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呪いの令嬢は処刑台で予言する

第7話 第7話「騎士の誓い」

第7話

第7話「騎士の誓い」

# 第7話「騎士の誓い」

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中庭の石畳に、二つの影が伸びていた。

午後の日差しが傾き始め、離宮の壁に蔦の影が揺れている。蔦の葉が風に鳴るたびに、壁の影が生き物のようにうごめいた。わたくしは中庭のベンチに腰掛け、母の日記を読み返していた。破られていない頁を何度も読んだが、新しい発見はない。母の文字は丁寧で、感情を抑えた書き方だった。星詠みとしての記録が主で、個人的な感情が覗くのは数箇所だけ。

けれど、インクの濃さが変わる箇所がある。筆圧が強くなったところ。「覚悟している」と書いた行は、紙に溝ができるほど強く刻まれていた。母も、震える手でペンを走らせたのだろうか。

リオンは、わたくしから少し離れた木陰に立っていた。剣の手入れをしている。砥石で刃を研ぐ、規則正しい音が心地よかった。石と鉄が触れ合う、しゃりしゃりという音。風の音と虫の声と、その音だけが中庭を満たしている。

「リオン」

「はい」

「あなたの左手の火傷のこと——聞いてもよろしくて?」

砥石の音が止まった。わたくしは顔を上げた。リオンの表情は穏やかだった。拒絶の色はない。ただ、碧眼の奥に、深い場所を覗くような静けさがあった。水底を見つめるときの目に似ている。

「構いません」

リオンが砥石を置き、ベンチのわたくしの隣に——ではなく、少し離れた位置に腰を下ろした。護衛の分をわきまえている。わたくしは少し苛立ったが、何も言わなかった。苛立つ自分に驚いた。この人にもっと近くに座ってほしいと思っている自分に。

「七歳のときの話です」リオンが左手を開いた。火傷の跡が、午後の陽に白く浮かんだ。ケロイドの肌が光を反射して、銀色にも見える。「実家のヴェステル領で、夜中に火事がありました」

「火事」

「姉の部屋から出火しました。原因は、蝋燭の倒れ——と、公式にはそうなっています」

公式には。つまり、本当の原因は別にある。リオンの声は平坦だったが、その平坦さの下に何かを押し込めている気配があった。

「姉は、わたくしより六つ上で、その頃はもう家を出る準備をしていました。嫁ぎ先が決まっていたのです。けれど火事の夜、姉は部屋で何かを——書いていました。蝋燭を何本も灯して」

リオンの声が、少し低くなった。

「私が煙に気づいて姉の部屋に入ったとき、煙で目が痛かった。熱い空気が喉を焼いた。姉は机に突っ伏していました。意識がなかった。紙が燃えていて、その紙を払いのけたときに、左手を焼きました」

わたくしは、リオンの左手を見た。古い火傷の跡。肌が引き攣れ、指の付け根まで及んでいる。三歳のときに暖炉で、と、わたくしの夢は告げていた。けれど、それは断片的な夢の解釈だった。真実は、もう少し複雑だったらしい。夢は未来の輪郭を映すが、細部は歪む。わたくしの力の限界を、改めて思い知った。

「姉を背負って外に出ました。七歳の体で、十三歳の姉を背負う。廊下が煙で白くて、足元が見えなかった。壁を伝って歩きました。左手が焼けていたのは知っていましたが、痛みを感じたのは外に出た後です。火は消し止められた。姉は無事でした。——けれど」

リオンが、左手を握った。火傷の跡が、拳の中に隠れる。

「翌朝、姉は何も覚えていないと言いました。何を書いていたのか、なぜ蝋燭をあれほど灯していたのか。ただ、机の上に、ひとつだけ焼け残ったものがあった。銀色の——小さな盤のようなもの」

わたくしの手が、日記帳の上で止まった。指先が冷たくなる。

「銀盤……」

「はい。私はそれが何か分かりませんでした。姉もそれきり語りませんでした。しばらくして嫁ぎ先へ行き、その三年後に——亡くなりました。病死と」

病死。母と同じ言葉。わたくしの胸の奥で、何かが軋んだ。歯車が噛み合うような、けれど歯車の歯が一本足りないような、不完全な噛み合い方。

「リオン、あなたの姉上は——」

「分かりません。姉が星詠みだったのかどうか、私には判断がつかない。けれど、あの夜の姉の顔は覚えています。必死で何かを書いていた。何かを——見ていた」

リオンが、わたくしの目を見た。碧眼が真っ直ぐだった。午後の光が斜めに射して、瞳の中に金色の粒が散っていた。

「だから、私が騎士を志したのは、姉のためです。守りたい人がいるのに、守り方を知らなかった。あの夜、私にできたのは姉を背負って火の中から出ることだけだった。それ以外の守り方を、私は知りたかった」

