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辺境星系の冤罪検事

第3話 第3話

第3話

第3話

三年が過ぎた。

八歳のリクの身体は、五歳のときよりは多少ましになっていた。骨格が伸び、指先に力が入るようになり、少なくとも配給ブロックを噛み砕くのに顎が痛むことはなくなった。だが本質的な問題は変わらない。前世の検事・瀬尾理久が蓄積した二十年分の経験則が、八歳児の神経回路で不規則に発火し続けている。思考のフレームワークだけが大人で、それを出力する声帯も表情筋も、まだ子供のものだ。

統合養育施設C棟の朝は、三年前と同じチャイムで始まる。〇六三〇、起床。〇七〇〇、スキャン検診。〇七三〇、配給。変わったのは、リクのベッドの脇にノエルが立っている頻度が増えたことだった。AI保護者は本来、担当児童に対して均等にリソースを配分するよう設計されている。だがノエルは明らかにリクへの観察時間を多く割いていた。リクはそれに気づいていたし、ノエルもリクが気づいていることを知っていた。三年間、その件について二人は一度も会話を交わしていない。

「整列。配給は〇七三〇。遅れた者は減配」

天井のスピーカーが同じ台詞を繰り返す。リクは列に並びながら、配給カウンターの向こうを観察した。

配給係は三年前と同じ中年女性——ヴィクラだ。動作パターンは変わらない。右手でブロックをトレイに置き、左手でカウンター下の予備ストックを操作する。だが今日は左手の動きが通常より〇・二秒速い。つまり、隠す量が増えている。

リクは三年間、この女を観察し続けていた。

検事時代、横領事件の立件には最低三つの要素が必要だった。動機、機会、そして数値の不整合。ヴィクラの場合、三つともすでに揃っている。動機——私物のアクセサリーが季節ごとに新しくなっている。施設職員の給与では説明がつかない消費水準。機会——配給管理は彼女一人に委ねられ、監査は年一回の形式的なものだけ。そして数値の不整合。

リクは自分の受け取るブロックの重量を、毎朝、手の感触で計測していた。五歳児の手では精度に限界があったが、八歳になった今、誤差は五グラム以内に収まる。連邦児童福祉基準が定める一食あたりの合成タンパク質量は百二十グラム。リクのブロックは、平均して九十グラムだった。三割の欠損。六十人の児童全員に同じ操作が行われていると仮定すると、一日あたり五キロ以上の配給品がヴィクラの手元に蓄積される計算になる。

今日、仕掛ける。

「ヴィクラさん」

リクは配給カウンターの前に立ち、ブロックを受け取る直前に声をかけた。意図的に、列の流れを止めた。

「このブロック、前より小さくなってませんか」

子供の声。子供の疑問。ヴィクラは作業の手を止めず、視線だけをリクに向けた。

「規格は同じだよ。気のせい」

嘘だ。リクにはわかった。ヴィクラの声帯が〇・五トーン上がっている。回答速度が速すぎる。準備された台詞だ。本当に身に覚えがなければ、人は「え?」と聞き返す。即座に否定するのは、質問を予期していた人間の反応パターンだ。

「でも、ぼくの手で持つと前は指が回らなかったのに、今は握れちゃう。手が大きくなったぶんを差し引いても、小さいと思うんですけど」

リクは自分のブロックを掲げた。後ろに並んでいた子供たちが、自分のトレイに目を落とした。比較。人間は比較対象を与えられると、それまで気づかなかった差異を認知し始める。検事時代、陪審員に証拠の意味を理解させるときに使った手法だった。

「——あんた、うるさいね」

ヴィクラの声が低くなった。感情の制御が外れかけている。リクは畳みかけなかった。前世の経験が教えている。追い詰めすぎると相手は逆上するか黙秘する。子供の立場では、どちらも不利になる。

「ごめんなさい。気のせいかも」

リクはブロックを受け取り、列を離れた。

計算通りだ。リクが仕掛けたのは告発ではない。種まきだった。子供たちは今夜、自分のブロックの大きさを気にし始める。比較し、話し合い、声が大きくなる。集団の不満は個人の告発よりもはるかに制御が難しい。ヴィクラがこの圧力に耐えられなければ、数日以内に配給量を戻すか、それとも——。

三日後、配給の不正が是正された。

ただし、リクの予測とは異なるルートで。施設の定例監査で、配給管理記録の数値と実際の在庫に三十パーセントの乖離が発見されたのだ。監査官はメイラという名の若い女性だった。連邦補給局から派遣された配給管理官。短く切り揃えた黒髪と、データパッドを持つ手の爪が実用的に短い。余分な装飾が一切ない人間。リクは彼女を初見で評価した——この人間は数字を読む。

「RI-4716、ちょっと話を聞いてもいい?」

監査の翌日、メイラが施設の共有スペースでリクに声をかけた。リクの胸が不自然に脈打った。八歳の心臓が、検事時代の緊張を再現している。自分の仕掛けが監査に影響を与えた可能性がある。因果関係を辿られたら——。

