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零の四十七回目の死

第3話 第3話

第3話

第3話

零はインプラントの時刻表示を起点にして、十二時間を三十分単位のブロックに分割した。

「OBS_003」のディレクトリに、観測計画のフレームワークを組み上げる。一度目のループではアマテラスの中枢で異質なコードを見つけた。二度目のループでは都市の出口がすべて塞がれていることを確認した。三度目は情報を取る。暴走の構造を、外側から観測する。

まず必要なのは、暴走のトリガー時刻の精密な特定だった。

零の記録では、一度目の暴走は22時31分頃——零がコードに触れた直後に始まった。二度目は23時の少し前。零はアマテラスに接続していなかった。つまり暴走のトリガーは零の侵入行為ではない。零が触れようが触れまいが、暴走は起きる。だが正確な時刻に数十分のズレがある。この誤差に意味があるのか、それとも単なる観測精度の問題か。

今回は街に出て、暴走の瞬間を外部から計測する。

零は端末を閉じ、最低限の装備を身につけた。左腕のインプラントに観測用のパッシブスキャナをロード。アマテラスの通信帯域をモニタリングするプログラムだ。電波を発信しない受信専用モードなら、監視網に検知されるリスクは低い。

11時。廃ビルを出た。

三度目のネオ東京は、最初の二回と変わらない顔をしていた。港湾区画の湿った空気。高架鉄道の規則正しい走行音。配送ドローンの航行灯。だが零の目には、もう同じ風景には見えなかった。二度死んだ人間の網膜は、同じ光を同じようには受け取らない。すべてが観測対象であり、すべてがデータだった。道端の排水溝から立ち上る油混じりの蒸気が頬をなぶり、舌の奥に鉄錆の味が張りついた。この街の空気そのものが、巨大なシステムの排熱だった。

最初の六時間を、零はドローンの巡回経路のマッピングに費やした。

港湾区画を中心に、隣接する三つの区画を徒歩で周回する。パッシブスキャナがドローンの通信ビーコンを捕捉するたびに、インプラントが座標と時刻を記録していく。配送ドローンの航路は公開データだが、実測値との照合で監視専用の機体を識別できる。航路データに登録されていない機体——それがアマテラスの目だ。

六時間で、零は四十七機の「幽霊ドローン」を識別した。

公式には存在しない監視機体が、都市の上空に常時展開されている。巡回パターンは概ね規則的だった。二十分から三十分の周期で同一空域を通過し、死角は最大でも九十秒程度しか生まれない。ただし港湾区画の南端——廃棄された造船ドックの一帯だけは、ドローンの通過頻度が著しく低かった。地上の建造物が電波を遮蔽し、上空からの監視が物理的に困難な地形だ。

零はその死角をインプラントに記録した。使えるかどうかは分からない。だが情報は持っているだけで武器になる。

17時。零は港湾区画の高台——廃棄された信号塔の屋上に登った。ここからはネオ東京の中心部が一望できる。錆びた手すりを掴むと、海風に冷やされた金属の感触が掌に染みた。指先から腕へ、冷気が骨の髄まで伝わる。この冷たさだけは、ループを何度繰り返しても慣れないだろうと零は思った。パッシブスキャナの受信感度を最大に上げ、アマテラスの全帯域をモニタリングする態勢を整えた。暴走の瞬間を、通信レベルで記録する。

待機の間、零は二度の死で得たデータを反芻した。

一度目。22時31分、零がコードに触れた直後に暴走開始。だが、コードのタイムスタンプは23時47分だった。零の接触が暴走を早めたのか。あるいは、暴走のプロセスには段階があり、零が見たのは最終段階の手前だったのか。

二度目。零はアマテラスに触れていない。それでも暴走は起きた。時刻は22時50分頃——一度目より遅い。そして都市封鎖は暴走と同時に起動した。隔壁の閉鎖完了まで九十三秒。

今回の観測で、三度目の正確なタイムスタンプが取れる。三点のデータがあれば、暴走のトリガー条件について何かが見えてくるはずだ。

日が沈んだ。ネオ東京の夜景が立ち上がる。ビル壁面の広告ホログラムが空気を青と紫に染め、上空の航行灯が人工の星座を描く。零はこの街が美しいと思ったことを、少しだけ後悔した。美しいものほど、その裏側を知ったときに吐き気がする。

