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ランク外の残響

第3話 第3話「止まらない脈動の視界」

第3話

第3話「止まらない脈動の視界」

脈動が、止まらない。

体の奥底から湧き上がる振動が全身を巡るたびに、意識が鮮明になっていく。腹部の傷からは依然として血が流れている。致命傷だ。それは変わらない。なのに体が動く。壁に手をついて立ち上がった俺の視界には、暗闘のはずのコンテナの路地が——別の色を帯びて映っていた。

薄紫の残光。

さっき俺を打った衝撃波の痕跡が、空気の中に回路図のように浮かんでいる。力の圧縮点、解放の方向、拡散の角度。それが「見える」のではなく「読める」という感覚に近かった。文字を知っている人間が看板を見れば自動的に意味を取るように、力の構造が意味を持った情報として脳に流れ込んでくる。

足音が戻ってきた。

コンテナの角を曲がって現れたのは、さっき俺を刺した衝撃波の男だった。仲間と何か話していたのが途切れ、こちらを見て足を止める。

「——は? なんで立ってんだ」

驚いた顔。当然だ。腹を刺されて放置した人間が、数分後に立っているなんて想定していない。男の隣にいたもう一人——背の低い男が、一歩下がった。

「おい、まだ生きてんのかよ。しぶてえガキだな」

衝撃波の男が右手を持ち上げた。掌に薄紫の光が灯る。見た。二度目だ。今度は——発動までの全工程が見えた。

掌の中心で異能の核が回転する。そこから放射状に力が伸び、空気を圧縮していく。圧縮が臨界に達した瞬間、前方に向けて一気に解放される。それが衝撃波の正体だった。力の回転、圧縮、解放。三段階の単純な構造。だが出力が高いから威力がある。

「二度目はねえぞ」

男の掌から衝撃波が放たれた。空気が歪む。不可視の壁が迫ってくる——その軌道が、読める。

体が勝手に動いた。左に半歩。衝撃波の端をかすめるように避ける。完全な回避じゃない。左腕に衝撃が走り、体がよろめいた。だが直撃は免れた。さっき全身で受けた時とは、天と地ほど違う。

「避けた——?」

男の目が見開かれる。その顔に、薄紫の残光が重なって見えた。発動直後の、再チャージの時間。掌の光が一度消えてから次の圧縮が始まるまでの空白。約一・二秒。

その隙間に——俺の脈動が応えた。

腹の底から込み上げる熱を右掌に集める。衝撃波の構造を脳内で再構成する。回転、圧縮、解放。手順は読み取った通りだ。だが出力が足りない。あの男がエンジンだとすれば、俺の中にあるのは火のついたばかりの蝋燭だ。構造を知っていることと、同じものを再現できることは違う。

構わない。

劣化版で十分だ。

右掌を男に向けた。意識を集中する。脈動が掌に集まり、圧縮が始まった。あの男の三分の一もない出力。だが——構造は、本物だ。

解放。

俺の掌から、不可視の衝撃が飛んだ。

威力は弱い。あの男の衝撃波が鉄の壁なら、俺のは張り手だ。だがそれは「存在した」。確かに力として空気を裂き、男の体を一歩だけ後退させた。

沈黙。

路地に沈黙が落ちた。衝撃波の男も、隣の背の低い男も、動きを止めている。俺自身も、自分の掌を見つめていた。薄紫の残光が掌の上で消えていく。力を使った反動が体に返ってきて、膝が笑った。腹部の傷が脈打つように痛む。血が足元に溜まっている。長くは持たない。

「てめえ——異能者か」

男の声に、さっきまでなかった警戒が混じっている。ランク外のゴミだと思っていた相手が衝撃波を撃ち返してきた。弱くても、その事実だけで計算が変わる。

「ランク外のガキが、異能を——いつから持ってやがった」

答える余裕はなかった。意識が揺れている。出血が限界に近い。だがここで倒れたら、今度こそ止めを刺される。右手をもう一度持ち上げた。掌に力を集めようとする。脈動が応えるが、さっきより弱い。蝋燭の火が風に煽られている。

それでも——構えた。

男が舌打ちした。判断が一瞬揺れたのが見えた。こいつを仕留める間にもう一発食らうリスク。腹を刺されてなお立ち、衝撃波を模倣する異常なガキ。得体が知れない。C級かD級の異能者なら力押しで片づけるが、正体不明は別だ。裏社会では「理解できない脅威」が最も忌避される。

「……チッ。行くぞ」

男が仲間に声をかけ、背を向けた。背の低い男がちらりとこちらを振り返ったが、衝撃波の男に急かされて路地の闘に消えていく。

足音が完全に消えるまで、俺は右手を下ろさなかった。

消えた。

膝から力が抜け、地面に崩れ落ちた。コンクリートの冷たさが頬に伝わる。視界が再び狭くなっていく。脈動が弱まっている。覚醒の余韻が引き潮のように体から抜けていく。

だが、死なない。

わかる。出血は多いが、致命の一線は越えていない。ナイフの刃は内臓の急所をわずかに逸れていたのか、あるいはさっきの脈動が何かを変えたのか——理由はわからない。だが心臓は動いている。呼吸ができる。意識がある。

