、貴殿たちが舐めて生きる。――そういう国を、作りたい」

ブラムは、しばらく黙っていた。火薬の擦過傷を、太い指で撫でた。小屋の梁から落ちる雫が、土間で一つ、また一つと鈍い音を立てた。坑夫の誰かが、小さく咳をした。それから、一つだけ頷いた。

「導火線は、二百間ある」ブラムは言った。「黒色火薬は、七樽。落盤の仕掛けは、三十年で俺が覚えた。――使い道があるなら、貸す」

ガレンが、目を閉じた。マルシスが、潰れた左耳で、頷いた。ヨハンが、錆びた剣を、鞘から半ば引き抜いた。刃の欠けが、冬の光に鈍く応えた。

十四人の近衛、三十人の坑夫、錆びた剣十四振り、黒色火薬七樽、導火線二百間。――革命と呼ぶには、あまりに粗末な手駒だった。

だがレオニスは、父王の印章を、泥の上にもう一度押した。獅子と麦穂の紋が、はっきりと、土に刻まれた。

その夜、第七坑道の最奥で、ベオが息を殺していた。

斥候の耳が、拾ったのだ。――軍靴の音。一人。足取りは軽いが、鎧を着ている。関所を抜けた気配がない。坑道の裏口を知っている者の歩き方だった。

レオニスは、錆びた剣を握り直した。火薬の匂いが、坑道の奥から微かに漂う。足音は、近づいてくる。

岩壁の向こう、松明の光が一つ、揺れた。

その光の主が誰か、レオニスはまだ知らなかった。

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