「配給について、何か気づいたことある? あなたがヴィクラさんに質問したって聞いたの」

メイラの視線は真っ直ぐだった。査問ではない。事実確認の目だ。リクは瞬時に判断を下した。この人間には、限定的に真実を渡していい。

「ブロックが小さかったから聞いただけです」

「そう。よく気づいたね。あなたの報告で調べたわけじゃないんだけど、結果的に同じ問題が見つかった」

メイラはリクの隣に座った。データパッドを膝の上に置き、画面をリクに見せた。配給記録のグラフ。数値の推移。リクの目が自動的にデータを読み取る。過去六ヶ月で横流しの総量は累計八百キロ。金額に換算すれば、辺境星系の闇市場価格で相当な額になる。

「このグラフ、読める?」

メイラが試すように聞いた。

「なんとなく。棒が減ってるのは、もらえる量が減ってるってことですよね」

子供の語彙で、正確に答えた。リクは自分の能力を曝露しない訓練を三年間積んでいる。真実の九割を隠し、一割だけを見せる。それが今のリクの生存戦略だった。

メイラは小さく頷いた。リクの答えを精査するでもなく、疑うでもなく、ただ受け取った。その態度にリクは微かな安堵を覚えた。この人間は子供を査定対象としてではなく、対話の相手として扱っている。養育施設の三年間で、初めてのことだった。

「問題は修正したから、来週から配給は正規量に戻るよ。気づいてくれてありがとう」

メイラは立ち上がり、データパッドを脇に挟んだ。リクの頭に手を伸ばしかけて、やめた。代わりに軽く手を振って、施設の管理棟に向かって歩いていった。

リクはその背中を見送った。ありがとう、という言葉が耳に残った。この施設で、誰かに礼を言われたのは初めてだった。胸の奥に、前世の法廷では感じたことのない種類の温かさが生じた。八歳の身体は、感情の増幅器としては大人よりも高性能らしい。

その夜、施設の共有端末にニュースフィードが流れた。

『ケプラー第七星系 サイノス社採掘技師 環境適応障害により死亡——サイノス・マイニング広報部は本日、第三採掘区画に勤務していた技術主任テオ・ハルザック氏(四十二歳)が環境適応障害による突発性心停止により死亡したと発表した。同社はケプラー第七星系における安全基準を遵守しており——』

リクの目がフィードの文面で止まった。

環境適応障害。辺境星系で入植者が現地の大気組成や重力差に適応できず発症する疾患だ。症状は段階的に進行し、初期の倦怠感から末期の臓器不全まで、通常は数ヶ月から数年の経過を辿る。「突発性心停止」はその最終段階だが——。

リクの前世の記憶が、引っかかりの正体を特定した。

環境適応障害で死亡した場合、労働災害として届け出る義務がある。だがこのフィードの文面は「安全基準を遵守」と記している。矛盾だ。安全基準を遵守していたなら、環境適応障害は予防モニタリングで早期発見されるはずであり、突発性心停止に至る前に医療介入が行われる。「遵守」と「突発性心停止」は、同じ文章に共存できない。

どちらかが嘘だ。

リクは共有端末の前で、小さな拳を握りしめた。施設の子供たちは誰もニュースフィードに目を向けていない。八歳の少年が採掘技師の死亡記事を読み込んでいること自体が、本来ならありえない光景だった。

背後に気配を感じた。振り返ると、ノエルが三メートル後方に立っていた。琥珀色の瞳がリクを見ている。虹彩パターンの変動は穏やかだが、瞳孔の収縮率が通常値から外れていた。ノエルもまた、リクがニュースフィードを読んでいることを観察している。

「ノエル」

「はい、リク」

「環境適応障害って、急に死ぬ病気?」

子供の質問として、限界まで無邪気に聞いた。

ノエルの応答に、〇・八秒の遅延があった。AIの回答としては、異常に長い間だった。

「一般的には、段階的に進行する疾患です。ただし、個人差があります」

正確で、無害で、そして何も語っていない回答。ノエルの瞳孔が元に戻った。リクはそれ以上聞かなかった。

施設の薄い壁の向こうで、ケプラー第七星系の夜が更けていく。採掘プラントの低い振動が地表を伝わり、リクのベッドを微かに揺らしていた。その振動の下で、一人の男が死に、その死が嘘で包装され、誰にも疑われずに処理されようとしている。

前世と同じ構図だ。権力が真実を書き換え、誰も声を上げない。

リクは毛布を引き上げ、目を閉じた。だが眠りは来なかった。瞼の裏に、メイラのまっすぐな視線と、ニュースフィードの矛盾した文面が交互に明滅している。

——偶然か。

八歳の少年は、まだその問いに答えを出さなかった。

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