風が吹いた。蔦の葉が揺れて、木漏れ日が二人の上に斑模様を落とした。光の粒が動くたびに、リオンの赤毛の色が変わる。銅色、琥珀色、暗い金色。

わたくしは、日記帳を胸に抱き寄せた。母と、リオンの姉。銀盤と、星紋と、予言。つながりが見える。けれど、まだ輪郭だけで、全体像は掴めない。霧の中に浮かぶ城のように、形は見えるのに、扉がどこにあるか分からない。

「あなたの姉上のこと、いつか、もっと教えてくださいますか」

「はい。覚えていることは、すべて」

リオンの声に迷いがなかった。この人は、自分の傷を隠さない。わたくしとは、対照的だった。

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夜の離宮は静かだった。

蝋燭の明かりが廊下の壁に影を揺らしている。炎が揺れるたびに、壁の石の模様が生き物のように蠢く。母の日記を読み終え、部屋に戻る途中、廊下の角でリオンと出くわした。夜番の巡回だった。

「おやすみにならないのですか」

「少し、歩きたくて」

嘘ではなかった。頭の中が母の日記とリオンの姉の話で一杯で、横になっても眠れそうになかった。考えるときは歩く方が楽だ。足を動かすと、思考も流れやすくなる。

二人で、静かな廊下を歩いた。並んで歩く。護衛と令嬢の定位置ではなく、ただ、並んで。リオンの歩幅がわたくしに合わせて小さくなっていた。靴音が互いに重なりそうで、けれどかすかにずれている。その微妙なずれが、心地よかった。

廊下の窓から夜気が流れ込んでくる。庭の草の匂い。夜露の湿った匂い。蝋燭の蝋が溶ける匂い。三つの匂いが混じり合って、夜の廊下だけの香りを作っている。

「リオン」

「はい」

「昼間の話。あなたが騎士を志した理由を聞いて、少し安心しましたわ」

「安心?」

「あなたがわたくしの傍にいてくれるのは、予言のせいだけではないのだと。あなたには、予言とは別の理由があるのだと」

リオンが立ち止まった。わたくしも止まった。廊下の窓から差し込む月明かりが、二人の間に青白い帯を作っていた。月光が床の石畳に反射して、リオンの軍靴の先を白く照らしている。

「アイリーンさま。ひとつ、言わせてください」

「なんですの」

リオンが、真っ直ぐにわたくしの目を見た。月明かりの中で、碧眼が深い藍色に沈んでいた。

「あの予言がなくても、私は、あなたを守ったと思います」

蝋燭の炎が、風もないのに揺れた。揺れた影が壁を走り、元に戻った。

「処刑台で、あなたが階段をのぼってきたとき。あの時、私は予言の中身を知りませんでした。『あなたは必ず私を愛する』と聞いてもいなかった。けれど、あなたの横顔を見て、思いました。——この人は、一人で世界の重さを背負っている」

わたくしの心臓が、一拍分、止まった。止まって、再び動き出したときの鼓動が、いつもより大きかった。

「私が騎士になったのは、守りたい人を守るためです。姉を失ってから、ずっとそう思ってきた。そして、処刑台の上のあなたを見たとき——」

リオンの声が、小さくなった。けれど、一語一語がはっきりと聞こえた。夜の廊下が、彼の声だけを通す筒のようになっていた。

「——もう、間に合わないのは嫌だと思いました」

月光の中で、リオンの碧眼が光った。嘘のない光だった。予言に操られた光ではない。この人は、自分の足で、自分の意志で、ここに立っている。姉を失った痛みを背負い、その痛みを力に変えて。

胸の奥で、何かが弾けた。小さくて、温かくて、怖いもの。わたくしが長い間、堤防の内側に閉じ込めていたもの。

「……ありがとう」

声が掠れた。わたくしはそれ以上、何も言えなかった。言えば、この廊下で泣いてしまう気がした。目の奥が熱い。鼻の奥がつんとする。星詠みは泣かない。泣かないと決めている。

リオンは微笑んだ。不器用で、少しぎこちない微笑み。右の口角が、左よりわずかに高い。

「おやすみなさい、アイリーンさま」

「——おやすみなさい」

部屋に戻り、扉を閉めた。背中を扉に預けて、わたくしは胸に手を当てた。心臓が、星紋よりも強く脈打っていた。扉の冷たい木の感触が背中に染みる。

(予言でなくても。予言がなくても、この人は——)

その夜、枕に顔を埋めたまま、わたくしは長い間眠れなかった。眠れないのは痛みのせいではなかった。胸の奥で弾けたものの余韻が、夜明けまでずっと、消えなかった。窓の外の星が、いつもより近く見えた。

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