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銀花の聖女と灰青の騎士

第3話 第3話

第3話

第3話

あの日から三日が経った。

光の柱が空を裂いたあの朝以来、孤児院の空気は完全に変わってしまった。子どもたちは私を避けるだけでなく、私の姿が視界に入ると足早に廊下を逆方向へ去っていくようになった。すれ違いざまに聞こえていた笑い声すら、今では私が近づくと不自然に途切れる。食堂では端の席どころか、私がいるときには食事の時間をずらす子まで出始めた。院長のグレーテ先生は何も言わなかった。何も言わないまま、私の食事を部屋に運ぶよう侍女に指示した。それは配慮ではなく、隔離だった。

花畑には毎日通った。銀花は何事もなかったかのように揺れていて、あの朝の光を再び放つ気配はなかった。触れても、以前と同じ微かなぬくもりが指先に伝わるだけだった。あれは本当に起きたことなのだろうか。自分の手を見つめるたびにそう思った。けれど子どもたちの怯えた目が、院長の変わった態度が、あれが夢ではなかったことを否応なく突きつけてくる。

三日目の昼下がりだった。

花畑の土を柔らかくほぐしていた私の耳に、遠くから地鳴りのような音が届いた。最初は雷かと思った。けれど空は晴れている。雲ひとつない蒼穹が、嘘のように静かに広がっていた。音は途切れず、むしろ近づいてきていた。規則正しく、重く、硬い——蹄の音だと気づいたとき、私は手を止めて顔を上げた。

孤児院の表門の方から、何人もの馬が駆け込んでくる気配がした。蹄が石畳を叩く音、甲冑の金属が擦れ合う音、短い号令。子どもたちの悲鳴にも似た声が上がり、すぐに院長が何かを叫ぶ声が聞こえた。

私は花畑にしゃがんだまま動けなかった。動けなかったのではない、動く理由が分からなかったのかもしれない。あの光のせいで誰かが来た——そう直感していたのに、体は土に根を下ろしたように重かった。

足音が近づいてきた。表庭から裏手へ回り込んでくる、複数の重い足音。甲冑の響きが石壁に反射して、花畑の空気を震わせた。崩れかけた石壁の入口に影が差して、銀花の上に落ちる午後の光が一瞬遮られた。

最初に現れたのは、二人の兵士だった。革の鎧に剣を佩いた若い男たちが、花畑を一瞥して足を止めた。一人が目を見開いて、もう一人の腕を掴んだ。銀花を見ている。図鑑に載っていない花が一面に咲いているこの光景は、外から来た者にはどう映るのだろう。

そしてその二人の背後から、もう一人が石壁をくぐった。

空気が変わった。

それは比喩ではなく、本当にそう感じた。花畑に満ちていた甘い香りが一瞬引いて、代わりに冷たい金属と革の匂いが入り込んできた。日差しの温度すら下がったように思えた。

その人は、長身だった。銀灰色の甲冑が午後の光を鈍く弾いて、肩当てに刻まれた紋章——翼を広げた鷹の意匠が目に入った。腰には片手半剣を佩き、外套は深い紺色で、裾が僅かに土埃に汚れている。長い旅をしてきたのだと分かった。

けれど私の目が動けなくなったのは、甲冑でも剣でもなかった。

瞳だった。

灰色がかった青。冬の湖を凍る直前に見たような——見たことはないのに、そう思わせる色をしていた。感情を映さない瞳。いや、感情を映さないのではなく、感情そのものを氷の底に沈めているような目だった。その目が、花畑の中にしゃがみ込んだ私をまっすぐに見下ろしていた。

私は土まみれだった。朝から花の世話をしていたせいで、膝も手も爪の間も黒い土に汚れていた。髪は結びが崩れて顔にかかり、服の裾は朝露と泥で重くなっている。その姿を、灰青の瞳が無感動に検分していた。まるで任務の一環として確認すべき対象を、一つ一つ項目を消すように見ている——そんな目だった。

「——これが、聖女候補か」

低い声だった。問いかけの形をしていたが、誰に向けたものでもなかった。ただ事実を確認しているだけの——いや、事実を確認した上で、落胆すらしていない声。期待など最初からしていなかったと、その一言が言っていた。

胸の奥が軋んだ。なぜだか分からなかった。知らない人に何を言われても構わないはずだった。孤児院の子どもたちの囁きにはとうに慣れた。それなのに、この人のたった一言が、慣れたはずの場所とは違うところを刺した。