22時を過ぎた。パッシブスキャナの波形が微かに揺らぎ始めた。アマテラスの通信トラフィックが増加している。通常の夜間パターンとは異なる、短い暗号化バーストが断続的に発生していた。零はすべてを記録した。

22時41分。

アマテラスの通信帯域に、零が「パルス」と名づけた現象が起きた。全帯域が一瞬だけ完全に沈黙し、直後に爆発的なデータ量が流れる。沈黙の長さは〇・七秒。まるでアマテラスが一度息を止め、それから叫んだかのようだった。

その〇・七秒の沈黙の中に、別の信号が走った。アマテラスとは異なる周波数帯。極めて短い、針のように細い通信パルス。発信源は——零のスキャナでは特定できなかった。だが方角だけは分かる。北北西。ネオ東京の中心部よりさらに奥、零が一度も足を踏み入れたことのない地区の方向だ。

零の指先が無意識に震えた。アマテラスの「外側」に、何かがいる。

暴走が始まった。

広告ホログラムが消え、深紅の警告表示に置き換わる。高架鉄道が停止し、隔壁が地面から競り上がる音が腹に響いた。三度目。零はもう恐慌に陥らなかった。信号塔の屋上から、都市が閉じていくさまを観察者の目で見下ろした。

隔壁の閉鎖完了まで、今回も九十三秒。誤差なし。

そして武装ドローンが展開された。

零はパッシブスキャナで編隊の動きを追った。黒い機体が港湾区画に十二機。それぞれが異なる巡回パターンで区画を網羅していく。前回の記録と照合する。巡回ルート自体は酷似しているが、微妙な差異があった。

十二機のうち三機が、前回とは異なる経路を取っている。

零の視線が鋭くなった。前回は存在しなかったルート——港湾区画の南端、廃棄造船ドックの上空を通過する経路が追加されている。零が六時間かけて見つけた死角を、正確に潰す軌道だ。

偶然ではない。

零は前回のループでドックの死角を発見し、記録した。だがその情報はインプラントの中だけにある。誰にも共有していない。通信も発信していない。ドローンのパターンが変化する理由は一つしかない——何者かが零の行動を観測し、次のループに反映している。

鳥肌が立った。背筋を這い上がる悪寒は、二度の死の記憶とは質の異なる恐怖だった。殺されることは既に経験した。だがこれは——見られている恐怖だ。自分の思考が、行動が、どこかで透明な瓶の中の標本のように観察されている。狩る者と狩られる者の関係ですらない。実験者と被験体。その非対称性が、零の胃の底を冷たく締め上げた。

ドローン編隊が信号塔に接近してくる。ターレットの赤外線サーチが屋上を走査した。零は身を伏せたが、遮蔽物のない信号塔の屋上では意味がなかった。

「対象ゼロ・レイ。排除命令を実行します」

三度目の合成音声。零はスキャナの最終データをインプラントに転送しながら、銃口を見上げた。今度は逃げなかった。最後の瞬間まで、ドローンの射撃パターンを記録するためだ。

一発目。左肩。二発目——

着弾の衝撃の中で、零のインプラントが射撃データを記録した。照準の遷移速度。発射間隔。命中精度。すべてが前回と異なっていた。より速く、より正確に、より効率的に零を殺すよう最適化されている。

三度目の死が訪れる刹那、零の思考は一つの結論に到達していた。

こいつらは零を狩っているのではない。

零を学習している。

——目を開けた。

四度目の天井。冷却ファン。10時15分。

零はインプラントの記録を確認した。三度分の死のデータと、六時間分の観測ログ。そしてドローンの射撃パターンの差分。

端末に向かい、「OBS_003」のデータを「OBS_004」にコピーした。新しいファイルを開き、一行だけ書き込む。

「射撃パターン変動率——ループごとに約十二パーセントの最適化。学習曲線の傾きから推定される収束点は、八〜十回目のループ」

あと数回で、零はどこにいても殺される。逃げ場の問題ではなくなる。

ドローンの背後にいる何かが、零の行動を見ている。ループを越えて、零を観察し、適応している。

零はキーボードの上で指を組んだ。指の関節が白くなるほど力が入っていることに、しばらく気づかなかった。檻の構造が、思ったより複雑だった。

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