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追放軍師の和平戦記

第2話 第2話

第2話

第2話

松明の列は、街道を辿ってゆっくりと近づいてきた。

レンは窓辺に身を伏せたまま、闇の中で数を数えた。火の数は十二。だが松明を掲げているのは騎兵ではない。揺れ方が違う。馬上の松明は上下に大きく弾むが、あれは左右に揺れている——荷車だ。そして蹄の音は荷車を引く輓馬のものだった。軍馬の駈歩とは間隔が異なる。レンの肩から、わずかに力が抜けた。

先遣隊ではない。避難民だ。

夜明けを待たず、レンは村長バルドの家を叩いた。夜露に濡れた土の匂いが足元から立ち上り、吐く息だけが白く闇に溶けた。バルドは寝巻きのまま扉を開け、レンの表情を見て何も問わずに外套を羽織った。四十年前の兵士の勘が、ただの農夫の顔ではないことを嗅ぎ取ったのだろう。

「東から人が来ている。荷車が十二台ほど見えた」

「避難民か」

「おそらくは」

二人が村の入口に着いた頃、最初の荷車が石垣の門を潜ろうとしていた。幌の下から子供の泣き声が漏れている。御者台の男は顔中に煤をかぶり、目だけがぎらぎらと松明の火を映していた。煤の下の肌は赤黒く焼けただれ、唇は乾ききって白い皮が剥がれていた。声は掠れ、喉の奥から絞り出すようだった。

「頼む、一晩だけでいい。水と、子供に食わせるものを——」

バルドが頷き、村人たちを起こしにかかった。レンは荷車の列を見渡した。十二台に、徒歩の者が三十人ほど。女と子供と老人ばかりだ。壮年の男がほとんどいない。徴兵されたか、あるいは既に戦場で——。

「どこから来た」

レンは御者台の男に問うた。

「フォーレンだ。国境から二日の——」

「知っている」

フォーレン。カルディア東部国境の交易町。三つの要塞に守られた防衛線の後背に位置する、兵站の要だ。あそこが陥ちたということは——。

「要塞は」

男の目に恐怖が蘇った。唇が震え、言葉が途切れ途切れに零れた。

「三つとも、だ。一晩で。最初にラドム要塞が炎に包まれた。狼煙が上がる間もなかった。朝になったらクレスタもゼアも落ちていた。まるで——内側から門を開けたみたいに」

レンの背を冷たいものが走った。三要塞の同時陥落。それは通常の攻城戦では起こり得ない。要塞は互いに支援し合うために三角形に配置されている。一つが攻められれば残り二つが側面を突く。それがカルディア東部防衛の根幹だった。レン自身が、かつてその配置を設計した。

三つを同時に落とすには、三方向から同時に攻撃を仕掛けるだけの兵力と、守備側の連携を完全に遮断する情報封鎖が要る。あるいは——男が口にした通り、内側から門が開かれたか。

「グラオスの軍勢はどれほどの規模だった」

「わからない。ただ——地平線が黒くなった。旗がどこまでも続いていた」

レンは口を閉じた。それ以上は素人に聞いても仕方がない。だが得られた情報だけで、頭の中では既に地図が広がっていた。三年前に握り潰された防衛報告書。あの中で指摘した三つの弱点——狼煙台の死角、要塞間の伝令路を遮断できる渓谷、そして各要塞の守備兵力の不足。すべてが突かれたのだとすれば、あの報告書がグラオス側に渡ったことになる。

——考えるな。お前の戦争じゃない。

レンは自分に言い聞かせ、避難民の受け入れに手を動かした。

夜明けとともに、村は混乱の渦に呑まれた。二十戸の寒村に四十人以上の避難民が流れ込み、食料も寝床も足りない。バルドが指示を出すが、どこに何人を割り振るか、水はどう分けるか、判断が追いつかない。村人たちは善意で動こうとするが、善意だけでは四十の口は養えない。

レンは意識して目立たぬよう、しかし確実に動いた。

「風車小屋の二階なら十人は寝られる。干し草を敷けばいい。井戸水は朝と夕に分けて汲む。一度に汲み上げると水位が下がって半日は使えなくなる」

バルドに耳打ちする形で、避難の段取りを伝えた。食料の備蓄を確認させ、一日あたりの消費量から何日持つかを暗算した。七日が限界だ。それ以上になるなら、山向こうのレーゲン村との連携が要る。