内ポケットに手を入れた。血に濡れたノートを取り出す。ページが張りついて開きにくい。震える指で最後の空白ページを探り当て、ペンを握った。血で滑る。構わず書く。

『衝撃波——掌の回転核を中心に圧縮・解放。三段構造。再チャージ約一・二秒。劣化版は再現可能。出力推定三割以下』

書き終えて、ペンが手から落ちた。もう握る力が残っていない。仰向けに転がると、コンテナの隙間から細い夜空が見えた。星はまだ出ている。

——異能。

俺に、力が宿った。

理由も原理もわからない。死にかけたから目覚めたのか、最初から眠っていたものが今夜たまたま起きたのか。何もわからない。だがこの掌に確かに感じた。あの男の衝撃波を読み取り、劣化版とはいえ再現した感覚。構造を理解すれば力を借りられる——そういう異能だ。多分。

俺は目を閉じた。意識が沈んでいく。今度は死の淵ではなく、ただの眠りへ。体が限界を超えた反動が、強制的に意識を落としにかかっている。

最後に一つだけ考えた。ノートに二年分書き溜めたデータ。あの蓄積が——これからは、ただの記録じゃなくなる。

どこかで夜明けの鳥が鳴いた気がした。意識が途切れる直前、血塗れのノートを胸に抱えたまま、俺は倉庫街の路地で眠りに落ちた。

目を覚ましたのは、陽が高く昇ってからだった。

倉庫街の片隅で、錆びたコンテナの影に倒れていた体を引きずり起こす。腹部の傷は血が固まって塞がりかけていた。動くたびに鈍い痛みが走るが、昨夜の出血量を考えれば生きているだけで異常だ。スマホを見ると午前十一時。学校は——もう考える余裕がなかった。

コンビニで包帯と消毒液を買い、公園のトイレで応急処置をした。鏡に映った自分の顔は土気色で、シャツは乾いた血で赤黒く固まっている。パーカーのジッパーを上まで閉めれば外からは見えない。

ネットカフェに入り、個室のブースに倒れ込んだ。体を休めなければならない。だがその前に、確認しなければならないことがある。

裏社会のランキング掲示板。表のインターネットからは到達できない、異能者だけが閲覧する匿名の序列表。真壁から一度だけURLを教えられたことがある。「自分の立ち位置ぐらい知っとけ、使い走り」と——ランク外の俺を嘲笑うように。

ブラウザにアドレスを打ち込む。暗号化されたログイン画面。真壁のアカウントはもう使えないだろうが、閲覧専用の入口は生きていた。

ランキングが表示される。S級の頂点から順にスクロールしていく。A級、B級、C級——真壁の名前があった場所に「死亡」のタグが貼られている。胃が一瞬締まったが、感傷に浸る余裕はなかった。D級、E級と下がっていく。

最下段。E級リストの末尾。

そこに、見慣れない名前があった。

『凪——分類不明・詳細不明 推定E級下位 ※新規登録:異能発現確認(目撃情報に基づく暫定評価)』

俺の名前が——ランキングに刻まれている。

あの路地での出来事を、誰かが見ていた。衝撃波の男か、その仲間か、あるいは別の誰かが。ランク外の人間が異能を使ったという目撃情報が掲示板に上がり、管理者が暫定でE級に分類した。最底辺。だが——ランクの内側だ。

画面の下にはコメント欄がある。

『真壁の使い走りだった奴だろ? 異能隠してたのか?』 『いや覚醒したてっぽい。出力カスらしいぞ』 『それで衝撃波を撃ち返した? 面白えな』

ざわついている。小さなざわめきだが、確かに波紋が広がっている。ランク外の無名が、一夜にして異能者の末席に名を連ねた。それだけで裏社会では話題になる。

俺はブラウザを閉じ、椅子の背もたれに体を預けた。腹の傷がずきりと疼く。だが口元に、自分でも気づかないうちに笑みが浮かんでいた。

E級の最底辺。出力は本物の三割以下。満身創痍で、明日の飯代すら怪しい。

それでも——ようやく、番号をもらえた。

ノートを開き、衝撃波のデータの下に一行書き足した。

『能力名(仮):力の残響——他者の異能構造を読み取り、劣化版を再現する』

ペンを止めて、自分の字を見つめる。二年間、他人の力を記録し続けてきた。それが今日から——自分自身の武器になる。

ネットカフェの薄暗い個室で、血の匂いが混じった空気の中、俺は次のページをめくった。白紙のページが、これまでとは違う意味を帯びて見えた。

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