背後の兵士の一人が進み出た。

「ヴェルナー団長。記録によれば、この孤児院から聖花覚醒の光が——」

「見れば分かる」

団長と呼ばれた人は花畑に視線を巡らせた。銀花の群生を見ても、その表情は変わらなかった。まるで報告書の文面を読み上げるように、淡々と花の状態を目で確かめているようだった。

「確認が要る」

そう言って、ヴェルナーと呼ばれた人が一歩踏み出した。甲冑の足が花畑の土を踏む。銀花の茎が靴の脇で揺れた。二歩、三歩。私の目の前で足が止まった。

見上げると、灰青の瞳が近くにあった。立っている彼と、地面にしゃがんだ私との距離が、そのまま高低差になっている。影が私の上に落ちて、午後の光が遮られた。

「手を出せ」

命令だった。声に迷いも躊躇もなかった。

私は従った。なぜそうしたのか、今でも分からない。怖かったはずなのに、体が先に動いた。土に汚れた右手を、おずおずと差し出した。

ヴェルナーは手袋を外した。左手の革手袋を歯で挟んで引き抜く仕草は慣れたもので、手袋を持ち替えることもなく、むき出しになった手をまっすぐに伸ばした。

大きな手だった。剣胼胝で硬くなった指先が、私の指に触れた。

瞬間——足元の銀花が光った。

昨日や一昨日の静かな花畑からは考えられないほどの、強い光だった。あの朝の光の柱ほどではない。けれど私とヴェルナーの手が触れている、その一点を中心にして、花畑の銀花が一斉に輝きを放った。白銀の光が花弁から溢れ出し、地面を這い、私たちの足元を照らした。空気中に微細な光の粒子が舞い上がって、午後の陽光を圧倒した。

ヴェルナーの手が一瞬、強張った。

私はその手の変化を指先で感じた。触れていた指が微かに震えて、すぐに握り直された。その短い震えは、甲冑のどこにも表れなかった。姿勢は崩れず、声も出さなかった。けれど——顔を上げた私は、見た。

灰青の瞳が、揺れていた。

一瞬だった。まばたきよりも短い間。あの凍った湖の表面に、ほんの一筋の亀裂が走ったような。すぐに消えた。次に私がその瞳を見たときには、もう何事もなかったかのように冷たく澄んでいた。けれど確かに——あの一瞬、ヴェルナーの瞳の奥で何かが崩れた。驚きだったのか、恐れだったのか、あるいは私には名前のつけられない何かだったのか。

彼は私の手を離した。銀花の光が潮のように引いていく。花畑が元の静けさに戻る。光の余韻だけが、まだ空気の中にかすかに漂っていた。

ヴェルナーは半歩退き、手袋をはめ直した。外した時と同じく、無駄のない動作だった。何事もなかったかのように。

けれど手袋をはめるその手が、ほんの少しだけ、いつもより時間をかけていたことに——私は気づいていた。

「団長——今のは」

兵士の声が震えている。

ヴェルナーは振り返らなかった。花畑を見下ろし、それから空を見上げた。光の柱が昇っていったあの空を。やがて視線を私に戻したとき、その瞳はもう完全に凍りついていた。

「……王都に連絡を。神殿の指示を仰ぐ」

それだけ言って、ヴェルナーは踵を返した。外套の裾が銀花を掠めて、花が小さく揺れた。石壁をくぐる背中は、まっすぐで、硬くて、冷たかった。

私は花畑に座り込んだまま、その背中を見送った。

右手にはまだ、剣胼胝の硬い感触が残っている。そしてそのすぐ下に、銀花のぬくもりとは違う、人の体温の残像が薄く残っていた。手を握り込むと、指先がじんと痺れた。あの光が触れた場所だけが、まだ微かに熱い。

灰青の瞳を思い出す。あの一瞬の揺らぎを。凍った湖に走った亀裂を。

私はあの人の名前すら、兵士の声で知っただけだ。言葉を交わしたのは「手を出せ」の一言だけ。それなのに——銀花が応えた。私一人のときよりも強く、深く、まるで何かを訴えるように。

あれはどういう意味なのだろう。

風が吹いて、銀花がさらさらと鳴った。答えはなかった。ただ花だけが揺れていて、その銀色の花弁には、先ほどの光の名残がまだほんのわずかに宿っているように——見えた。

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