「随分と手際がいいな、農夫にしては」

バルドの目が探るようにレンを見た。レンは視線を逸らした。

「旅をしていた頃に、似たような場面を見た」

嘘ではないが、真実でもない。似たような場面を「見た」のではなく「作った」のだ。数千の兵を動かし、数万の民を避難させ、兵站を組み上げた。それが軍師の仕事だった。

昼過ぎ、さらに二つの集団が村に辿り着いた。こちらはより悲惨だった。着の身着のままの者が多く、中には火傷を負った者もいた。焼けた布の下から覗く水膨れは赤黒く腫れ上がり、触れるだけで皮膚が剥がれそうだった。レンはミラを手伝いに出し、自分は怪我人の手当てに回った。軍にいた頃に覚えた応急処置が、三年経っても手に残っていた。清潔な布を裂き、傷口を洗い、薬草を練って塗る。指が淀みなく動くたびに、忘れたはずの戦場の空気が鼻の奥に蘇った。

避難民の一人、白髪の老婆がレンの袖を掴んだ。枯れ枝のような指に、思いのほか強い力がこもっていた。

「坊や、カルディアの兵隊はどこにいるんだい。王様の軍隊が来てくれるんだろう」

レンは答えられなかった。三要塞が一晩で陥落したなら、東部方面軍は壊滅しているか総退却しているかのどちらかだ。この辺境に援軍が来ることはない。

「きっと来る。少し待っていてくれ」

嘘をついた。老婆は安堵したように目を閉じた。その顔を見て、レンの胸に苦い塊がせり上がった。三年前も同じだった。民に嘘をつき、兵に死地を歩かせ、勝利を積み上げた。その果てに待っていたのは追放だった。

——それでも、目の前の人間を見捨てることだけは、まだできない。

夕刻、レンはバルドと村の主だった者たちを集めた。自分の正体は明かさず、旅の途中で得た知識としていくつかの提案をした。集まった五人の顔を、囲炉裏の弱い火が照らしていた。薪の爆ぜる音だけが沈黙を埋めている。

「東街道は危険だ。グラオスの斥候がこのあたりまで来ているなら、街道沿いの村は遅かれ早かれ巻き込まれる。村を捨てろとは言わない。だが、女子供と老人だけでも西の山道へ逃がす準備をしておくべきだ」

「そこまでのことか」バルドが唸った。

「三つの要塞が同時に落ちた。これは小競り合いじゃない。本格的な侵攻だ」

沈黙が落ちた。村人たちの顔に、現実の重さが染み渡るように広がっていく。誰もが何かを言おうとして、言葉を見つけられずに口を閉じた。囲炉裏の火が一際大きく爆ぜ、赤い火の粉が宙に舞って消えた。

「いつまでに動けばいい」

「早ければ早いほどいい。十日以内に先遣隊がここに来る可能性がある」

レンがそう言い切ったとき、自分でも驚いた。軍師として断言する口調が、三年の沈黙を破って喉から出ていた。胸の内で、封じたはずの何かが軋みを上げている。

会合が終わり、村人たちが散った後も、レンは村外れの丘に立って東を見つめていた。茜から紫に変わる空の下、街道が一本の灰色の線になって消えていく。あの道の向こうで、カルディアが燃えている。

ミラが隣に来て、黙ってレンの手を握った。小さな手は冷えていたが、握る力は強かった。

「先生、逃げるんだよね。みんなで」

「ああ。逃げる準備をする」

「先生も一緒に逃げるよね」

レンは答えなかった。答える代わりに、ミラの頭にそっと手を置いた。風が東から吹いていた。微かに、煙の匂いがした。それが錯覚なのか、本当にフォーレンの残り火が風に乗ってきたのか、レンには判じられなかった。

その時だった。丘の上から見える東街道の曲がり角——二町ほど先の雑木林の陰に、動くものがあった。レンの目が捉えたのは一瞬の光だった。夕陽を反射した金属の煌めき。兜か、あるいは槍の穂先か。

すぐに消えた。だが見間違いではない。

レンはミラの手を強く握り返した。声は平静を装ったが、目は街道の闘を射抜いていた。

「ミラ。バルド爺さんのところへ走れ。『東に光り物が見えた』とだけ伝えろ。走れ、今すぐだ」

ミラは怯えた顔をしたが、すぐに身を翻して駆け出した。レンは丘に残り、目を凝らした。

雑木林の影が、わずかに揺れている。一人ではない。三つ、いや四つの人影が、街道を外れて林の中を移動しているのが見えた。動き方に無駄がない。訓練された兵だ。

グラオスの斥候だ。十日の猶予はなかった。敵はもう、ここまで来ている。

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